第29話 国王と正妃

「顔を上げなさい」


 低く響く声に、私は恐る恐る顔を上げた。

 正面には、左側に国王ライオネル三世、右側には正妃キャサリンが座っていた。

 一応座学で二人の名前は聞いていた。


 それにしても、ライオネル三世は武に長ける国王と聞いていたが、無茶苦茶ダンディーなおじ様に見えたし、キャサリン妃などはとてもジークの母上の年齢には見えない。まだ少女のような面立ちで、ジークにそっくりだった。


「ディタ……と言ったか? 娼館の見習いと聞いたが」

「その通りです」

「いくつだ? 」

「十一になりました」

「……子供ではないか? 」


 ライオネル三世は戸惑っていた。

 ジークが心を寄せる少女と聞いていたので、どんなに眉目秀麗な大人っぽい少女なのかと楽しみに……もとい興味をもっていたのだが、目の前にいるのは十一歳にしても幼く見えるごく普通の子供だったからだ。しかも、忌み嫌われる黒髪の……。

 まあ、多少は可愛い顔立ちをしているのかもしれないが、この世界では限りなく標準に近い。体型もまるまる子供。凹凸もなければクビレもない。


 まさかと思うが……男好趣味の疑いはなくなったが、幼児趣味ロリコン


 目の前で渋い顔をしたダンディーな国王が、まさかそんな失礼なことを考えて頭を悩ませているなんて気がつかない私は、失礼なこととは知らずに、初めて見る国王やお妃様という人種が珍しく、ガン見をしてしまっていた。


 キャサリン妃と目が合うと、妃はフワリと表情を弛めて目尻を細めて微笑んだ。


 パーフェクトビューティー!!


 アンネを見た時も思ったが、何だってこんなに美しい人種が存在するんだろうか?!

 こんなんばっか見てるから、逆にジークの美意識が壊れたとしか思えない。


「ディタ、どうぞお座りになって」


 キャサリン妃が言うと、私の後ろにサッと椅子が運ばれた。


「はあ……失礼します」


 私が椅子に腰かけると、ジークはそんな私の後ろに立って、私の肩に手を置いた。


「ジーク、あなたも座れば? 」

「いや、僕はディタの側にいたいから」

「そう……。ディタ、実はあなたにお願いがあって、こちらに来てもらったの。私はジークの母上のキャサリンです。こっちは夫ね」


 こっち扱いされたのは、仮にも国王である訳だが、勇猛果敢と噂の国王はウンウンとうなづきながら、特にキャサリン妃を咎めることもなかった。


「王子は、今日で十八になりました」

「はい、おめでとうございます」

「ありがとう。十八といえば、本来はすでに妃や妾の一人や二人、子供だっていておかしくない年です」


 私からしたら十八なんてまだまだ若いけど、この世界ではそれが当たり前なんだろう。


「はぁ……」

「今日、こちらのパーティーに呼んだのは、半分以上はジークの正妃、愛妾候補です」


 まあ、若い娘はみなそうなんだろう。


「あなたもその中の一人な訳だけれど……」


 私はびっくりし過ぎて、思わず叫んでいた。


「そんな、恐れ多いから無理です! 」

「恐れ多い……まぁ、この子は肩書きは王子ですし、将来国王になる身ですが、愛妾はどんな立場の娘でも良いのです。正妃は無理ですが。だから、恐れ多いということはないのよ」


 何故か私を説得する口調のキャサリン妃にも驚きだが、第三王子の筈のジークが国王とか、こんな残念エロロリコン王子が国の一番偉い人になるとか、絶対に国が崩壊するレベルだって!


 ジークの見た目に対する評価は天井知らず、まさに青天井の如くであるが、その内実の評価に至っては底なしに悪い。まあ、ジークの何を知ってるかって、……対して知ってる訳じゃないんだけど。


「あの、私、それが無理なんです! 」

「それって? 」

「正妃とか、愛妾とかです。王子はそりゃ素晴らしい人かもしれませんけど、旦那様には奥さんが一人。そうじゃなきゃ嫌なんです」

「なんだと?!!! おまえごとき貧民の娘一人を妃にしろと言うのか! 」


 国王は激昂して叫んだ。

 そのあまりの勢いに、私は椅子ごとひっくり返りそうになる。それくらい半端ない威圧感だった。


「違います! だから、私はご辞退をですね……」


 普通なら震え上がって言葉もでないのだろうが、私はびっくりはしたが……恐れおののきはしなかったのだ。


 平然とした顔で国王に申し開きをしようとする私を見て、キャサリン妃は満足気に微笑んだ。


「あ・な・た! 」


 キャサリン妃のはっきりとした呼びかけに、国王は収まらない怒りを隠さず顔を向ける。


「昔のお約束、お忘れのようですね」

「約束? 」

「ええ。私に結婚を申し込まれた時に、あなたなんと言いました?」


 国王は、キョロキョロと目を泳がせる。


「すでにいた三人の愛妾は仕方がないとして、私と結婚したら、それ以上愛妾を増やさないでくださいませ……と、お願いしたのをお忘れですか? あなたは、約束しようとおっしゃいましたわね」


 国王はウッと、言葉を詰まらせる。


「それなのに、私の後に何人の愛妾が増えました? 」

「……人」

「聞こえませんわ」

「五人……です」

「……全く、これだから男は! 」


 キャサリン妃は首を横に振り、国王は首をすくめて黙った。


 どうやら、キャサリン妃が国王の首根っこを押さえているのは、これが原因らしい。


 この正妃がいる限り、アンネに弟妹は難しい……のかな?


「ディタ、あなたの考えは素晴らしいと思います。しかし、残念ながらジークの立場上それは難しいかと。三人まで……とか、妥協は難しいのでしょうか? 」


 三人……、三人いれば何人でも変わらないような。


 私はひきつった笑顔で首を横に振る。


「僕はディタ一人いればいいのだけれど」

「それはダメでしょ! 」

「でも、仮に他に正妃や愛妾を娶ったとしても、僕はディタの閨にしか訪れないと思うな」


 ニコニコと閨とか言わないで欲しい……。


 思わず想像してしまい、その艶かしいジークのサービスショットに、不感症くらいなんてことないかも……とかピンク脳が爆発しそうになる。


 これじゃ、ただの欲求不満のオバサンだわ。


「それは困るわね」

「おまえ、本当に俺の息子か?!」


 本当に困っているのか? というキャサリン妃の棒読みな口調と、人間じゃないレベルで驚く国王。


 結果、国王に冷ややかな視線が集まる。


「ウウンッ!! 」


 国王は咳払いをし、自分の意見を正当化し始めた。主にそれはジークにというより、キャサリン妃に向けた弁明に思われたが……。


「国王とは、国を治めるのも大事な仕事だが、一番は子作りである! 後継者を作ること、何があっても対応できるように、とにかく沢山の子種をばらまくこと! 」


 サイテーだな……国王。


 弁明にはなりませんでした。キャサリン妃の冷たい視線に小さくなりながら、国王はそれきり口を閉ざしてしまった。


「まあ、下らない話しは置いておいて、私はディタちゃんの考え方には同意するわ。ただ、この人の考え方も……ある意味間違ってないの」


 キャサリン妃、付けで呼んでくるとか、距離詰めてきたな。


「わかります。王様は国民に責任がありますからね。子孫を絶える訳にはいかないって」

「それなら……」

「だから、きっぱり辞退するんです。そりゃ、王子様に貧しい娘が見初めらるなんて、まさにシンデレラストーリーですけど、結婚して幸せに暮らしましたってハッピーエンドは嘘だと思うんですよね。私にはバッドストーリーしか想像できないから、いくら相手がイケメン(残念エロロリコン)王子だとしても、私は堅実に地道な庶民の生活を営みたいんです! 」

「シンデレラ? 」

「それは逸話です。貧しく虐められて育った娘が、他人にお膳立てされて王子様に会い、自分は靴を落としただけで王子様が勝手に探しだして助けてくれるって、まさに他力本願の極みみたいな話しです」

「それは……よくある話しだね」


 ウワッ!

 あるのかい?!


 ジークの手が、私を後ろから抱きしめ、後頭部にキスをされる。


「僕のシンデレラになってよ」


 甘過ぎる声に、背中がゾワゾワする。


 そりゃ、ここは貴族と平民がばっちり分かれている身分社会だから、シンデレラストーリーもウジャウジャあるんだろう。

 でも、私は自力で底辺から成り上がりたい!


 さすがに国王やキャサリン妃の前で王子の手を叩けないから、その手をヤンワリどけて椅子から立ち上がった。


 国王、キャサリン妃に一礼して、一方的に退席の挨拶をする。一応、礼にのっとり最大限失礼がないように気を付けたが、許しもないままに勝手に退出する自体、多分不敬に当たる……かな?

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