第97話 切り札

 突如として現れた少年魔術師の正体にカイ、ルーア、パフ、ダムスは驚愕する。この少年魔術師こそが白銀はくぎんの塔で最高の魔術師であるエルダーその人だからだ。


「え、エルダーって……。クリエさん。ナーブさん。この子供……いや、この人が……?」


 確信を持てずにいるカイが恐る恐る確認をとる。問われたクリエは当然という表情で、ナーブは少し緊張した面持ちで答える。


「そうよ。こいつが白銀はくぎんの塔を統べる。くそ爺よ!」

「先生! そ、そのカイさん。このお方こそが僕達を導いているエルダーその人です」


 紹介されたエルダーはカイ達のことを気にする様子もなく周囲を眺める。一方のカイ達は信じられないという表情でエルダーへ視線を移す。何しろエルダーの見た目は子供としか思えないからだ。確かに一瞬で天使達を消失させたことからも計り知れない実力者であることは間違いないのだが……。


「あ、あのー。お尋ねしてもいいでしょうか?」

「……うん? あぁ、ボクに言っているのか? 質問は構わないが……。答えるかどうかは約束しない。ボクは忙しいんでね」


 見た目が子供のためかエルダーの言葉は少し子供じみて聞こえてしまう。そのため、ある人物が暴言を吐く。


「けっ! 何だ? その態度は? ちびのくせに生意気な野郎だ」


 初対面の人物へ横柄な言葉と態度をとるルーアにカイが注意をしようとするが全て手遅れだった。事情を理解しているクリエとナーブが口を開こうとする前にルーアは地面にめり込んで身動きがとれなくなる。理由は、エルダーが満面の笑みを浮かべ額に青筋を立てながら魔力でルーアの周囲に重力を発生させているからだ。


「ぐ、ぐえ……。な、何しやがる!」

「フフフフ……。黙れ。この小悪魔インプ……。ボクがちび? お前のような小悪魔インプに……。いいや! 誰であろうとボクの身長を馬鹿にするような奴は生かしておかない! 潰れろー!」

「ぐ、ぐ、ぐぅーーーー!」

「る、ルーア! だ、大丈夫か?」

「る、ルーアさん。が、頑張って下さい!」

「な、何を頑張んだよぉーーーーーー!」


 蛙のようなポーズで潰れかけるルーアを心配するカイとパフ、一方でクリエとナーブの二人がエルダーを説得してルーアを何とか救出する。


 救出されたルーアだが目を回してぐったりとしている。しかし、エルダーは悪びれた様子も無く拗ねたように唇を突き出してそっぽを向く。


「ちょっと、エルダー! 初対面の相手に相変わらず大人げないわねぇ! 長生きしてるんだから少しは手加減しなさいよね!」

「黙れ! クリエ! ボクが本気なら、そんな小悪魔インプはこの世からかけらも残らず消滅させている! 命があるだけでもありがたく思え!」

「ふん! 本当に身長のことになると我を忘れるんだから……。そもそも自分が長生きするために成長しなくなったんでしょう?」

「うるさい! ボクだって、まさか成長まで止まるとは思っていなかったんだ。くそぅー……。ボクは将来……百八十センチ以上の長身になる予定だったのに……」

「……何を夢見てんだか……。身長だったら私が開発した魔法薬の『伸びるかも』をあげるわよ?」

「ふざけるな! あれは一時的に身長が伸びるだけだ! しかも服薬後の副作用が強いから禁止薬に指定しただろう! それにボクはまがいものに興味はない! 自然に身長を伸ばしたいんだ!」


 クリエとエルダーの不毛な話を聞いていたカイは瞬きを繰り返す。


(……いや。本当にこの人がエルダー? やってることも、言っていることも、子供と変わらないような……)


 緊迫していた戦闘が続いているとは思えない状況に誰もが困惑する。そんな中でダムスがクリエとエルダーの会話に割って入る。


「お話し中にすみませんが……。クリエ殿。僕は行っても?」

「うん? あぁ……、そうね。気をつけて……」

「なんだ? まだ、何かをやるのか?」


 真剣な表情へ変化をしたクリエを見てエルダーが首を傾げながら尋ねる。


「見て分からないの? まだ、敵の大将が残ってるのよ……」


 クリエの視線の先には『断罪の天使』コードメイとサイラスの勇者リディアが対峙していた。その光景を見たエルダーは興味なさげに言い放つ。


「あぁ、『断罪の天使』がまだいたか。忘れていた。……いいだろう。ついでだ。奴もボクが滅ぼしてやろう」

『えっ!?』


 簡単に滅ぼすと発言するエルダーに誰もが驚愕する。しかし、クリエとナーブだけはエルダーの規格外といって過言ではない実力を理解しているので驚きはしない。エルダーが右手を掲げコードメイに照準する。その時、クリエが忠告をする。


「ちょっと、待った! エルダー! あいつの中には――」

「わかっている。『爆弾石ボムストーン』があるんだろう? 問題はない。原子レベルで塵にしてやる! ボクのサイラスを破壊した愚か者にはお似合いの末路だ!」


 恐ろしいことを平然と言いのけるエルダー。そんなエルダーに待ったをかける人物がいる。


「お、お待ちください! あの天使の中にはホロ神官長が!」

「神官長? ……あぁ、人間が取り込まれているな……。だが、見たところ。あれは、あの人間も望んで取り込まれているのだろう?」

「そ、そうですが……」

「なら待つ必要などない。奴も同罪とみなす!」

「そ、そんな……」


 無慈悲な言葉にダムスは狼狽するが、エルダーは構わずに魔力を右手に練り上げる。練り上げた魔力を標的であるコードメイとホロへと解き放つ。その結果、コードメイとホロは跡形もなくこの世から消失する――ことはなく。先程と何も変化なく存在している。


『えっ?』


 周囲で眺めていたカイ達が疑問を口にする。するとエルダーがゆっくりと振り返り口を開く。


「……駄目だ。魔力切れだ……。てへ」


 海の底よりも深い静寂が場を支配する。


 子供のような無邪気な笑顔で誤魔化そうとするエルダーにクリエが猛抗議をする。


「あんたねぇー! あれだけ啖呵を切っておいて、そのオチは何よ!」

「うるさい! そもそもボクは白銀はくぎんの塔から出てしまえば魔力に制限がかかることは知っているだろう!」

「それにしても魔力切れが早すぎるでしょう!? いつもならもう少しは役に立つでしょう!」

「チッ! 仕方ないだろう……。野暮用があったんだ……。くそっ! あの馬鹿のせいで……」


 後半は愚痴になっているが、エルダーの魔力が不足していることで現状に変化はない。コードメイとリディアは対峙しながら睨み合いを続けている。そこへダムスが焦った様子で駆け出す。唐突にダムスがコードメイとリディアの元へ駆けだしたので、カイ、ルーア、パフ、ナーブが焦り出す。


「えっ!? だ、ダムスさん!」

「おい! どこ行くんだよ!」

「そ、そっちは……。あ、危ないです!」

「せ、先生! ダムスさんを止めないと!」

「いいのよ……。あれでいいの。作戦があるから……。上手くいけばいいんだけど……」

「さ、作戦? でも、ダムスさん一人じゃ……。俺が師匠のサポートに――」

「待って! カイ君!」


 危険と判断したカイがリディアのフォローとダムスの救出に動き出そうとするが、その行動をクリエが阻む。


「ダムスにやらせて……。これは、あいつにしかできないことなの……。それに、今となってはカイ君がリディアさんと一緒に戦うよりも被害を抑えられる可能性が高い。……危険も大きいけどね」

「クリエさん……」


 クリエがダムスへと依頼したこと。その内容は、ダムスにホロを説得させるという無茶な提案だ。実際にホロが説得に応じずとも心を乱すことに成功すればリディアが有利になるという考えだ。しかし、これには不確定要素が大きい。まず、ダムスの言葉に耳を傾けるのか、耳を傾けたとしても説得に応じずにダムスへと攻撃を加えてこないか、取り込まれているホロに人の心が本当に残っているのか、そういった全ての不確定要素についてクリエはダムスへと説明している。それでも、ダムスはクリエの願いを聞き入れた。その理由は、やらなければいけないとダムス自身が望んでいるからだ。


◇◇◇◇◇◇


 剣を構えるリディア、四枚の翼を広げているコードメイ。二人は油断なく対峙して対決の時を窺っている。


(……一撃……。一撃か……)

(妾の勝利だ。あの者は強いが、心が弱い。次の『四元素爆発エレメントバースト』で確実に倒してみせる!)


 口元を歪ませ笑みを強めるコードメイ。笑みが強まると同時に四枚の翼も輝きを増し始める。コードメイと対峙しているリディアは動きを察して構えている剣に力を込める。


(……仕方ない……。『魔輝剣まこうけん』とは違う……。もう一つの切り札を見せてやろう!)


 コードメイの『四元素爆発エレメントバースト』、リディアの切り札。二つが正面から激突しようとしていた……その時、突如として乱入者が出現する。


「なっ!」

『何だ? 人間。邪魔だ……』

「ダムス……?」

「……もう、止めて下さい。神官長!」


 ダムスは両手を広げてコードメイの眼前へと立ち塞がる。圧倒的に実力不足なダムス。下手をすればコードメイに一瞬で八つ裂きにされてしまう。そんな状況でもダムスは勇気を持ってコードメイを……いや、コードメイに吸収されて腹部に頭部のみが浮き上がっているホロを見つめる。


「ダムス。お前……まだそんなことを……」

「何度でも言います……。ホロ神官長! あなたは間違っています!」

「その話はもういい……。早くここから去れ……。さもなければ、お前ごとあの勇者を殺さなければならない。だから――」

「構いません!」

「なっ! だ、ダムス? お前は何を言って――」

「構わないと言っているのです! こうなったのは僕の責任です……。僕がマザーを……神官長を助けることができなかったから……」


 今にも泣き出しそうな表情のダムスが一生懸命に訴える。痛々しいようなダムスの表情にホロも動揺する。


「な、何を言って……。ダムス。お前は私とマザーの誇りだ! お前には何の落ち度も――」

「あるんです! 僕が……僕があの時、マザーの行おうとしていたことに気がついていれば……。僕が神官長の心を癒して差し上げることができていれば……、こんなことには……。僕は……知っていました……。神官長……。あなたが、連続殺人事件の犯人であることを……」

「……そうだろうな……。だから名乗り出たのだろう? 正直驚いたぞ……。いつ、気がついた?」

「……二週間程前になります。噂を聞いたのです……。事件の噂を――」


◇◇◇◇◇◇


 ある日、サイラスで殺人事件が起こっているという噂をダムスは耳にする。特別なことは感じてはいなかった。ただ、ひどい事件だと嘆くのみだ。しかし、もう一つの噂を耳にする。無差別殺人と言われてはいるが、被害者に共通点があるというものだ。何気なしに耳にした話だが、少しだけ気になったダムスは被害者を確認する。すると被害者には共通点が確かにあった。被害者は全てハーフ人種だと。更に十年前に起きていた事件とも酷似していることにも気がつく。ダムスは十年前の事件も遡る。その結果、十年前に起きた事件の被害者も全てハーフ人種。事件はマザーが死んでから起きていることを知る。


「偶然だ……」


 ダムスは事件について結論を出す。そう、偶然にもマザーの死んだ後に事件が起き、偶然にも被害者がハーフ人種。全ては偶然だと結論付ける。しかし、心の奥では嫌な予感が駆け巡っている。やめようとは思っていてもダムスは止まらない。いや、止まれない。もしも、自分の予想が正しければ犯人は……。そんな自分の考えを否定したいがためにダムスは事件現場へと足を伸ばす。そこで、ダムスは感じてしまう。ほんの微かに残る神官特有の魔力を……。知らぬ人間が見ても誰かを特定することなど不可能なレベルだ。だが、ダムスには分かってしまった。この魔力は、自分が父と慕うホロのものだと。その瞬間にダムスは多くのことを察すると同時に後悔する。自分のせいだと……。神官長であるホロが殺人を犯している原因はマザーの仇討あだうちなのだと。


 ダムスは一人苦悩して自問自答する。

 

「どうすればいい?」

「止めればいいだろう?」

「どうやって?」

「正面から言うのか?」

「考えを改めさせればいいだろう?」

「そんなこと……。無理だ……」


 考えても答えのでない袋小路にダムスは迷い込む。ダムスは、せめて事件をこれ以上起こさせないようにホロを見張ろうとする。しかし、たった一人で二十四時間もの間を見張り続けることなどできるはずもない。そのため、時間が空いている時には裏路地を見回り注意喚起をするように努める。更に、もしもの時には自分が罪を被ろうと心に決めていた。


◇◇◇◇◇◇


「――全ては……僕のせいです……。僕があなたのことに気がついていれば……、あんなに近くにいたのに……、あなたのことに気がつけなかった僕の……」

「そうではない!」


 突如として声を荒げ反論するホロにダムスも視線を向ける。ホロは涙こそ流してはいないが、悲痛な表情でダムスへと伝える。


「いいか……。ダムスよ。お前のせいではないのだ。お前のせいでは……、これは全てハーフのせいだ! 奴らがいたから私もお前も傷つき悲しみを負った。全てがあいつらのせいだ!」

「……いいえ。違います……」

「何を――」

「マザーが生きていれば、こう言ったでしょう。……誰も恨んではいけない。ハーフの人が悪いわけでも、君が悪いわけでもない。誰も悪くはない。なぜなら、未来を知ることなど誰にもできないから……。過去を振り返ってもいい。過ちを認めてもいい。でも、恨むことはない。それは、……彼女が一生懸命に生きた結果なのだから……」


 ダムスの諭すような言葉を聞いたホロは絶句する。その理由は……。


「……僕があなたに言いましたよね? マザーが死んで間もない時に……、ハーフが憎いと殺してしまいたいと……。その時、あなたが僕を諭してくれた言葉です……。すみません。……僕以上にあなたが苦しんでいたのに……、僕があなたを歪ませてしまった……。苦しめてしまった! だから、僕はあなたを救いたい! マザーが最愛の母なら、あなたは僕の最愛の父なのです!」

「だ、ダムス……。わ、私は――」


 何かを言いかけるホロに突如として冷たい言葉が投げかけられる。


『……主殿? まさかとは思うが……、その人間に同調する気ではあるまいな?』

「なっ!? こ、コードメイ……。わ、私は……」

『言っておくぞ……。もしも、妾を裏切るというのであれば、妾は主殿もまとめて始末させてもらう……』

「コードメイ……」

『それで、主殿? どうするのだ?』


 脅しのようなコードメイの言葉にホロは押し黙る。目を閉じて眉間にしわを寄せて深く考える。暫しの沈黙が過ぎるとホロが目を開く。


「……コードメイよ。私の答えを示そう……」

『示してもらおうではないか』

「……すまないが、右腕の所有権を一時的に貸してくれないか……?」

「何だと? ……まぁ、よい……。右腕の所有権を主殿に貸そう」


 コードメイの許可が下りたことで、ホロがコードメイの右腕を一時的に使用できるようになる。ホロは、右腕をゆっくりとダムスへと近づける。ダムスはホロが行う答えを知るために微動だにせずに立ち続ける。右腕がダムスの眼前まで迫るとホロは笑みを浮かべる。穏やかな笑顔のホロを見たダムスも緊張が解けたように表情が和らぐ。次の瞬間、ダムスは思い切り殴られ闘技場の壁に激突する。


『――ッ!!!!!!!』


 何の前触れもなかったので、ダムスは無防備に攻撃を受けてしまう。周囲で見ていたリディア達も理解が追いつかなかったが、ようやく頭が現状に追いつく。すると、すぐにクリエが弾かれたように声を張り上げる。


「だ、ダムスーーー!」


 全員なダムスを案じて視線を送る。同時にホロへと怒りの視線を突きつける。


「貴様……。正気か……」

「ははははははは! 正気かだと? 私が正気だと思っているのか? もう手遅れなのだ! 私は、……私の目的を果たす! そのための邪魔になるのなら誰であろうと殺すまでだ!」

『ふ、ふふふふふ。よくぞ申した。それでこそ、妾の主にふさわしい』


 高笑いをあげるホロとコードメイへ全員が非難めいた視線を送る。その時、リディアが剣を横に振り払う。


『何っ!』


 剣が届くはずのない距離にも関わらず、リディアが剣を横に振ったことでコードメイの身体に斬られた傷がつく。不思議そうに斬られた傷とリディアを交互に見る。異様な雰囲気を醸し出すリディアを見たコードメイは背筋に冷や水をかけられたような寒気を覚える。


(……なんだ……。今のは……? 今のは……、悪寒か? あの者に恐怖したとでもいうのか?)


 突然の感情にコードメイが躊躇するがホロは吠える。


「コードメイよ! 何をしている! やるぞ! あの者を倒して私の目的を果たすのだ!」

『う、うむ。そうだな……。そうしよう』


(……奴の雰囲気が少し変化したが……。問題はあるまい……。妾の方が有利なのだから……)


 迷いを断ち切るかのようにコードメイは四枚の翼を広げる。当然のように翼が赤、黄、緑、青と輝き出す。翼に魔力を集中させるコードメイが光の奔流をリディアへと放つ。


四大元素爆発エレメントバースト!』


 『四大元素爆発エレメントバースト』の光がリディアを包み込む。リディアは避けようとせずに剣を構えた状態で微動だにしない。その姿を確認したコードメイは確信する。


(勝った! 妾の勝利だ!)


 破壊的な爆音と衝撃が周囲に響き渡る。砂埃が立ち込めてゆっくりと煙が消失する。だが、砂煙の中から神速で影が躍り出る。


『――ッ!』


 砂煙から出て来たのは金色の髪を靡かせ、漆黒の剣を掲げた女勇者リディアだ。


 無傷のリディアを認識したコードメイは驚愕するが、それ以上に本能が危険を察する。両腕を前へと出して防御の姿勢をとりながら四枚の翼で空中へと逃亡を図る。両腕を捨てるつもりで逃げようとするコードメイ。そうはさせじと追いすがるリディア。


 緊迫した刹那。ホロの口元に笑みが浮かぶ。その笑みとホロの行動を見たリディアは悟る。


(なっ! し、しまった! 奴め! 最初から……。くっ! 謀られた! だが、もう止められん!)


 相手の思惑通りに動かされたことを理解したリディアは悔いるが、もはや全てが手遅れだ。リディアは漆黒の剣をコードメイの首めがけて斬りつける。対するコードメイも驚愕する。


 リディアがコードメイとすれ違う。


 すれ違いの後、リディアは舌打ちをしながら後悔の念を吐く。


「ちっ! それが狙いだったのか……」

『……ば、馬鹿な……。な、なぜ……。ある……じ……どの……』


 困惑の色を含んだ言葉を最後にコードメイは塵となって消失していく。コードメイの頭部はすでにない。なぜなら、すれ違いざまにリディアが叩き斬ったからだ。だが、本来なら斬られることはなかった。両腕の防御と空中への逃亡で致命傷は負っただろうが、首の切断は免れるはずだった。しかし、実際にはコードメイの首はリディアに切断されている。その理由は、最後の瞬間にホロがコードメイの右腕を動かして防御をさせず、逆に右側二枚の翼をはぎ取ったからだ。


 コードメイの身体が塵になる中、ホロの姿が透けながらも現れる。ホロは今までのような険しい表情ではなく。晴れやかで穏やかな表情をしている。


「……ご迷惑をおかけしました……。こんなことで、あなた方への謝罪になるとは思いませんが……。せめてもの罪滅ぼしです……」

「……ふん。あの男を殴り飛ばしたのもわざとか?」

「……はい。本当にすみません。あなたを利用してしまいました」

「全くだ。……改心したのなら、罪を償えば良かったのだ。あの男もそれを望んでいたはずだ……」


 リディアの言葉にホロは少しだけ困ったような笑みを浮かべる。


「はい……。私もそうしたかった……。でも、無理です。コードメイがそれを許さなかった……。それに、私のいた種です。私が刈り取るべきだった……」


 そう、ホロはダムスの説得で以前の心を……理性を取り戻していた。自分の罪を自覚して罪を償う覚悟を決めていたのだ。しかし、コードメイの手前もあり、本心を曝すことはできなかった。最後の手段として、コードメイを倒すために一芝居を打ち、コードメイと自らをリディアに断罪してもらおうと画策したのだ。


「あまり時間はないのだろう?」

「えぇ、私も時期に消えます……」

「だったら、あの男の元へ行ってやれ……」

「はい……。ありがとうございま――」


 リディアとホロの会話に突如として乱入者が出現する。


『……たばかったな! 人間がぁーーー!』


「何っ!」

「まさか……。コードメイ!」


 怨嗟えんさを込めた声が周囲に響く。見ると切断されたコードメイの頭部が言葉を発している。表情を歪めて怒りを露わにしている。すると消失し始めていたコードメイの最後の翼が光り輝き出す。輝きを放つ翼にリディアとホロ、遠巻きに見ていたカイ達も注目する。


『……ふざけおって! せめて貴様等も道づれだ!』


 光り輝く翼が消失していく。その中からは、なんと『爆弾石ボムストーン』が出現する。


「なっ!」

「そ、そんな! なぜ!?」

『くっ、くくく……。保険にと……一つ所有権を奪っておいた……。正解だった……。妾も……消えるが……貴様等も……消えろぉーーーーー!』


 コードメイの頭部が消失すると同時に『爆弾石ボムストーン』が発動を始める。


「伏せろぉーーーー!」


 単純かつ当然なリディアからの命令に全員が従う。全員が身を屈めた次の瞬間。


 『爆弾石ボムストーン』は弾け飛ぶ。爆発の威力はサイラスの街まで届く。そもそもホロが十年もかけて蓄えた魔力の塊。まともに発動すればサイラスの半分は吹き飛ぶ威力になる。


 爆発の影響で周囲が一瞬だけ白い光に包まれる。その後に残るのは無残な荒野や瓦礫の山になる。


 本来は……。


 だが、実際には何も起きていない。


 なぜか……。


 それは……。


「えっ? ば、爆発は……?」

「どうなってんだ?」

「さぁ……? うん? あっ! あれは!」

「フン! 遅いぞ! お前ら!」


 『爆弾石ボムストーン』は爆発していない。いや、正確には爆発はしていた。しかし、爆発する瞬間に爆発を抑え込んだ四人がいたのだ。『爆弾石ボムストーン』をカイ達が見たことのない四人組が取り囲んでいる。


 紅髪、深紅の瞳、紅い衣装に身を包む青年。


 青髪、水色の瞳、鮮やかな青い着物を着た若い女性。


 金髪、オレンジ色の瞳、黄色を基調とした法被はっぴを着ている少女。


 白髪、茶色の瞳、茶色い褞袍どてらを着た老人。


 それぞれ特徴的な四名が『爆弾石ボムストーン』の周囲にいて、結界を張り爆発を抑えたのだ。爆発を抑えた四名は、エルダーの方へと視線を向ける。


主人マスター。遅くなり申し訳ありません」

「すみませーん。神殿にいた天使の処理に手間取りましたー」

「遅くなって、ごめんね。主人マスター。ねぇ、ねぇ! ライハがいなくて寂しかったぁー?」

「ふーむ。眠いのう……。主人マスター。もう、帰っていいかのう?」


 紅髪の青年、青髪の女性、金髪の少女、白髪の老人がそれぞれエルダーへ声をかける。四人の言葉や態度に違いはあるが、全員がエルダーを主人マスターと慕う。


「お前達は……、もういい! エン! スイ! ライハ! ダイ! いつも通りにボクの周囲を守れ!」

「はっ!」

「了解しましたー」

「はーい!」

「仕方ないのう……」


 命令に従い、エン、スイ、ライハ、ダイの四人はエルダーを守護する。一連の流れを見ていたカイ、ルーア、パフは唖然とする。状況が次々に変化していくため、理解が追いつかないでいる。そこへクリエが簡単に説明を挟む。


「えーっと。カイ君、ルーア君、パフ。あの四人はね。エルダーの守護者ガーディアンなのよ」

守護者ガーディアン……?」


 聞いたことのない単語にカイが首を傾げる。理解できていないと感じたクリエが説明を続ける。


「まぁ、簡単に言っちゃえば使い魔みたいなものよ。……もっとも、そこらの使い魔なんかとは比べ物にならない程の力を持っているけどね……」

「はぁ……。でも、みなさん人間に見えるんですけど……、人間じゃないんですか?」

「人間じゃないわよ。どうやったのかは知らないけど、あの四人はエルダーが魔法で生み出したそうよ」

『えっ!?』


 衝撃的なクリエからの発言にカイ、ルーア、パフは言葉を失うが、確認するべく質問をする。


「ちょ、ちょっと、待って下さい! 生み出したって……」

「嘘だろう!? 魔法で人間が生物を生んだのかよ?」

「そ、そんな……」

「うーん。そうじゃなくて――」

「人聞きの悪いことを言うな!」


 カイ達の話が聞こえたエルダーが声を荒げて反論する。


「ボクが生み出したのは確かだが、そもそもこいつらは生物じゃない! 見た目を人間のようにしたのは常に側へ置いておくためだ。どちらかといえば、こいつらは精霊に近い存在だ。エンは炎。スイは水。ライハは雷。ダイは大地。それぞれの属性を核にボクが生み出したんだ。全く……。それよりも、あっちの方も終わりが近いな」


 エルダーの言葉と視線の先には、今にも消滅しそうなホロがダムスへと近づく姿だ。


 改心をしたホロが最後の言葉をダムスへと送ろうとしていた。

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