第95話 強制転移

 礼拝堂に突如として響き渡る爆音と爆炎。コードメイから生えている四枚の翼が光るとほぼ同時に炎が礼拝堂を包み込む。巻き込まれてしまえば普通の人間は確実に命を落とすだろう。だが、礼拝堂にいた全員が無傷で存在する。理由はクリエが防御魔法で自分達とコードメイの間に障壁を発生させたからだ。


「あっぶな……! ちょっと! 私を狙うだけなのに攻撃範囲が広すぎでしょう!」

「……知らん。コードメイよ。他の者を殺す必要はないぞ?」


 クリエの抗議にコードメイの腹部に浮き上がっている顔だけのホロが疑問を投げかける。主人であるホロの問いにコードメイは端的に答える。


『すまぬな。主殿。妾は器用ではない。このような狭い場所で一人だけを狙うというのは不可能だ。……あと、主殿の願いは全てのハーフを殺すということであろう?』

「そうだが?」

『そうであれば問題はない。主殿の標的はそこにもいる』


 コードメイが射抜くような視線で見つめる先にいたのは、カイ、リディア、ルーアの背後にいるパフだ。天使とは思えない殺意の込められた視線を受けたパフは身体を震わせる。怯えるパフを守るようにカイがパフを背後へと隠しながら剣を抜く。


「パフも標的にしてるのか……。パフは殺させない! 当然ですがクリエさんも!」

「けっ! 天使如きが俺様の舎弟に手を出そうとしてんじゃねぇーよ!」

「黙れ! 羽虫! ……だが、手を出させんという言葉には同意してやる。パフは私達の家族だ。パフを狙ったことを後悔させてやる」

「カイさん、ルーアさん、リディアさん。……ありがとうございます!」


 カイ、ルーア、リディアがコードメイに敵意を向ける。パフは怯えながらも三人からの言葉に勇気をもらい自らを奮い立たせる。一方でアルベインは周囲の部下へと指示を出す。


「お前達! 下がれ! こいつは私がやる! お前達は神殿に残っている人々の避難誘導と周辺の封鎖にまわれ! ……起きろ! モルザ! 仕事だ!」

≪……ふわぁー……。よく寝た……。うん。いいよ! アルベイン君! 状況はわかってる!≫

「よし! 行くぞ!」


 魔槍モルザに喝を入れると魔槍の中にいるモルザが目を覚ます。モルザが眠っていたのは職務怠慢というわけではない。元々は人間のモルザが魔槍に入ったことで人間としての食事、睡眠などの欲求が消失していた。言ってしまえば、モルザは二十四時間、三百六十五日の間、休まずに魔槍として活動することが可能となっている。しかし、モルザを道具としてではなく友人として関わりたいアルベインはモルザと話し合い。常に活動はせず、日が沈むと同時に休息をとることで合意する。とはいえ、眠っている間のことも魔槍には情報として常に蓄積されているため、モルザは目が覚めた瞬間に状況を理解することができる。


 カイ、リディア、アルベインがコードメイへと武器を構える。三人を認識したコードメイは口元に笑みを浮かべる。


『ふふふふふ。人が妾に歯向かうと? なんと不遜な……。しかし、それも生きる者としてのさがか……。よかろう! 存分に抗ってみるがよい!』


 カイ達を見下すように言い放ったコードメイ。しかし、次の瞬間にコードメイは驚愕することになる。


『――ッ!』


 一瞬だった。


 カイの剣撃はコードメイの右腕を切断する。


 アルベインは魔槍モルザで左腕を貫く。


 最後にリディアはコードメイの首を狙う。しかし、その攻撃を四枚の翼で防御する。かろうじて攻撃を防ぐが、リディアの剣で四枚の翼は無残にも全てが断ち切られる。


 カイ、アルベイン、リディアの猛攻を受けてコードメイは倒れる。 


 強大な天使であるコードメイを圧倒したことで周囲からは歓声が上がる。だが、カイ達は険しい表情でコードメイを見つめる。勝者とは思えない表情に周囲が疑問を感じる前にコードメイが光り輝く。すると、切断された右腕、貫かれた左腕、断ち切られた四枚の翼、その全てが何事も無かったかのように治癒する。元通りの姿に戻ったコードメイはカイ、アルベイン、リディアを油断なく見据える。


『……信じられぬ。人如きが……妾が軽んじていたとはいえ、『断罪の天使』である妾を切り刻むとは……。本当に人間か?』

「油断するな! コードメイ! 奴らは強者だ! 特に金髪の女! 奴は新しい勇者と噂される程の者だ!」

『勇者? ほぅ……』


 ホロの言葉に興味を持ったようにコードメイはリディアを品定めするように目を細めて観察する。すると、納得したかのように目を閉じながら軽く頷く。


『なるほど……。貴様はあの男に連なる者か……。全く持って罪深い……』

「あの男? 何のことだ?」

『その質問に答える術を妾は持たぬ。気に入らぬが古の盟約があるのでな……』


 意味不明な発言にリディアが疑問を呈するがコードメイは一方的に話を終了する。話を終えた途端にコードメイは両手と四枚の翼を大きく広げると歌のような澄んだ音色を口から響かせる。美しい音色に一瞬だけ周囲にいる者も敵意を忘れかける。しかし、行動の意味を理解した途端に周囲からは悲鳴や驚愕の声が響き渡る。


「きゃぁーーーーー!」「う、嘘だろう!」

「な、何で、突然天使が……?」


 礼拝堂の外にいた神殿の関係者や避難誘導を行っていた兵士達が慌てふためく。理由は突如として大量の天使が出現したからだ。悲鳴に気がついたカイ達が視線を部屋の外へと向ける。すると複数の光から天使が出現している。出現した天使はホロが召喚していた天使と同じだ。


『なっ!?』


 驚きを隠せずに声を上げるカイ達を余所にコードメイは嘲るように言い放つ。


『ふふふふふ。さて……。どうする? 弱者を助けに行くべきではないかな? 勇者よ?』

「貴様……。今の音色は……」

『音色? ほぅ……。人の耳にはあれが音色に聞こえたのか? 妾は単純に眷属へと願い出ただけだが……。まぁ、よい。それよりも……。よいのか? このままでは弱き者から次々に死んでゆくぞ?』

「師匠!」

「わかってる!」

「くっ! 不味い!」


 カイ達とコードメイが言い合いをしている間にも召喚された天使達は近くにいる者へと襲い掛かる。慌てながらも兵士が応戦するが、兵士一人では歯が立たず敗れていく。兵士は複数で天使と相対して対応するが天使は現在も次々と召喚されているため、対応が追いついていない。一体の天使が兵士達とは違う者を標的にする。標的にされたのは新人シスターのストラだ。


「えっ……?」

「す、ストラ!? に、逃げるんだ!」

「やめろ!」


 天使がストラを攻撃する時、ストラの兄であるダムスが「逃げろ」と叫ぶ。もう一人「やめろ」と叫んだ人物は意外にもコードメイの主人であるホロだ。主人の言葉にコードメイは驚くが、召喚された天使は特に躊躇することなくストラへと攻撃を加える。


 戦う力を持たないストラは為す術もなく無防備に天使の攻撃を受けてしまう――本来なら……。しかし、実際はストラへ攻撃した天使は数メートル先の壁へと吹き飛ばされ粉々になり消滅する。天使を吹き飛ばした人物はストラの前に悠然と立っている。その人物は神殿のシスター兼門番のエルザだ。エルザは瞬時にストラと天使の間へと割り込むと向かってくる天使へカウンターで拳を撃ち込んでいた。天使を倒したエルザは満面の笑顔でストラの頭を撫でる。


「せ、先輩……?」

「ごめんねー。ストラちゃん。怖かったでしょう? でも、大丈夫よ。先輩が守ってあげるから!」


 仲間である天使が倒されたことに反応して周囲にいた天使がストラとエルザへ……いや、エルザへと向かって行く。天使の動きを察したエルザは不敵な笑みを携えて天使達を迎え撃つ。前方から来る三体の天使を目にも止まらぬ拳を撃ち込み打ち砕くと、上空から襲い掛かってくる二体の天使を回転しながらの回し蹴りで弾き飛ばす。エルザの攻撃を受けた天使達はガラス細工のように身体をうち砕かれて消滅していく。


 鮮やかな連続攻撃に周囲の者も感嘆の声を漏らす。驚いたのは周囲の人間だけでなくカイ達も一緒だった。


「す、すごい……! あの女の人。天使を素手で……。フィッツと同じ拳法家?」

「あぁ……、大したものだ。しかし、あれは女ではない。男だ」

「えっ? えっー!? だ、だって、師匠。あの格好は――」


 リディアの言葉に驚愕するカイだが、次の言葉を聞いて言葉を失う。


「間違いない。容姿も格好も女のそれだが……。回し蹴りをしたときにスカートの中が見えた……。見たくもなかったが……。間違いなく男だ……」


 エルザが男性という言葉に衝撃を受けるカイだが、リディアの放った「スカートの中が見えた……」という言葉を聞いてあることを察すると、何も言うことができなくなる。カイとリディアが話をしている間にも、天使達はエルザへ攻撃を加えている。しかし、天使達が束になってもエルザに傷一つ与えることはできない。


「やめろ!」


 突然の怒声に誰もが驚く。しかも、制止の声に従うように天使達の動きも停止する。声を荒げたのは、他でもないコードメイと同化しているホロだ。周囲の驚きを余所にコードメイは淡々とした口調で主人であるホロへと尋ねる。


『何を焦るのだ。主殿? 妾は主殿の願いを叶えようとしているのだぞ?』

「……それは、わかっている。だが、あの者はハーフではない……」

『すまぬが……。呼び出した眷属達は下級でな。細かい命令は不可能だ。故に我はこう命じた『目につく者達を殲滅せよ』とな。当然だが、妾や主殿に攻撃を加えるほど愚かではないぞ? しかし、知性という意味ではかなり低いのだよ』

「それなら仕方ないが……、あの者を攻撃するな……。あと、そこにいる神官もだ……」


 ホロが指定した人物はストラ。もう一人は、クリエの近くにいるダムスだ。主人であるホロの指示を聞いたコードメイはストラとダムスを順番に眺める。


『……理由を聞いてもよいか? 主殿。あの二人に手を出してはならぬ理由はなんだ?』

「それは……」


 コードメイの質問にホロは言い淀むが観念したように口を開く。


「……彼らは私の子供のような存在だ……」

「神官長……」

「神官長様……」


 ホロからの告白を聞いたダムスとストラが声を漏らす。だが、コードメイはホロを追求する。


『子供のような存在……。つまりは本当の子供ではないのであろう? 主殿よ。目的はハーフを殲滅することではないのか? 情愛は必要だが、目的のためには非情さも必要であるぞ? それに、主殿の覚悟を妾は感じとっている。同化した時に主殿の想いが流れて来たのだ。主殿はどのような犠牲を払おうともハーフを殲滅させる道を選んだのではないのか?』

「当然だ! マザーを殺したハーフ共を粛正するためにはどのような犠牲も――」

『そうであれば彼らは諦めるべきだ。違うかな? 主殿』


 コードメイの言葉にホロは沈黙する。少し目を閉じ思案する。すると徐に口を開き語りかける。


「ダムス、ストラよ」

「……はい。神官長」

「神官長様……」

「お前達二人だけでも……、この街から……サイラスから逃げなさい」

『――ッ!!』


 唐突にホロから「逃げろ」と言われたダムスとストラは驚愕する。また、周囲にいる者達も怪訝な表情になる。一方のコードメイは感情の込もっていない瞳でことの成り行きを見守る。


「……お前達には入らぬ迷惑をかけてしまった……。しかし、私はもう止まれない……。マザーの無念を私は晴らす! だが、お前達二人には死んで欲しくはない……。勝手な言い分ですまない。それでも、お前達には生きていて欲しいのだ。マザーにとってお前達二人は子供のような存在だったのだ。それは私にとってもだ! だから――」

「神官長!」


 一方的なホロの嘆願をダムスの強い言葉が遮る。ダムスは表情を歪ませながらもはっきりと言葉に出す。


「そう思うのでしたら……。もう、このようなことはおやめ下さい!」

「ダムス……」

「ダムスさん」

「お兄ちゃん」


 心からの願いを込めたダムスの言葉に多くの者が注目する。注目しているのは問われている当人のホロも一緒だ。


「私達も同じです……。私とストラにとっては、マザーは母。ホロ神官長は父のような存在です! ですから、どうか、どうか……、お考え直して下さい……。神官長。過ちを認めて、昔のあなたに戻って下さい……」

「ダムス……」

「わ、私も同じ気持ちです!」


 突如としてストラが声を出す。


「私も、お兄ちゃんと同じ気持ちです! 神官長様は私にとって大切なお父さんです! だから! もう、これ以上……。こんなことは……」

「ストラ……」


 ダムスとストラからの言葉にホロは目を閉じる。そこへコードメイが問いかける。


『どうするのだ? 主殿』

「……決まっているだろう……。愛する二人の想いを受け止めよう……」


 ホロの言葉にダムスとストラの表情に光が差す。しかし、次にホロから出た言葉は二人の望んでいたものでは全くなかった。


「……コードメイよ。あの二人は苦しませずに殺してくれ……。それがせめてもの情けだ……」

『なっ!!!!』

『ふふふ。了解した。それでこそ妾の主人だ。愛する者を手にかけてでも想いを叶えようとする。なんと素晴らしい!』


 多くの者が驚愕する言葉に対してコードメイだけはホロを称賛する。一方でダムスとストラは涙を流して悲しむ。そんな二人へ不意打ちの如くコードメイがダムスとストラを狙い攻撃する。


 コードメイの翼から放たれた光の線がダムスとストラを貫く。だが、その光が届く前にクリエが防御魔法を張り妨害する。


「くっ! ……あんたねぇ。いい加減にしなさいよ! ダムスとストラちゃんの気持ちを少しは考えなさいよ!」

「それはこちらの台詞だ! 貴様が死なぬからこのようなことになったのだ!」

「もう、口で言っても無駄ね……」

『その通りだ。妾達を止めることなど誰にも出来ぬわ!』

 

 コードメイの言葉を最後に戦闘が再開される。同時に停止していた天使達も動き始める。状況をかんがみてリディアがアルベインへと訴える。


「アルベイン! ここは任せて。行け!」

「リディア殿?」

「そうです! アルベインさん! 神殿に残っている人達をお願いします!」

「し、しかし……、あれを放置するわけには……」


 リディアとカイの後押しを受けたアルベインだが、コードメイを見て躊躇する。踏ん切りのつかないアルベインへ再度リディアは発破をかける。


「お前の役目だ! 正直言って、私は誰かを守りながら戦うのには慣れていない。正しい手順がわからない私が行っても被害者が増えるだけだ」

「俺も同じです。それにアルベインさんの部下である兵士さん達を助けてあげて下さい!」

「リディア殿。カイ君」

≪アルベイン君。ここはリディアさんとカイ君に任せよう? 僕達はあの天使達を――≫

「あぁ……、わかってる。行くぞ! モルザ!」

≪うん!≫


 やるべきことを理解したアルベインとモルザは疾風の如き速度で天使達へと突撃する。突如として出現した槍使いに天使達は驚く間も与えられず次々にアルベインとモルザに屠られていく。アルベインの参戦に兵士達は活気づく。兵士達はアルベインの援護の元で避難誘導を再開する。しかし、天使達もそうはさせじとアルベインの射程外から回り込み兵士や神殿関係者を襲おうとする。だが、天使の行動はもう一人の強者によって阻まれる。シスター兼門番のエルザがアルベインのフォローをする。


「お兄さん。強いわね! 惚れちゃいそうよ!」

「……そういう話は戦いが終わってからにしてくれないかな? しかし、あなたも大したものだ。すまないが、協力してもらっても?」

「いいわよ! もともとは私の上司がしでかしてることだしねー」

「そうか……。感謝しよう!」

「感謝は言葉だけじゃなくて行動で示してよねー! 今度デートしましょうね! お兄さん!」

≪で、デート! あ、アルベイン君! だ、駄目だよ! あの人はあんな恰好してるけど――≫

「あぁ、知ってる。男性だろう?」

≪あっ……。知ってたんだ≫

「あぁ、兵士の中では有名人だ。何も知らない若い兵士がデートによく誘われてついていってしまうことがあったからなぁ……」


 関係のない話をしながらもアルベインとモルザ、協力者のエルザは波のように押し寄せる天使達をものともせずに蹴散らす。天使の対処はアルベイン達に任せて問題はない。残るは……『断罪の天使』コードメイとホロだ。



 礼拝堂内部では度重なる光が点滅する。光が放たれる度に、轟音と衝撃がカイ達を襲う。全てコードメイによる攻撃だが、全ての攻撃はクリエの防御魔法で防がれる。しかし、防がれていることを理解しながらもコードメイは攻撃の手を緩めずに続けている。いたちごっこのような状況だが、コードメイは口元に笑みを浮かべる。対するクリエは険しい表情をしている。


「くっそぉー……。読まれてるわね……」

「そのようだな」

「えっと……。師匠。どういうことですか?」


 状況を理解しているクリエとリディアの言葉にカイは疑問をぶつける。


「敵はこちらの弱点をついてきたのだ」

「弱点?」

「そう。リディアさんとカイ君は強い。まともに戦えば勝てるかはわからない。だったら……、まともに戦わなければいいってことよ」

「あ……」

「そうだ。遠距離からの魔法による連続攻撃……。これで、こちらを倒すつもりだな」

「おいおい! だったら、敵の作戦に乗らずに突っ込めよ!」


 ルーアからのツッコミにリディアが呆れた表情で言い返す。


「馬鹿を言うな。開けた場所ならともかくこんな狭い場所では相手の攻撃を避けるスペースがない。一度外へ出るべきだ……」

「えっ? それは無茶じゃない!? 相手は空を飛べるのよ? いくらリディアさんとカイ君でも飛行する相手に空から攻撃されたら――」

「問題ない。遥か上空から攻撃されてしまえば手の出しようはないが……。多少の飛行程度なら問題なく対処できる」

「……そうなの?」

「あぁ、だから外へ行くぞ」


 礼拝堂で交戦しても勝機は薄いと判断したリディアが神殿から出るように全員へ伝える。しかし、ナーブから問題を指摘される。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 外へ行くのはいいんですが……。ここは街の中心ですよ? 神殿にいる人の避難も終了していませんし……。ここを出て戦闘しては被害が拡大する一方では……?」

「仕方ねぇーだろうが! こっちだってこのままじゃあジリ貧だろう! それとも全部の準備が終わるまで眼鏡ちびに防御してもらい続けんのかよ?」

「……いえ、それはいくら先生でも不可能です……。魔力が持ちません……」

「だろう? だったら――」

『逃がすと思っているのか? 愚か者どもが』 


 ルーアとナーブの話に割って入るようにコードメイの声が響き渡る。すると礼拝堂を光が覆う。覆った光を見たクリエとナーブは驚愕する。


「しまった!」

「こ、これって!」

『ふふふふふ。これで外へ出ることも叶うまい? ゆっくりと始末してくれる!』

「な、なんですか? これ?」

「これは……、まさか……」

「えぇ……。相手の結界よ! 壊せなくはないけど……。このタイプの結界は破壊した瞬間に周囲へ結界を破壊した時の衝撃を放つわ……。つまり――」

「周囲の避難が完了していなければ余計な被害が出るか……」

「そういうことね……」


 相手の意図を理解したリディア。後手に回ってしまったことを嘆くクリエ。勝ち誇るコードメイ。だが、この膠着状態を打破するためにある手段をクリエは思いつく。


「……ナーブ」

「はい。先生。どうしましたか?」

「防御魔法を代わって……。リディアさん!」

「何だ?」

「最終確認をさせて……。開けた場所って言ったけど……。具体的にはどれぐらいの広さが必要?」

「広さか……。最低でも闘技場ぐらいの広さがなければ厳しいな」

「闘技場ぐらいの広さね……。オッケー。やってやるわよ!」


 やることを理解したとクリエは不敵な笑みを浮かべると両手を合わせて魔力を練り上げ始める。クリエの行動を視界に捉えたナーブは何をしようとしているのかを理解する。一瞬だけやめるように進言しようとするが、限られた手段で決めたことだと判断してナーブは口を閉じクリエを信じる道を選ぶ。魔力を練り上げたクリエが動き出す。


「……空間把握……、座標固定……、よし! 行くわよ!」


範囲転移エリアワープ!』


 クリエの言葉を最後に礼拝堂は光に包まれる。


 光が治まると礼拝堂には誰一人としていなくなる。


 クリエ達はもちろん。


 『断罪の天使』コードメイとホロも姿を消す。


◇◇◇◇◇◇


「ここは? どこだ?」

『やってくれたな……。あのハーフエルフめ……』

「どういうことだ? コードメイ」


 困惑するホロを余所にコードメイはクリエが行ったことを理解する。疑問を持つ主人へと説明するためにコードメイを口を開く。


『あのハーフエルフは自分達だけでなく妾達ごと強制的に転移をさせたのだ』

「強制的だと? 馬鹿な。転移を防御しなかったのか?」

『当然だが……。防御していた……。だが、相手の方が一枚上手であった。大したものよ……。妾を強制的に転移させるとは……。しかし、代償も大きいがな……』

「うん? どういうことだ?」

『それは――』

「せ、先生! しっかりして下さい!」


 説明を続けようとしていたコードメイだが、周囲に響き渡る大声に邪魔をされる。大声を出しているのはクリエの助手であるナーブだ。ナーブは力尽きたように横たわるクリエを心配している。対するクリエは横になりながらも健気に不敵な笑みを浮かべる。


「だ、大丈夫よ……。魔力を使いすぎただけ……。流石にあれだけ防御魔法を張ったすぐ後に『範囲転移エリアワープ』を強制的にやったのはしんどかったわ……」


範囲転移エリアワープ:個人を転移させるのではなく決められた範囲にいる者全てを転移させる魔法。転移させる範囲が大きいほど魔力を消費する。また、範囲内に入る者が抵抗する場合は相手の魔力を上回るか、魔法技術で相手を上回る必要がある。


 転移は成功した。転移した先は外……ではなくサイラス闘技場の中央だ。リディアからの要望にあった闘技場程の広さを確保するためにクリエは闘技場へと全員を転移させたのだ。突然の転移にカイ、ルーア、パフ、ダムスは周囲を見渡す。リディアとナーブはクリエがやろうとしていたことを薄々と感づいていたので変化はない。各々が違った反応をする中でコードメイがクリエの行動を嘲笑する。


『ふふふふふ。何と愚かな……。魔術師たる貴様が全ての魔力と引き換えに妾を転移させる? 全く無意味だな。もっと狭い場所へと転移するのであれば妾も厄介と感じたが……。何のことはない。広い空間へわざわざ妾を招待したのか? それとも転移する先を間違えたのかな?』


 侮蔑するような、挑発するような、コードメイの言葉に対してクリエは満足げな笑みを浮かべる。身体の自由は利かないがクリエは首だけを持ち上げて相手を睨みつけながら宣言する。


「……間違えてなんかないわよ……。これで、私達の勝ちよ……」

『何だと?』

「だって……、後はリディアさん達がやってくれるから……」

「その通りだ!」


 クリエの想いを引き継いだかのようにリディアが前へと出る。少し後にカイも続く。


「よくやってくれた。クリエ。少し休んでいろ。後は私が……私達が決める!」

「はい! 師匠!」


 剣を構える二人の戦士を見据えたコードメイは目を細めながら言い放つ。


『……馬鹿が……。先程と同じと思うなよ? 人間如きが……、身の程を知れ!』


 コードメイが四枚の翼を大きく広げると空中へと浮かび上がる。


 空に浮かぶ『断罪の天使』コードメイをリディアとカイは睨みつける。


 戦いの火蓋が落とされる。

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