第69話 迎撃準備

 サイラスにある白銀しろがねの館に集まったサイラスを代表する者達は困惑していた。突如として召集されたこと。サイラスから出発した五百六十四名の人員が死亡したこと。そして、サイラスに来た騎士シルバーの正体が不死者アンデッドであるという事実に……。


「どういうことだ!」

「落ち着きなさいよ。大の男がみっともない」

「そうはいうがな! これが落ち着いていられるか!? いきなり呼び出されたと思ったら、五百人以上の人間が殺された? サイラスに来ていた騎士は不死者アンデッドだ? ついていけるか!」


 烈火の如き怒りをみせるのは、サイラスの物流をまとめる商会代表の一人であるパッセだ。そして、横でパッセをなだめている女性が同じく商会をまとめているもう一人の代表であるケイミー。


パッセ:スキンヘッドの大男。豪快であり、直情的な男性。しかし、大胆な采配と決断力でサイラスの商会を盛り立てる。


ケイミー:緑と黄緑のメッシュの髪を腰まで伸ばす。髪は少しウェーブがかり、光沢がある。眼鏡をかけている眼光は鋭いが、人当たり良く優しい性格。いつも周囲に気を配っている。パッセとは対照的で、常に冷静沈着に物事を進め合理的。


 パッセとケイミーの二人が協力してサイラスの商会を支えている。対照的な二人だが、お互いに自分が持っていない部分を相手が持っていることを理解して協力している。しかし、性格的には全く合わないために仲は良くない。だが、仕事に私情を挟まないという点においては一致していることもあり常に協力はしている。


「落ち着きたまえ! パッセ殿! 君と同じで皆が混乱しているのだ」

「ちっ……! わかったよ! 進行はあんたの役目だ! 任せる」

「はぁ……。申し訳ありません。スレイさん。商会代表の一人である馬鹿が迷惑をかけました。深く謝罪をさせてもらいます」


 ケイミーの言葉にパッセはケイミーを睨みつけるが、それ以上のことはしない。スレイは了承の意味を込めて大きく頷く。その時、兵士長のキーンが口を開く。


「すまないが……。質問をさせてもらってもいいだろうか?」

「キーン殿。えぇ。私で答えられることであれば――」

「いや、スレイ殿。申し訳ないが、私が質問をしたいのはあなたではなく――」


 キーンは言いながらスレイではなくリディアへと視線を移す。


「――リディア殿に質問をしたい」


 キーンの言葉にスレイもリディアへと視線を移す。視線に気がついたリディアが軽く頷くとスレイは「どうぞ」とキーンを促す。


「感謝します。リディア殿。あなたは、五百人を超える人間が死ぬと言っているが……。それは、なぜです? サイラスに来た騎士が不死者アンデッドということはサイラスを守る兵士の立場として看過はできないが……。別に不死者アンデッドが来たからと行って、五百人以上の人間が死ぬことやサイラスに危機が迫っていることにはならないはずだ。何か確信があるのですかな?」


 キーンの言葉に多くの者が同意の意味を込めて頷く。しかし、リディアから放たれた言葉で場は更に大混乱となる。


「……確証はある。全ては首謀者の一人であるクーダと名乗っていたダークエルフから直接説明をされた」

『――ッ!!!!!!!!!!!!!』


 その場にいた何人かが口を開こうとするが、その前にリディアが説明を再開する。


「奴は言っていた――」


◇◇◇◇◇◇


 パフから得た情報をリディアがクーダへと突きつけた直後……。


「わかりました……。リディア様。あなた様には真実をお伝えします。そう、真実を私達の真の目的を……。もう、おわかりでしょうが私達は人間ではありません。私はダークエルフでもありませんし……、コールもオウムではありません。そして、シルバー様は不死者アンデッドです」

「ふん。そうだろうな。それで? 貴様等は何をしているんだ?」

「そう、お急ぎにならないで下さい……。ちゃんと説明します。ただ……、ご理解を頂けるかはわかりかねますが……」


 クーダのもったいつけた言い回しにリディアは声を荒げる。


「いいから、要点を言え!」


 声を荒げ感情が昂ぶっているリディアとは裏腹にクーダは微笑を崩さずに答える。


「そうですね。では、目的から言いましょう。私達の目的はサイラスの壊滅です――」

「――ッ!」

「――目的地に着きましたら、連れて来た人間達は全て殺します。そうして殺した人間達は不死者アンデッドにします。あぁ、ご安心をシルバー様が一瞬で殺しますので人間達はほとんど痛みも恐怖も感じることはありません。それから、シルバー様の特殊能力で不死者アンデッドに変化させましたら……。いよいよ、サイラスへと進軍して行きます」


 まるで、買い物で商品を選んでいるような軽い言い方でサイラスの壊滅、五百人以上の人間の殺害、殺害した人間達を全て不死者アンデッドに変化させる。クーダは、それがさも当然と言わん限りの平静な様子で淡々と語る。


「ふざけるな!」


 クーダからの一方的な言い分にリディアは声を荒げる。今にも腰に携える剣を抜きクーダを斬りつける状態だ。一方のクーダは、そんなリディアを前にしても落ち着いた様子で佇んでいる。


「落ち着いて下さい。リディア様。真実を知りたいと仰ったのはリディア様ですよ?」

「だからなんだという! そんな話をされて、貴様の……いや、貴様等の目論見もくろみを黙って見過ごすとでも思っているのか!」

「……そうは言いますが、それではどうされるのですか? リディア様。私は――」


 言いながらクーダはリディアへと殺気を飛ばす。クーダからの殺気を受けてリディアは理解する。自分の失態に……。


(なっ! こ、こいつ……。しまった……。こいつの実力を見誤った……)


「――私は強いですよ? シルバー様にも引けを取らないほどに……。私達二人を相手にリディア様お一人……。まぁ、後方に控えているカイ様とリディア様のお二人で私達と戦いますか?」

「貴様……」

「ふふふ。流石のリディア様も私の実力までは計算できていなかったようですね? リディア様がとることのできる行動は二つです。無謀と承知で今すぐに私達と戦うか……。しかし、そうなれば当然ですが私は配下を呼び出しますし、邪魔な人間は問答無用で排除していきます。それに……、運良く私達に勝てたとしても生き残れる人間はいませんよ? もう一つは、このまま素直に引き下がりサイラスへと戻り私達の迎撃準備を整えるかです」


 険しい表情でクーダを睨みつけながらリディアは口を開く。


「……素直に私達を見逃すというのか?」

「はい。邪魔をしないのであれば構いません。現状では、集めた人間達を殺して不死者アンデッドへと変化させるのが最優先事項ですから。まぁ……、後でサイラスへ行った時に邪魔をするのでしたら、その時には容赦なく殺しますけどね……」


 クーダは苦笑するような笑みを浮かべながらリディアへと説明する。話を頭の中で整理してリディアは結論を出した。自分達のこれからの行動を……。


「……いいだろう。私達はここから去る」

「へぇー……。意外ですね。五百人を超える人間を見殺しにするのですか?」

「挑発か? だとしたら無意味だぞ」

「いいえ、挑発をしたつもりは毛頭ありません。ですが……、人間というのは愚かな生き物ですから。敵わない敵とわかっているのに、仲間のため……、誇りのため……、などとのたまい絶対に死ぬ戦いへと興じる。はっきり言えば、自殺志願者のような行動をとる者が多いと思っていましたので……」

「そういう人間が多くいることは事実だ。しかし、私には彼ら以上に守りたい者がいる」


 リディアの言葉にクーダは首を軽く傾げたあとに思い出したかのように後方のカイ達へと視線を移す。


「あぁ! カイ様達のことですね。そうですね……。そのお気持ちはわかります。私も大事な人が殺されるとわかれば……死ぬとわかっていても抵抗するでしょうね」

「ふん! 貴様のような下種に大事な者がいるのか?」

「ふふふ。さぁ……、どうなんでしょうね?」


 答えをはぐらかすクーダを余所にリディアは話が終わったと足早にカイ達の元へと戻る。


◇◇◇◇◇◇


「――ということがあった。つまり奴らは――」

「ちょ、ちょっと、待った!」


 リディアの説明は続いていたが、パッセが声を荒げて話を中断させる。


「なんだ?」

「あ、あんた……、わかってんのか? あんたは五百人以上の人間を見殺しにしたって言ってるんだぞ!」

「見殺しか……。まぁ、そう言われても仕方がないな」

「あのな――」

「パッセ!」


 なおも詰め寄ろうとするパッセに対して隣にいるケイミーが警告するように声を荒げる。


「わかっていないのはあなたよ」

「はぁ!? 俺の何がわかってないって――」

「本当……。馬鹿……。あのねぇ。彼女のことを知らないわけじゃないでしょう? 今回の剣闘士大会……いいえ、歴代の剣闘士大会でも最強とも噂される優勝者のリディアさんよ?」

「わかってるさ! だからこそ! 彼女が五百人もの仲間を見殺しにしたことを追求してるんだろうが!」


 パッセの言葉にカイは不機嫌そうな表情でパッセに言い返したかったが、話し合いの場を荒らさないように気持ちを押し殺す。加えて他の出席している者達はケイミーの言い分を最後まで聞くまでもなく理解しているので、パッセを面倒そうな表情で眺めている。


「はぁ……。馬鹿なんだから……。一から説明しなくちゃわかんないの? いい! よく聞きなさいよ? この馬鹿! リディアさんは五百人以上の仲間を見捨てたんじゃない。彼女は自分達の命を守るのと同時に私達の……サイラスのためにあえて帰ってきたのよ」

「はぁ? サイラスのため? どういうことだ?」

「全く……。考えてもみなさいよ! もしも、彼女が勝てるかもわからない勝負に打って出て負けていたら。サイラスは不死者アンデッドの襲撃を知らずにいたのよ? 彼女は最悪の事態だけは避けようと全速力でサイラスに帰還して、私達にサイラスの危機を報告してくれたのよ? 彼女の行動は褒め称えられる行動よ。非難するなんて言語道断!」

「そ、そう言われちまうと……そうかも知れねぇけど……。でも……、戦ってもみずに……」

「彼女の話を聞いていないの? 不死者アンデッドの騎士は彼女と互角。そして、そのダークエルフのメイドも不死者アンデッドの騎士と同等以上の実力者だって言っていたでしょう? つまり、戦ったとしても勝算がないと彼女は判断したのよ。……彼女の気持ちも考えなさいよ。目の前にいる五百人以上の人間が死ぬとわかっているのに、助けれられない悔しさ……。商会トップのあなたなら似た経験はあるでしょう?」


 ケイミーの言葉にパッセも思うところがあった。商会を預かる身として、苦渋の決断もあったこと。商会を守るために多くの人間を切り捨てたことを……。そのせいで、生活が成り立たずに路頭に迷うことになった者、サイラスから出て行った者、死を選んだ者……。それらは、必要なことの代償だったが許される行為とはパッセも決して思ってはいない。しかし、トップの自分が決断をしなくてはより多くの人々が不幸になることも理解しているため、パッセは少数を切り捨て多数を救う道を選んできた。


「……そうだな。すまん。ケイミー」

「私に謝らないで! 本当に馬鹿」

「あぁ……、すまなかった。リディアさん。あんたの気持も考えずに……」

「いや、気にしないでいい。どんな理由があれ私は彼らを見捨てたのだ。その事実は変わらない。だが、それよりもやらねばならないことがある」


 リディアの言葉に全員が頷くと一人の男性が口を開く。


「その通りだね。リディア殿。スレイ君。まずは、市民の避難から始めよう」

「わかりました。アルベルト卿。では、かねてより準備をしていたあそこに……」

「そうだな。それが一番懸命か……。しかし――」


 アルベインとスレイの会話に他の出席者から疑問が飛ぶ。


「ちょっと! 二人だけで話さないでよ! ちゃんと説明してよねー!」

「く、クリエ先生……。落ち着いて……」

「だって! おかしいでしょう。ナーブ! 私達にわからない話をさー!」

「嬢ちゃんの言うことはもっともだ! 俺達にもわかるように話せよ!」

「パッセ! もう少し敬意を払った言い方ができないの? 相手は貴族のトップ。ヴェルト家の当主様よ? ……でも、今回に限りはお嬢さんとパッセに同意よ。わかりやすく説明をしてくれませんか?」


 アルベルトとスレイに対して、クリエ、パッセ、ケイミーから非難が飛ぶ。その言葉で自分達の配慮が不足していたことを悟り、アルベルトとスレイは出席者達へ謝罪する。


「申し訳ありません。急なことでしたので、礼を失する行為をしてしまいました」

「私も謝罪をしよう。貴族として民を引っ張る立場なのにないがしろにするような行動であった。申し訳ない。では、スレイ君。説明を頼めるかな?」

「はい。アルベルト卿。皆さん、実は――」


 百年前の戦争で多くの国や街が滅んだ。サイラスも歴史的にはそこまで古くはない。約百年前に作られた街だ。そんなサイラスには地下壕が存在すること。その地下壕は約百年前の時に魔王と人間との戦争により市民の命が多く失われたことを知っていた。当時、サイラスを作った統治者が悲劇を繰り返さないために決意して代々の統治者へ語り継ぎ推し進めていたものだ。その地下壕に市民を避難させることをアルベルトとスレイは話していた。しかし、この地下壕はまだ完成には至ってはいない。


 それは……


「――地下壕としての役割は果たせますが……。まだ、食糧や明りなど生活するために必要な最低限のインフラ整備が不十分なんです。ですから――」


 スレイの話を聞いていたパッセとケイミーが声を上げる。


「そういうことなら任せろ!」

「えぇ、理解したわ。インフラについては私達に任せて。今後はしっかりとした設備にするけど、今回は時間がないのだから使いきりの道具アイテムで代用するわよ?」

「それは、構いませんが……。資金面でかなり負担をかけることになりますが……」


 資金と聞いてパッセとケイミーはため息交じりに苦笑する。


「まぁ、そうだけど……。命には代えられねぇだろう?」

「そうね……。今回は緊急事態だし……。資金に関しては商会が肩代わりするわよ。騒動が片付いてから稼いでくるわ」

「なら、これを足しにしろ」


 そういってリディアは、革袋をテーブルからすべらせてパッセとケイミーへと渡す。その革袋には金貨四百枚が入っていた。金貨を見てパッセとケイミーはリディアを見据える。


「おいおい……。いいのかよ? 結構な額だぜ?」

「とても助かるけど。本当にいいの?」

「構わん。その金はクーダと名乗っている。あのダークエルフから巻き上げたものだ。奴らが起こしている騒動だ。奴らの金を使うのが筋だろう」


 リディアの説明にパッセとケイミーは笑顔で頷く。


「そりゃそうだ! あんた気に入ったぜ! この戦いが終わったら商会にも顔を出してくれよ!」

「えぇ、いい仕事を紹介するわよ?」

「考えておこう」


 資金面については、商会が肩代わりにすることになり、リディアからの寄付や貴族からも資金を出させるとアルベルトが約束をする。その時、今まで口を挟まずにいた神殿代表の神官長ホロ・ホープが口を開く。


ホロ・ホープ:白髪で角刈りのような髪型。穏やかで優しい微笑と優しい瞳をしているが瞳の奥には強い光が灯っている。温和で落ち着いている神を信仰する男性。世界を平和にしたいと心から願っている。


「すみませんが、神殿からも神官を派遣して市民の皆様への健康面のケアや精神面でのケアを行いたいと思います。ただ……」

「どうしたのですか? ホロ神官長」


 困ったような表情を浮かべるホロにスレイが疑問を口にするとホロではなく横にいた若い男性が代わって説明する。


「神官長の代わりに私が……。神官長が仰りたいことは、敵は不死者アンデッドです。神官の力が重要な戦力となるはずです。そのため、避難先へ神官をどの程度派遣するのか……。そして、どの程度の神官を前線へと送るのかを迷っているのです」

「なるほど……。それは、そうですね……」


 そのとき、少女姿のハーフエルフであるクリエが大きく右手を上げながら宣言する。


「はいはーい! 私からも困ったことを報告しまーす!」

「クリエ殿。なんですか?」

「今回は事が事だけに、白銀はくぎんの塔も戦闘に介入はするわ……。でも、いつも通りで悪いんだけど、エルダーのくそ爺は出張らないから、そのつもりでね」


 クリエの言葉に、アルベルト、スレイ、パッセ、ケイミー、神官長補佐のダムスが表情を歪ませる。表情に変化がないのは、神官長のホロと事情を知らないカイ達だけだ。クリエとナーブは、表情を変化させた代表者からの非難にも似た質問が来ることを予期して気合いを入れる。


「それは……、なぜですか?」

「そうだ! そこの神官の坊主が言う通りだ! あんたのとこのエルダーは最高の魔術師なんだろう? こういう危機にこそ力を貸すべきだろう!」

「僕は坊主ではありませんよ! パッセ殿。まぁ……、いいです。パッセ殿の言う通りです。今回は非常事態なんですよ? サイラスを守るために出し惜しみなしで行くべきでは?」

「二人とも興奮しないで……。とはいえ、二人の気持ちもわかるわ。ねぇ……、ハーフエルフのお嬢さん。私達はあなた達に比べれば世間知らずの小娘や小僧なのかも知れない。でもね。この街を……サイラスを守るために一生懸命にやっているのよ? サイラスに生きる者として力を貸してくれない?」

「皆さん。落ち着いて下さい。クリエ殿を責めても解決はしません」


 一方的に責められているクリエを助けようとスレイが口を挟むがクリエは特に動じることなく対処する。


「いいのよ……。みんなが怒るのも非難するのもよくわかるわ……。でも、エルダーが動かないのには理由があるのよ」

「理由……?」

「なんだよ。それは? サイラスを守ることより大事だってのか?」

「是非とも教えて欲しいわ。納得できる理由ならね」


 クリエに視線が集中していることにクリエも気がついている。すると、クリエはおもむろに『通信テレパス』を行う。その状況でナーブは大体のことを察する。逆に他の者には、意味がわからず「無礼」とあからさまに表情を険しくさせる者や怪訝な表情をする者が出る。


「エルダー? 聞こえる? 言ってもいいわよね? えっ? 自由にしろ? あんたねぇー! こっちはあんたの秘密だから一応断りを……。うん……? ちょっと……? ねぇ! もしもーし? もしもしー? あのくそエルダー! 強制的に切りやがったわね!」

「せ、先生……。そ、それぐらいで……」


 話が一方的に終わったこともあり、クリエが怒り出したがナーブがクリエを落ち着ける。クリエは不機嫌な表情で口を開く。


「……説明するわね。エルダーが出てこないことや力を貸さないのには一応理由があるのよ。あぁ、確かにあのくそ爺の性格は悪いわよ? あの爺は自分の好きなことしかやらない! 面倒なことは全部人任せ! 本当に性格が――」

「せ、先生……。話が脱線しています……」

「うん? そうね。……エルダーには、ある秘密があるのよ」

「ある秘密?」


 誰かが呟いた言葉にクリエは大きく頷く。


「そう。エルダーは人間だけど、魔術によって不老となっているのよ」

「不老……?」


 聞きなれない言葉にカイが疑問を口にすると横にいるリディアがカイにだけ聞こえるように説明する。


「不老とは、年を取らないことだ。つまり、寿命による死がない」

「えっ!? し、死なないって、ことですか……?」

「あくまでも寿命で死なないだけだ。斬り殺せば死ぬ」

「あ、そ、そうですか。ありがとうございます。師匠」


 カイとリディアの会話を余所にクリエが説明を続けている。


「つまり、エルダーは人間でありながら何百年、何千年と生きている。あれは一種の化け物よ……」

「先生……」

「わかってるわよ。ただし! 人間が……いえ、生きる者が簡単に不老になんてなれるわけがない。あいつは……エルダーの奴は不老と引き換えに自由を手放したのよ」

「自由を手放す?」

「えぇ……。エルダーはね。特別に準備をせずにサイラスから出てしまえば一瞬で死ぬのよ――」

『――ッ!』


 サイラスから出れば「死ぬ」という言葉に多くの者が衝撃を受ける。しかし、クリエの話は続く。


「――だから、エルダーは簡単には白銀はくぎんの塔からは出てこない。一応はサイラスの中ならある程度の自由はきくみたいだけど……。それでも、全力は出せないらしいわ。とはいっても、あの化け物は不完全でも化け物だからね……。変な言い方になるけど、私達がもし負けてもサイラスに侵入した不死者アンデッドはエルダーの奴が一匹残らず滅ぼすはずよ」


 クリエの説明に多くの者が理解を示した。今まで、エルダーを見たことがなかったのは下手をすれば死ぬことになるからだと。しかし、クリエは全員に一言加える。


「言っておくけど駄目よ! 同情なんてしちゃあ! あのくそ爺は自分で勝手に自由を手放したんだから!」


 そんなクリエの言葉に何人かが苦笑いで応える。


 その後、更なる話し合いの結果で細かいことが決定する。


 市民の避難誘導や安全の確保は、スレイ、パッセ、ケイミー、ホロが中心になり行う。


 一方、迎撃するための準備はキーン、アルベイン、クリエ、ダムスが中心になり行う。


 そして、サイラスの全てを理解するアルベルトが、全ての指揮系統を統括することになる。リディア達にも迎撃のために協力を要請する。リディア達もアルベルトの要請に応じて迎撃のために準備を始める。それぞれが動き始めると、アルベルトはキーンに声をかける。


「キーン兵士長」

「はい? アルベルト卿。何でしょうか?」

「君に……一つ頼みがある」

「頼み? アルベルト卿。私はサイラスの兵士長。そして、あなたはサイラスの貴族代表ですよ? 頼みではなく命令して構いませんよ?」


 キーンの言葉にアルベルトは苦笑しながら首を軽く横に振り口を開く。


「フフ。やめれくれ……。共にサイラスを守るために働いている。妙な上下関係を行使する気はない」

「そうですか……。それで、どんな頼みなのですか?」

「……あぁ、実は頼みというのは他でもない。私の息子アルベインについてだ」

「アルベインのことですか?」

「あぁ、アルベインだが――」


◇◇◇◇◇◇


 白銀しろがねの館五階から、一階の受付へと戻っている途中の食堂で見知った顔が待っていた。それは、フィッツ、モルザ、オウカロウの三人だ。三人とも依頼を終えてすぐにサイラスへと帰還していた。そんな三人は不敵な笑みを浮かべてリディア達を迎える。


「よう! カイ。話し合いは終わったようだな」

「フィッツ……。あぁ、でも、とんでもないことに……」

「大丈夫だよ……。カイ君。大体の事情はわかってる……」

「えっ? そうなんですか?」

「ふむ。どうやら、おんし達のもとには『通信テレパス』がいってないようじゃのう」

「『通信テレパス』……?」


 首を傾げながら、聞き返すカイを見てフィッツは笑いながら説明する。


「あぁ、何でも。サイラスに魔物の軍勢が向かっている。一般市民は近くの兵士、商会員、神殿所属の神官、白銀はくぎんの塔に所属する魔術師に従って直ちに避難するようにだとよ」

「そ、そうか……。じゃあ、みんな知ってるんだ……」

「おうよ!」

「フィッツ」

「うん? 何ですかい。リディアさん」

「お前達に頼んだことはすんだ。ここは戦場になる。避難するか、すぐに街を出ろ」


 リディアの言葉にカイ、ルーア、パフが驚いた表情でリディアを見る。


「おいおい! なんでだよ! こいつらにも協力してもらおうぜ! こいつらが避難するのはもったいないだろう?」

「そ、そうですよ。師匠。今は戦力は少しでもあった方が……」


 ルーアとカイの言葉にパフも首を何度も縦に振り同意する。しかし、リディアは冷静に事実を伝える。


「それを、私達が願うことはできない」

『えっ?』

「私達はサイラスに住んでいる。それに奴等とは因縁もできた。戦う理由がある。しかし、フィッツ達はサイラスの住民じゃない。もちろん、戦力になってくれるのであれば申し分はないが……。相手はあのシルバーだ。命の保証はない……。簡単に助けてくれとは言えん」


 リディアの説明を受けてカイ達は押し黙る。リディアの言い分は筋が通っていたからだ。相手はただの魔物じゃない。リディアと互角の力を持つ不死者アンデッドの騎士シルバー……いや、五大将軍『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ。命の保証などない相手だ。しかし、フィッツ、モルザ、オウカロウは笑顔でリディア達へ……。


「そうっすね……。じゃあ、俺は勝手に参戦させてもらいますよ?」

「えっ? フィッツ……?」

「なんだよ? カイ。俺が『じゃあ、任せました』なんて言って逃げると思うか? 面白いじゃねぇーか! やってやるよ!」

「フィッツ!」

「いいのか……。フィッツ」

「……えぇ、リディアさん。悪いけど、俺はサイラスにまだ住んでないだけで……。サイラスに住むつもりなんですよ。そう、俺が住む予定の街を壊そうとする奴なんてぶっ飛ばしてやりますよ! ……それに、カイは俺のダチですからね……」


 フィッツの言葉にカイ、リディア、ルーア、パフは笑顔になる。そんなフィッツに続きモルザ、オウカロウも思いを口にする。


「ぼ、僕も戦うよ……。だって、ここには友達がいっぱいできた! 友達のために僕は戦うよ!」

「ワシは友だなんだと臭いことを言うつもりはないわ。じゃが、これも何かの縁じゃ。任せてもらおうかの!」


 フィッツ、モルザ、オウカロウ、迎撃作戦へ参加決定。


◇◇◇◇◇◇


 白銀しろがねの館一階の食堂付近ではフィッツ達が戦う決意をしていたが、五階では真逆のことが起きていた。アルベルトとキーンは難しい表情で話を続けている。


「……もう一度、確認しますが……。アルベインを前線から外せというのですか?」

「そうだ……。アルベインを私の息子を前線から外してくれ」


 二人の話は混迷の様相を呈していた……。

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