第28話 ブラスト・デーモン 前編

 カイとブラスト・デーモンの戦闘が繰り広げられている最中、ハーピーツーリーでも騒ぎが起こっていた。理由はライネス山に突如として巨大な魔力反応が出現したことが原因だ。魔法で常にライネス山を監視していたにも関わらず、直前まで何も感知することができずにいた。そのため、鳥人間ハーピー達は急いで情報を鳥人間ハーピー女王クイーンであるフウへ報告する。また、同時に事態の対処についての指示も仰ぐ。フウは小さな身体を震わせるように大声を出して、その場にいる全ての鳥人間ハーピーへ指示を出す。


「まずは落ち着くのじゃ! そして、何が起こっているのか確認をするために偵察部隊を編成して出陣させるのじゃ! それに安否確認のため全員の所在確認じゃ! 特にお客人である。リディア殿、カイ殿、ルーア殿の安否を最優先で確認して妾に報告せい! 以上じゃ! ゆけい!」

『はっ!』


 フウの指示に従い全ての鳥人間ハーピーが動く。フウの傍らには最古参であるフォルネが守護につく。多くの鳥人間ハーピーが慌てた様子でいる中、フォルネは冷静にフウへ耳打ちする。


「女王様……。この事態は一体?」

「妾にもわからん。じゃが、何者かがライネス山へ侵入したのじゃろう」

「ですが、監視魔法には何も――」

「ふん! つまりは、それほどの手練れということじゃろう。厄介じゃのう……」


 警戒感を高めるフウの言葉にフォルネは息を呑み気合を入れ直す。


「女王様……。女王様の身は私の命にかけてもお守りいたします!」

「なはは。言う様になったのう。じゃが、妾は十分に生きた。もしもの時は、フォルネ……お主が皆を逃がせ。そして、新しい長となってくれ」


 フウの言葉にフォルネは目を見開き驚愕の表情を浮かべる。


「な、何を仰るのですか! 女王様をおいて我々をまとめあげる者などおりません! ですから、そのようなことは仰らないで下さい!」


 主を思うフォルネの言葉にフウは頷くが内心では辟易している。


(はぁ、困ったものじゃ。なまじ妾が簡単には死ねぬため綺麗に隠居することもできぬとはのう。普通に考えれば、若い命を優先して救うのが当然なんじゃがなぁ……。リディア殿が我らの感謝に困っている気持ちが少しわかってしまうのう)


 自らの進退についてフウが考えていると、次々と配下の鳥人間ハーピーから報告があがる。


「報告します! 現在、ハーピーツーリー内に被害はありません!」

「報告です! リディア様、ルーア様の所在とご無事を確認しました。お二人はこちらへ向かっております」

「そうか。……ところで、カイ様は?」

「はっ! ……それが、カイ様の所在は現在不明です。リディア様、ルーア様もご存じではないということでした……」

「そうか、わかった。ご苦労。持ち場へ戻れ」

「はっ!」


 報告を聞いたフォルネは嫌な予感がしていた。


(まさか、カイ様の身に何かあったのか? いや、カイ様はリディア様やルーア様と違い飛行ができない。だから、ハーピーツーリーの中に必ずいらっしゃるはずだ。だが……)


「――ッ!? ま、待て!」

「はい?」


 フォルネは報告を終えて戻ろうとしている鳥人間ハーピーを呼び止めあることを尋ねる。


「……聞くが、プリムはどこにいる? 先程から見かけていないが?」

「プリムですか? プリムも現在は所在不明で――あっ!」


 報告していた鳥人間ハーピーも、報告を受けていたフォルネもある答えに辿りつく。横で聞いていたフウも呟くように言葉を漏らす。


「そうか……。では、カイ殿とプリムは一緒におるのう」


 フウが何気なく呟いているところへリディアとルーアが到着した。


「リディア殿……」

「フウ。つまり、カイはプリムと一緒にハーピーツーリーの外にいるということか?」

「それは、わからぬが……。恐らくは、そうじゃろう。この騒ぎでハーピーツーリーにいるのであれば、プリムはカイ殿を安全な場所へと避難させるはずじゃからのう。しかし、そうせずに誰も二人を見ていないのであれば……答えは一つじゃろう?」


 その場にいた全員が最悪のケースを思い浮かべている時、新しい報告が飛び込んでくる。


「ほ、報告します! ライネス山のある個所に巨大な炎の壁が出現! 恐らくですが何らかの魔法と思われます! さ、さらに炎の壁の向こうでは何者かが戦闘をしている様子が見受けられます!」


 報告を聞いた多くの者が「炎の壁?」「それは?」と疑問を口にする。しかし、リディアは戦闘を行っているという報告を聞いて確信を持つ。


「……戦っているのは、カイだな」


 全員がリディアに注目するが、当の本人は視線に気づきながらも説明をせず動き出そうとする。リディアが何も言わずに鳥人間ハーピー女王クイーンの社から去ろうとするため、周囲の鳥人間ハーピーは困惑する。どう対処すればよいかわからず鳥人間ハーピー狼狽うろたえるが、鳥人間ハーピー女王クイーンであるフウはリディアを呼び止める。


「待つのじゃ! リディア殿。どちらへ行かれるのじゃ?」

「カイを助けに行く。当然だ」

「戦闘を行っておるのが、カイ殿だという確たる証拠はないのじゃろう? 動くにしても、まずは情報を――」

「戦っているのは、カイだ。私にはわかる」


 一方的にフウの話を途中で切るとリディアは有無を言わさぬ雰囲気で自らの意思を伝える。


「悪いが、フウ。お前と押し問答をしている暇はない。私は行く。邪魔をしても構わないが、……その時は容赦しない」


 その場にいた全員が息を呑むリディアから噴き出ている静かだが力強い闘気に……。フウはリディアを見て何を言っても無駄と判断すると、小さくため息を漏らし首をほぐすように身体を動かし始める。


「はぁ……。仕方ないのう。では、妾も行くかのう」

『なっ!?』


 あり得ないフウの言葉にその場にいる全ての鳥人間ハーピーが驚愕する。次の瞬間、当然のように猛反発する意見が飛び交う。


「何を仰られるのですか!? 女王様!」

「そうです! 今しがた女王様ご自身が情報を集めてからと仰っていたではないですか?」

「無謀です! どのような敵がいるかもわからないのに!」


 鳥人間ハーピー達の猛抗議にフウはうんざりした様子で頭を軽く掻きながら答える。


「わかっとる。わかっとる。お主らの言うことはもっともじゃ。――じゃが、我らの大恩人の危機かもしれんのじゃぞ? それを放置するのは鳥人間ハーピーの恥じゃ! 受けた恩義を返すならば今しかあるまいて!」


 女王としての覚悟を聞くと鳥人間ハーピー達の顔つきが変化していく。意を決したフォルネが部下の鳥人間ハーピーへ指示を出す。


「わかりました。女王様。あなたのご意思に従います……。お前達! 女王様の護衛隊を全て動員させろ! 指揮はこのフォルネが執る! 急げ!」

『はっ!』

 

 こうして、ハーピーツーリーからリディアを含む多くの増援がカイとプリムの元へ向かおうとしていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 一方、カイとブラスト・デーモンの戦闘はお互い一歩も引かない熾烈なものとなっていた。


 カイは剣撃をブラスト・デーモンに叩きこむが、ブラスト・デーモンの鋼鉄の様な身体に弾かれてしまい損傷ダメージを与えることができずにいた。相手のブラスト・デーモンは距離をとりながら魔法を放ってくる。


爆裂火炎メガフレイム


 爆裂火炎メガフレイムの余波で周囲に炎がまき散らされ辺りが焼け野原になるが、カイは見事に相手の攻撃を避け続ける。そのため、ブラスト・デーモンもカイへ損傷ダメージを与えることができずにいた。


 お互い攻撃を繰り出しているが決定打には至らず膠着状態こうちゃくじょうたいが続いていた。


(くそー、硬いなぁ……。剣で斬ってるのに全然傷がつかない。どういう身体の構造してるんだ?)


(ふん! 速いな。まともに魔法を放っても当てるのは不可能だな。だが、奴の攻撃は我には通らん。つまり我が有利ということだ!)


 そう、カイの剣撃は正確にブラスト・デーモンを捉えているが直撃しても傷一つ付かない状態。一方でブラスト・デーモンの攻撃や魔法をカイは見事に回避している。こちらも避けているためカイは無傷。しかし、両者には決定的な違いがある。前者は攻撃を直撃させても損傷ダメージを受けない。後者は攻撃を避けられ損傷ダメージを受けない。一見すると互角に見えるが、戦闘が長引き体力の低下したカイが攻撃を受ける。または避け損ねてしまい攻撃が直撃するだけで、カイの敗北は決定的となる。だが、ブラスト・デーモンには攻撃自体が効いていない。有利なのは間違いなくブラスト・デーモンだ。その事実をカイも理解している。


(これじゃあ無駄に体力を消費するだけか……。よし! 脚の痛みも消えた。そろそろ本気を出してみるか!)


 現状で有利なのはブラスト・デーモン。しかし、カイはまだ全力を出していない。ブラスト・デーモンの攻撃からプリムを守るためにカイは高速移動を使用した。その際にプリムを抱えていたことで両脚に通常以上の負荷をかけてしまう。だが、両脚に残っていた反動は消失したことを理解したカイは本気でブラスト・デーモンへ攻撃を仕掛けようとする。教わったように指先で大地を掴み、足を前へ踏み出すとカイの姿は掻き消える。


「何! 消えた!?」

「ここだよ!」


 ブラスト・デーモンが驚愕した次の瞬間、すでにカイは相手の眼前へ移動していた。不意をついたことで無防備なブラスト・デーモンへ剣撃を加えていく。カイの猛攻にブラスト・デーモンは焦った様子で両腕を上げ剣撃を防ぐ。


(くっ! ……いや、何を焦る必要がある? 確かに凄まじい速度だが奴の攻撃は我には効かんのだ!)


 予想外の速度に焦りを覚えるブラスト・デーモンだが攻撃を防ぎながら再度勝利を確信する。対するカイは攻撃を防がれても構わずにブラスト・デーモンへ剣撃を繰り返す。


「馬鹿が! 貴様の攻撃では我に傷一つ――」


 ブラスト・デーモンが嘲るような口調で勝利宣言をしていると紫色の血液が大地へ落ちる。


「――なっ!? ば、馬鹿な! このー!」


 驚きと同時にブラスト・デーモンはカイへ向かって魔法を放つが即座に反応して魔法を避ける。ブラスト・デーモンの腕には、カイの攻撃による小さな傷が間違いなくできている。傷から流れる血液をブラスト・デーモンは信じられないという表情で、逆にカイはしてやったりの表情で見ていた。また、遥か上空でカイとブラスト・デーモンの戦闘を観戦しているレイブンは感嘆の声を漏らす。


 ◇


「へぇー。やるわね。あの子供……。まさか純粋な剣撃だけでブラスト・デーモンに傷をつけるなんてね。あの剣には魔力が込められているの? ……いや、ただの金属の塊だわ。ますます興味深い……、見かけによらず凄腕の剣士だわ。それとも見た目とは違って長く生きている? 魔法で年齢を誤魔化しているとか? ……それも違うわね。見た目通りの年齢だわ」


 仮面の下でレイブンは眉間に眉を寄せて考え込むがすぐに笑みを浮かべる。


「フフ。惜しいわね。やっぱり、あなたはブラスト・デーモンに勝てないわ」


 レイブンはカイの実力を評価するがブラスト・デーモンの勝利を疑わない。


 ◇


「はっ! とっ!」

「おのれ! ちょろちょろと『爆裂火炎メガフレイム』!」


 カイは攻撃を繰り返しながら相手の魔法を確実に避ける。戦いの主導権は完全にカイが掌握していた。しかし、不可解な点にカイの表情は曇っていく。対峙しているブラスト・デーモンには余裕がある。攻撃され続けているブラスト・デーモンは多数の傷を負っている。致命傷でなくとも確実に損傷ダメージを与えている。そのため、ブラスト・デーモンの余裕がカイには理解ができない。


(何だ? 何で焦らない? 悪魔だから……、あんまり焦るとかの感情がないのか? ……いや、さっきから俺の攻撃にイライラしてる。最初に傷をつけた時は驚いていた。でも、今は余裕そのもの……)


 カイは怪訝な表情を浮かべブラスト・デーモンへ視線を向ける。すると、カイの様子に気がついたブラスト・デーモンが問いかける。


「うん? どうした? 何を躊躇する?」


 ブラスト・デーモンの問いにカイは答えるか迷うが質問をすることにした。


「お前……、まだ力を隠しているのか?」


 そう、カイはブラスト・デーモンが余裕を持っているのは実力を出し切っていないためと判断した。だが、実のところブラスト・デーモンは全力を出していた。使用していない魔法はまだいくつかあるが爆裂火炎メガフレイム以上の攻撃魔法は使用できない。つまり、単純な強さにおいてカイはブラスト・デーモンを上回っている。


「いや、我は全力を出しているよ。大したものだ人間よ。ただの剣で我に傷をつける。その剣の腕は驚嘆に値する。……だが、この戦い貴様はどうやっても我には勝てんのだよ」

「……なぜ? 確かに大した傷を与えてないけど、確実に損傷ダメージは蓄積されてるだろう?」

損傷ダメージ? く、くくく。それは……、この傷か? それとも、この傷かな?」

「なっ!?」


 ブラスト・デーモンが見せつけた傷を見たカイは驚愕する。斬りつけたはずの傷はすでに塞がっていたからだ。しかも見せつけてきた傷以外の全ての傷が治りかけている。


「……な、何で?」

「くくく。残念だったな。我には自己治癒能力があるのだよ」

「じこちゆ……?」

「知らぬか? 簡単に言えば小さな傷は自動的に治ってしまうということだ。つまり剣で我を倒したければ、腕を切断するぐらいのことをせねば損傷ダメージにはならん!」


 まさかの事実を告げられ衝撃を受けるカイ。対照的にブラスト・デーモンは笑みを浮かべる。


(つまり今の攻撃じゃあ一時的に傷は負うけど、損傷ダメージにならない……。奴を倒すことはできない……)


 ◇


「そういうこと。実力はあなたの方がブラスト・デーモンを圧倒しているけど、あなたには倒す手段がない。かわいそうだけど勝負ありね」


ブラスト・デーモン:体長二メートル、山羊骨のような頭部、身体は漆黒で赤い眼をした上級悪魔。爆裂火炎メガフレイムを筆頭に多くの魔法を操る。しかし、最も特徴的な能力は耐久力。悪魔ゆえ大抵の物理攻撃を無効化する。更に自己治癒能力を持つことから、多少の傷ではすぐに回復してしまうため損傷ダメージにならない。魔法に対する耐性も高いことから攻撃役よりも防御役として召喚する者もいる。


 ◇


「ここまでだな。では、さらばだ」


 現実を突きつけたブラスト・デーモンは勝利を確信して別れの言葉を送り、カイへ魔法を放とうとする。しかし、カイは魔法が放たれる前にブラスト・デーモンを高速移動から斬りつける。まだ諦めていないカイにブラスト・デーモンは一瞬だけ驚くが冷静に対処するように両腕で防御する。


「悪足掻きを……。言ったはずだ! 貴様の攻撃では我は倒せ――。なっ!?」


 カイの行動を無意味なものと決めつけていたブラスト・デーモンだが予想だにしない事態に驚愕する。カイは高速移動でブラスト・デーモンの背後へ回り込むと膝裏やアキレス腱など比較的に防御が低い関節部分を狙い斬り裂いた。下肢の関節部分を斬り裂かれたブラスト・デーモンはバランスを崩して膝を着く。斬り裂かれた関節も自己治癒が始まるが、一瞬で完全回復することはできない。ブラスト・デーモンは膝を着き頭部が垂れ下がる。それこそがカイの狙い。カイは無防備なブラスト・デーモンの首を狙い渾身の力を込めて斬りつける。ブラスト・デーモンの首が斬り落とされる――


 ――カイの剣がもう少し鋭ければ……、カイの力がもっと強ければ……、ブラスト・デーモンの首は胴体と別れを告げていただろう……。しかし、実際はカイの剣がブラスト・デーモンの首へ多少めり込んで停止している。


「くそ! 駄目か!」

「……くっ! おのれ! 人間がー!」


 怒りに燃えるブラスト・デーモンからの反撃が来る前にカイは諦めて剣を引き戻すと相手から大きく距離をとる。カイが斬りつけた一撃でブラスト・デーモンの首からは紫色の血が流れ出ている。しかし、首からの出血もすぐに止まり傷もすぐに癒えてしまう。


(くそ……。あの傷でも回復するのか……。どうする? やっぱり剣で倒すのは無理だ。それに、もう……)


 カイは自分の剣を窺う。見るとカイの剣はところどころ刃が欠けている。ブラスト・デーモンの身体が硬すぎて、逆に攻撃している剣の方が損傷ダメージを負っていた。


(すぐに折れることはないと思うけど……。時間の問題だ。これ以上、無理な使い方をすれば剣が折れる……)


 打開策を模索するカイ。一方でブラスト・デーモンは斬りつけられた首を手で押さえ擦る。苦痛はなく損傷ダメージも回復している。しかし、カイの剣が首を斬ることのできる名剣であれば敗れていたという事実に怒りが込み上がる。


(くっ……、人間風情が!)


 怒りで我を失いかけていた時、ブラスト・デーモンの頭に声が響く。


 ≪落ち着きなさい。この馬鹿!≫


 ≪――ッ! れ、レイブン様?≫


 ≪そうよ。さっきからお前は何をしているの? 落ち着いて戦えば、さっきのような攻撃は受けなかった。お前は相手を軽んじている!≫


 ≪も、申し訳ありません。しかし、これは通信テレパスですか?≫


 ≪違うわよ。お前は私の血液を媒介に召喚した悪魔。私とお前は精神が同調リンクしている。だから、お前は私が命令をしなくても私が何を望んでいるのかわかるのよ。この声は精神の同調リンクを一時的に強めて送っている≫


 ≪理解しました。……そして先程から人間相手にお見苦しい姿をお見せして大変申し訳ありません≫


 ≪全く――と言いたいけど。そうでもないわ。お前の相手はかなり手練れの剣士。お前も理解しているとは思うけど、単純な実力なら相手の方が格上よ≫


 ≪……はい≫


 ≪ただし、相手にはお前を倒す手段がない。お前が負ける可能性があるとすれば、愚かな行動で自滅することくらい。だから、落ち着いて戦いなさい。そうすれば負けることはない。わかった?≫


 ≪はっ! お任せ下さい!≫


 ◇


「ふん。全く。馬鹿なんだから。……でも、仕方がないわね。本来なら勝てるはずのない相手と戦っている。相手の方が技術、速さが勝っている。もう少し、てこずるかな? ……まぁ、それでもあの子供に勝つ方法はないけどね」


 仮面の下でレイブンは冷たい微笑みを浮かべ眼下の戦いを見守る。


 ◇


爆裂火炎メガフレイム


雷槍サンダーランス


アイシクル弾丸ブリッド


雷槍サンダーランス:雷を槍状にして放つ攻撃魔法。威力あるが直線上にしか飛ばない。


アイシクル弾丸ブリッド:氷のつぶてを弾丸のように放つ攻撃魔法。威力は弱いが氷の弾を連射するため避けるのが困難。


 カイはブラスト・デーモンが放つ魔法を避け続ける。まだカイにも余裕はあるが、それは体力的な余裕で精神的には全く余裕はない。相手の攻撃を避けることも、相手に攻撃を当てることもできる。しかし、相手に損傷ダメージを与えることができない事実がカイを徐々に追い詰めていた。


(どうする? このまま時間を稼ぎながら戦って師匠達が助けに来てくれるのを待つか? でも――)


 カイは助けを待つことを考えながら後方にある炎の壁へ視線をやる。


(――あの炎の壁を越えられるのか? いや、きっと師匠なら越えられると思うけど……。すぐには難しい気がする。……やっぱり、こいつを何とかして倒すしかない。あと、俺がこいつにできることは……。……。でも、をやったら動けなくなる可能性も……。いや、やるしかない!)


 カイは最後の勝負を仕掛けることを決心する。


 決意を固めたカイの顔つきが変化したことにブラスト・デーモンも気がつく。しかし、『何もできない』と結論付ける。ブラスト・デーモンはカイに自分を傷つけることは不可能だと確信している。そのため、主であるレイブンの指示に従い冷静に戦うことを心がける。


 戦闘が続く中でカイは攻撃と移動を繰り返しブラスト・デーモンを誘導する。ブラスト・デーモンはカイの行動の意味を理解できないが、相手を追い詰めるため攻撃を絶やさず徐々に間合いを詰める。度重なる攻防を経てブラスト・デーモンはカイの誘導に乗せられる。ブラスト・デーモンが所定の位置へ到着した瞬間にカイは高速移動から相手のアキレス腱、膝裏など下肢の関節部分を執拗に斬り刻む。先程の再現でも見ているかのようにブラスト・デーモンは膝を着く。だが、ブラスト・デーモンは焦ることなく首を両腕で防御する。


「馬鹿が! 同じ手が通じるとでも思ったか!?」


 勝ち誇ったようにブラスト・デーモンは吠えたが、カイの狙いは首を斬ることではない。ブラスト・デーモンから大きく距離を取りながらカイはマナに語りかける。


『大気に漂うマナに願う。我が声に耳を傾けたまえ、願わくば我が力の糧とならんことを』


 呼びかけに応えたマナがカイの肉体へ吸収される。吸収されたマナはカイの魔力へ姿を変える。その光景を上空から見ていたレイブンは驚愕する。


 ◇


「嘘でしょう!? まさか! マナの吸収!」


 カイがマナを体内に取り込み自身の魔力へと変換する姿を見たレイブンは予想外の出来事に仮面の下で目を大きく見開き大声を上げた。


「まずい!」


 ≪ブラスト・デーモン! そこから離れなさい!≫


 ◇


 上空でレイブンが急いでブラスト・デーモンへ指示を出すがすでに遅い。レイブンが指示を出すのとほぼ同時にカイは魔法を解き放つ。


火炎竜巻フレイムサイクロン!』


 カイが魔法を放つとブラスト・デーモンを中心に炎の渦が発生する。炎は勢いを増し竜巻となりブラスト・デーモンのいる空間を焼き尽くす。


「がぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!」


 燃え盛る炎の中からブラスト・デーモンの絶叫が響くとカイは勝利を確信する。


「はぁ、やった。……あれ? でも、火炎竜巻フレイムサイクロンを使ったのに、いつもの疲労感も倦怠感もない。というか、まだ余裕がある。何で……?」


 カイは気がついていないがライネス山の修行を経てカイは身体能力だけでなく、魔力の器も以前とは比べ物にならないほど鍛えられていた。そのため、カイは通常通りにマナを吸収して魔力へ変換したつもりだが、結果として通常の五倍以上の魔力を保有することに成功していた。


「知らないうちに魔力が上がったのかな……?」


 思いがけない状況にと戸惑っているカイの元に駆け寄ってくる人物がいるプリムだ。


「カイ様ー! 凄いですー! ブラスト・デーモンを倒すなんて!」

「ははは。ぎりぎりだったけどね。剣が効かなかったから、もうこれしか手はなかった……」

「凄いですー!」

「ありがとう。プリム」


 カイとプリムは勝利の余韻に浸り喜びを確かめ合っていた。


 ◇


「信じられない……。まさか……、あんな子供がマナを吸収するなんて……。しかも、あれはマナに語りかけての吸収……。つまり、マナ自身が協力をしているということ。あり得ない……。そんなこと……、人間がマナに好かれるなんて……」


 普段冷静なレイブンだが、衝撃のあまり驚きを隠せずに動揺が続く。しかし、心を落ち着け現状を分析する。


「……ふぅー。信じられないけど、あの子供はマナを吸収できる。しかも、マナの協力を得て……。全く、悪い冗談よ。人間がマナから協力を得るなんて……。まぁ、いいわ。――で? どうするのかしらね? まだ、何も終わっていないのに」


 レイブンは冷たい視線で遥か下の地上にいるカイ、プリム、最後に――


 を眺める。


 ◇


 炎の渦から野太い腕だけが抜け出す。


 カイは炎の渦を背にしているため全く気がついていない。だが、プリムからは見えていたブラスト・デーモンの腕が……。


 しかし、突然のことに困惑したプリムはカイへ声をかけることができずにいる。


 そこへ……『爆裂火炎メガフレイム


 炎の塊がカイにぶつかる――その直前、プリムが両手を広げながらカイを庇うように前へ出て魔法を唱える。


ウィンドウ障壁バリア!』


ウィンドウ障壁バリア:風を周囲に纏い盾とする魔法。火炎フレイムなどの初級攻撃魔法なら完璧に防ぐが、それ以上の攻撃や魔法を受ければすぐに壊れる。


 プリムが魔法で防御するが『爆裂火炎メガフレイム』の炎が直撃するとすぐに『ウィンドウ障壁バリア』は消滅してしまう。障壁が消滅すると同時にプリムは炎に包まれる。その瞬間にカイがプリムの腕を掴むと身体を思い切り引きよせ『防御くんⅡ』を発動させる。


「くっ!」


 なんとか障壁バリアが間に合いカイは無傷だったが、プリムは『爆裂火炎メガフレイム』の炎を少し浴びてしまう。そのため身体のところどころを火傷してしまう。致命傷ではないが放置するのは危険な状態だ。カイは精霊から教わった『自然回復ヒーリング』をプリムへ唱える。その最中に炎の渦から出てくる黒い大きな影があった。大きな影は身体の一部を焼け焦げさせていたが、堂々とした足取りで歩んでいる。プリムに火傷を負わせた大きな影の正体である――ブラスト・デーモンだ。


「ちっ! 鳥人間ハーピーが余計なことを……。そいつの邪魔がなければ貴様が死んでいたものを」


 ブラスト・デーモンの言葉にカイは感情を昂ぶらせて睨みつける。しかし、睨まれたブラスト・デーモンは、カイからの非難めいた視線に物怖じせず余裕で言い放つ。


「何だ? その目は? まさか、卑怯とでも言いたいのか? 言っておくが、その鳥人間ハーピーが傷を負ったのは我のせいではなく。貴様のせいだ!」

「――ッ!」


 カイは否定しようとするが否定できない。なぜなら、プリムはカイを庇って怪我を負ったのだから……。打ちひしがれるカイを見降ろしながらブラスト・デーモンは話を続ける。


「理解しているようだな。そうだ! 貴様が勝手に我を倒したと油断して警戒を解いたから、その鳥人間ハーピーはそのような姿になったのだ。つまり全ては貴様のミスが招いた結果だ!」


 何も言い返すことができずカイは表情を歪ませる。


(……そうだ。あいつの言うとおりだ……。俺が油断しなければ……プリムは……こんな怪我をせずに……)


「ふん。まぁ、それでも貴様はよく戦った。褒めてやる。……終わりだな。そのまま動くなよ? せめて苦痛なき死をくれてやる」


 ブラスト・デーモンが右手をカイへ向けて魔法を放とうとする。危険が迫っていることをカイは理解していたが、何もせずにその場に項垂れている。凶弾がカイを襲おうとしていた……。


 しかし、カイとブラスト・デーモンの間に両手を広げて庇う者がいた。


 プリムだ。


「ぷ、プリム!? 動くな! まだ完全には回復してない!」

「大丈夫です……。それよりも、カイ様……。逃げて下さい……」

「な、何を言って……?」

「ごめんなさい……。カイ様。私……、わかっていました。私が……カイ様の足を引っ張っていること」

「そんなこと――」

「いいえ! そうなんです。だって、カイ様だけならこいつに勝てなくても……逃げることができました。でも、私がいるからカイ様は戦うしかなかったんですよね……?」


 プリムの分析は正しい。カイはブラスト・デーモンに対して有効な攻撃がなかった。その時点でカイは撤退も考えるが……、それはできなかった。一人で逃げることは可能かもしれないが、プリムを連れて逃げるのは不可能だと理解していたからだ。


「だから、……ここは私に任せて下さい。カイ様が逃げるくらいの時間は稼いでみせます!」


 プリムの決意を聞いていたブラスト・デーモンは鼻で笑い嘲る。


「はっ! 馬鹿が! 貴様のような鳥人間ハーピーに何ができる? 例え命を捨てようとも、我にかすり傷一つ付けることはできんぞ! それを何というか教えてやろうか? 無駄死にというのだ! この愚か者が!」


「……それでも、……いい! 私がカイ様を守るんだ!」

 

 死をも覚悟するプリムの真っすぐな言葉でカイは今までのことを思い出す。


 今まで守ることができなかった人のことを……。


 友達だった……。ロイ。


 大切だった……。両親。


 大好きだった……。アイ。


 みんな守ることができなかった。


 なぜ、守れなかった? 


 力がなかったから? 


 その場にいなかったから? 


 ――全て当てはまる。じゃあ、今は……?

 

 プリム……。


 プリムを守ることができない? 


 なぜ? 


 剣が効かないから? 


 魔法が効かないから?


 でも、今までとは違う……。今、この場にカイはいる。守りたい人もすぐそこにいる。


 今までの……自分の想いを思い出したカイは立ち上がるとプリムの前に立つ。


「うん? 何だ? 貴様は、……まだ悪あがきをするのか?」

「か、カイ様……?」

「……ありがとう。プリム。君のおかげで思い出した……」

「えっ?」


 カイの言葉を聞いてもプリムには理解できない。


 守るべき者であるプリムにカイは笑顔を向ける。


「大丈夫! こいつを倒して! 絶対に君を守る!」


 ◇


「折れた心を持ち直したか……。でも、何も変わらない。あなたはブラスト・デーモンに勝つことはできない!」


 レイブンは戦況を冷静に分析して結果を確認した。


 戦いは最終局面へ向かっていく。

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