第三十七話 大魔王 その三
「いいだろう……。ボクの本当の力をみせてあげよう! 目覚めよ! 奈落の王・
ケロンデウスの体が急激に大きくなる。
背丈は2メートルを超え、全身が筋肉に覆われる。
その体はオリバよりも
二本の角が頭に生え、口から牙が飛び出る。
漆黒の
「これがボクの本当の力さ。捕食した相手の力を自分のものにできる。筋肉魔人王もこの力を利用して作り上げたのさ。ボクの体内にあの三人を取り込んで融合させ、吐き出したんだよ。ボクの秘密を知ったからには、キミたちは生かしておけないよ」
ケロンデウスはオリバを睨み、そのあとルナとエレナにも目を向ける。
「嘘よっ! 奈落の王・閻魔を倒せるわけないじゃないっ!! 魔王ベルゼブブだって閻魔には手を出せなかったわっ!」
ルナはケロンデウスを睨み返す。
「キミがそう思うのも無理はないねぇ。閻魔は本当に強かったからね。まあ、この魔法を見ればキミも納得するだろう。ボクはもともと水魔法属性なのさ。なのに闇属性魔法が使えるのは閻魔の力のお陰なのさ。これがあいつの魔法だよ。闇魔法! 閻魔の裁き!!」
漆黒の魔法陣がケロンデウスの前に現れる。
そこから漆黒の液体がレーザーのようにルナに向かって放たれる。
「防御魔法!
エレナが唱えると、ルナの前に巨大な氷の塊が現れる。
漆黒の魔法が氷の塊に触れた瞬間、氷の塊は音も立てずに消えてなくなった。
「くっ……防御魔法! 大樹の防御壁!!」
ルナが床に手をつけながら魔法を唱える。
巨大な樹が床から飛び出し、ルナを守る。
しかし、漆黒の魔法が触れると巨大な樹は音も立てずに消失した。
漆黒の魔法は減速せず、ルナめがけてただ一直線に突き進む。
ルナの視界一杯に漆黒の魔法が広がる。
ルナは目をつぶった――
耳をつんざくような爆音が響く。
ルナが目を開けると、そこにはオリバが立っていた。
両腕を顔の前で交差し防御態勢をとっている。
「ふむ……。その神器は厄介だね。ボクが放つ魔法ならなんだって打ち消してしまう」
ケロンデウスは感心したように神器をまじまじと眺める。
「こやつの言っていることは本当じゃ! 奈落の王・閻魔は特殊な攻撃魔法を使える。そう書物で読んだことがある。触れるだけで他の魔法を打ち消せるというものじゃ!」
エレナが厳しい表情を見せる。
エレナには大魔王に勝つ方法が思い浮かばない。
「でもね、閻魔が『奈落の王』と
ケロンデウスは右手を高々と上げ、拳を握りしめる。
そのまま腕を勢いよくおろし、拳で床を叩いた。
「それじゃ、反撃開始とさせてもらうよ」
ケロンデウスは不敵にほほ笑み、オリバに殴りかかる。
「防御スキル! トウモロコシ・アブズ!!」
オリバは腹筋に力を入れ、筋肉を固くする。
その硬さは世界最高の硬度を誇るオリハルコンをも
しかも、神器トレーニングベルトを腹に巻いて防御力が飛躍的に上がっている。
オリバはケロンデウスの拳を腹筋で受ける。
「ぐはぁ……」
ケロンデウスの拳がオリバの腹筋にめり込んだ。
オリバは口から血を吐き倒れこむ。
息が吸えない――
声も出せず、床に這いつくばることしかできない。
「これが閻魔の怪力さ。いくらキミの筋肉が凄かろうと閻魔の筋肉には勝てないってことさ」
床に這いつくばっているオリバをケロンデウスは楽しそうに眺めている。
「俺はまだやれるっ!! 筋肉は決して裏切らないっ!」
オリバはふらつきながらも立ち上がる。
両方の拳を顔の前に待ってきて、ファイティングポーズをとる。
「いいだろう。力の差を教えてあげよう」
ケロンデウスもファイティングポーズをとる。
オリバが前に進み出る。
ケロンデウスはオリバの頭めがけてパンチを繰り出す。
紙一重でオリバはそのパンチをかわす。
ケロンデウスにわずかな隙が生まれる。
オリバは右拳をケロンデウスの顔にぶち込んだ。
倒れない――
オリバの渾身の一撃を頭に受けてもケロンデウスは倒れない。
殴られた状態のままオリバを睨みつけている。
ケロンデウスの右拳がオリバの腹をとらえる。
オリバは後ろに吹き飛び、壁に激突した。
「オリバ! しっかりして!!」
ルナが駆け寄り回復魔法を唱える。
ルナは息を切らし、手が震えている。
魔法を使いすぎて魔力がほとんど残っていない。
「わらわが時間を稼ぐ! わらわも魔力はもう残っておらぬ。これが最後の魔法じゃ。攻撃魔法! 氷の槍!!」
エレナは右手を上げる。
右手の周りに大量の冷気が集まってくる。
冷気の中から氷でできた長い槍が現れた。
エレナは氷の槍を投げ放つ。
氷の槍は回転しながら猛スピードでケロンデウスに向かって一直線に飛んでゆく。
ケロンデウスは両腕をだらんと下げたまま無防備に突っ立っている。
氷の槍はケロンデウスの左胸に命中する。
氷の槍が粉々に砕け散る乾いた音が城中に響き渡る。
ケロンデウスの胸にかすり傷ひとつついていない。
「ありえぬ……。氷魔法最高の攻撃力を誇る『氷の槍』じゃぞっ! まともにくらって無傷でいられるわけなかろうっ!!」
エレナは両手を床につきながら叫んだ。
立っていられないほど消耗している。
「オリバの治療は終わったわ。もう……私には魔力が残っていない……」
ルナは息を切らせながら呟く。
「おやおや、もう魔力切れかい? まあ、キミたちみたいな魔力の貯蓄量がすくない種族がS級魔法を連発すれば当然だね。最初に回復薬を壊しておいて正解だったよ」
ケロンデウスはニヤッと笑う。
オリバは立ち上がり、ケロンデウスに向かって歩いてゆく。
「オリバ君、まだやるのかい? もう魔法で助けてもらえないよ? キミの後ろにいるふたりは魔力切れだ。魔法が使えない魔法使いなんて、ただの足手まといさ」
ケロンデウスは呆れたように肩をすくめる。
ケロンデウスは強い。
パワーでは勝てない。
しかし、スピードなら俺のほうが勝っている。
オリバはそう分析し、戦い方を変える。
オリバはボクサーのように前後左右にステップを踏み始めた。
ケロンデウスの前で自由自在に舞い踊る。
ケロンデウスはパンチを繰り出すがオリバは軽やかにパンチをかわす。
ケロンデウスの攻撃が当たらない。
一撃あたれば致命傷を受けるそのパンチも当たらなければ恐れるに足りない。
焦りとイラつきでケロンデウスの攻撃がどんどん雑になってくる。
ケロンデウスの大振りなパンチをオリバはしゃがみ込んでかわす。
隙が生まれた。
オリバはケロンデウスの首にパンチを当て、すぐに後ろに飛び跳ね、再びケロンデウスの攻撃を回避することに神経を集中させる。
この攻防を繰り返す。
ケロンデウスに傷が少しずつ増えてゆく。
オリバの攻撃はケロンデウスの治癒スピードに
ふいにケロンデウスが両手を前に突き出し、手のひらを開いた。
「お前の魔法は効かないぞ」
オリバは動じない。
「これは魔法じゃない。閻魔のスキルさ。閻魔はただの怪力バカじゃない。武術に優れていたのさ。これが閻魔のスキル『鬼殺し』だ!」
ケロンデウスは体の前で円を描くように腕をゆっくり動かす。
右手が円を描き、その次に左手が円を描く。
それを交互に繰り返す。
オリバに少しずつ近づいてくる。
隙がないっ!
こっちから攻撃したら殺られる――
オリバの本能がそう言っている。
ケロンデウスはじりじりと距離を詰めてくる。
オリバは足元に転がっている岩の破片を蹴飛ばす。
ケロンデウスの顔に向かって岩は一直線に飛んで行く。
岩はケロンデウスの前で突然消えた。
音も立てずに細かい粉となって床に落ちてゆく。
「無駄だよ。そんな小細工は通じないよ。このスキルに弱点なんてない」
ケロンデウスは前進してくる。
あと少しでケロンデウスの
そうなればオリバに勝ち目はない。
オリバは必死に打つ手を考える。
これしかない……。
一か八か、やるしかない。
オリバは覚悟を決める。
ケロンデウスが一歩踏み出した瞬間――
オリバはケロンデウスに背を向け、後ろに向かって宙返りする。
後ろに飛び跳ねている最中でも神器のスニーカーの力で空気中を走り回る。
オリバはケロンデウスを飛び越し、ケロンデウスの背後に着地する。
ケロンデウスはまだこっちを振り向けていない。
チャンスだ――
オリバはケロンデウスの後頭部めがけてパンチする。
ケロンデウスは後ろを向いたまま、背泳ぎをするかのように右腕を後ろに回し、オリバのパンチを撃ち落とした。
オリバはバランスを崩し前のめりの態勢になる。
ケロンデウスは振り向きざまに己の全体重を左肘にのせ、オリバの腹に肘打ちを食らわせた。
オリバは後ろに吹き飛び、壁に激突し、そのまま前のめりに床に倒れた。
「オリバ、大丈夫かっ! こんなに傷つきおって……。わらわに魔力が残っておれば……」
近くにいたエレナがオリバの頬に手をやり悔しそうに呟いた。
オリバはエレナの呼びかけに答えない。
口から血を流して目を閉じている。
「だから言ったのに。このスキルに弱点なんてないってね。オリバ君だけじゃなくて、キミたちふたりも生きて返さないよ。楽しかったけど、ボクの秘密を知っちゃったからね」
ケロンデウスはオリバたちに向かって近づいてくる。
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