第二十六話 筋肉と知性


「みんな正気に戻りなさい! あいつなんて、ただの筋肉バカよ! 頭蓋骨の中にも筋肉しか入ってないわ!!」


 ルナが特別席から立ちあがった。

 オリバの活躍を目の当たりにしてご機嫌斜めだ。


「どうせあんたなんて、四六時中、筋トレのことしか考えてないんでしょう!? そんな男はミスターコンテストに相応ふさわしくないわ!!」


 ルナは腕を組み、顎を上げてオリバを見下す。


「ではどのような男が相応しいんですか?」


 オリバは聞き返す。


「カッコよさだけでなく、知性も兼ね備えた者よ! 今からあんたにいくつか質問するわ! 答えてみなさい! ルーカス、こいつに何か問題を出してちょうだい!」


 学者だと自己アピールしていたコンテスト出場者にルナが命令する。


「わ、わかりました……。ではオリバさんの得意そうな、筋肉関係の問題です」


 ルーカスは突然話を振られて驚くも、すぐに落ち着きを取り戻す。

 眼鏡に手をやってオリバに問題を出す。


「筋力トレーニングを行うと筋肉が破壊されます。その後、壊れた筋肉が修復され、より強い筋肉が出来上がります。このプロセスは何と呼ばれているでしょう?」


「超回復!!」


 オリバは即答する。


「くっ……正解です」


 ルーカスは悔しそうに呟く。


「キャー! オリバ様、素敵です!!」


 客席からは黄色い声援が飛んでくる。


「……次の問題です。筋原線維きんげんせんいは二種類のフィラメントが交互に配列することでできています。その二種類のフィラメントとはなんでしょう?」


 ルーカスは落ち着きを取り戻し、二問目を出題する。


「アクチンフィラメントとミオシンフィラメント!!」


 これまたオリバは即答する。


「ぐはぁ! せ、正解です……」


 ショックのあまりルーカスのメガネにヒビが入る。


「何やってるのよ! ルーカス!! あんたはこの村一番の学者でしょ! もっと難しい問題だしなさいよ!!」


 ルナはすごい剣幕で怒鳴る。


「すみません! で、では出題分野を変えます。数学の問題です。四十人のクラスで同じ誕生日の人がいる確率は次の四択のうちどれでしょう? 約10パーセント、約30パーセント、約60パーセント、約90パーセント」


 ルーカスは筋肉関連の問題を避け、数学を選んだ。

 オリバが筋肉の知識は豊富だとしても、他の分野は詳しくないと予想したからだ。


 オリバは何やら数式を書いて計算している。


 客席内でも観客同士が答えを相談しあっている。


「クラスは四十人で一年は365日なんだから、40÷365で大体10パーセントくらいでしょ。正解は10パーセントよ!」


 ミーシャが隣の席の友達に自信満々に教える。


「答えがでました。正解は約90パーセントです! 全体の確率100パーセントから全員の誕生日がバラバラになる確率を引いてあげればいいのです!」


 オリバは計算を終えしっかりとした口調で答えた。


「ぐはぁぁあ!! せ……正解です……」


 ショックのあまりルーカスのメガネが割れた。


「な、何故だ……。キミは学者ではないだろう。なぜ数学の問題まで答えられるんだ……」


 息もえにルーカスが訪ねる。


「この筋肉がその答えです!」


 オリバは右腕を曲げて力こぶを作る。


「キャー! オリバ様の筋肉ステキ!!」


「キレてるキレてる!」


「デカいっ!」


「仕上がってるよ!」


 客席から次々と歓声が沸き起こる。


「筋肉が答えとはどういうことだい? ボクには分からないよ」


 ルーカスは首を横に振る。


「いいですか、ルーカスさん。筋肉を大きくするために必要なこと。それは強い意志、トレーニング、食事、休息、そして正しい筋トレ知識です」


 オリバはゆっくりと語りだす。


「筋トレについて正しい知識がないと、筋肉は大きくなりません。最適なトレーニングは人それぞれ異なります。大きな筋肉を持つ人は何も考えずにただ筋トレしているわけではないのです。筋トレについて常に学び、実践し、その結果を分析して、自分に適したトレーニングを探求し続けています」


「た、確かに……」


 ルーカスは深く頷く。


「つまり……向上心があり、学ぶことが好きで、結果を分析でき、次に繋がるように工夫できるものにしか、筋肉の神様は微笑まないのです!!」


 オリバは力強くそう言い放つ。


「……なるほど。筋肉があるから知性があるわけじゃない。知性があるものにしか筋肉は宿らないということかい。フッ……ボクの完敗だよ」


 ルーカスは割れたメガネを外し、ポケットにしまった。

 負けてもなお清々しい顔をしている。


 観客のひとりが立ち上がり、拍手をし始めた。


 それを見ていた観客も立ち上がり拍手をする。


 ひとり、またひとりと立ち上がる。


 すべての観客が立ち上がった。

 会場内に拍手が鳴り響く。


 ルナは顔を落としている。

 その体は怒りで震える。


「何よ! 脳みそまで筋肉でできているくせに!!」


 ルナが涙目で叫ぶ。


「ルナ様、落ち着いてください。俺はクイズに正解しました。それにもし、筋肉が脳みその代わりになるのなら、全身の筋肉量が多い俺は大天才ということになります」


 オリバはルナに静かに語りかける。


「た、たしかにそうね! オリバ様は天才だわ!」


 ミーシャが手を叩いて喜ぶ。


 会場内の拍手はさらに大きいものとなる。


「認めない! 私はあんたなんて絶対に認めないんだから!!」


 ルナは涙を流しながら大声で叫んだ。


 会場内が水を打ったように静まりかえった。



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