第二十四話 筋肉の輝き


 オリバはコンテスト開始十分前に出場者控室に到着した。

 控室のドアを開ける。


 控室にいる出場者のエルフたちが一斉にオリバに視線を向けた。


 三十人ほどはいるだろう。

 オリバの姿をみた瞬間に不穏な空気が部屋中に流れる。


 オリバから顔を背ける者もいれば、睨みつけてくる者、舌打ちする者もいる。

 オリバを見てみんな険しい顔をしているが、それでもみんな驚くほどのイケメンだ。


 緑がかった金髪にシミひとつない真っ白で滑らかな肌。

 手足が長く、細くしなやかな体だ。


「そこの人間さん。控室を間違えていますよ。ここはミスターコンテストの出場者控室です。つまりカッコよさを競う大会です」


 オリバと同い年くらいのエルフが話しかけてきた。


 たれ目で甘い顔をしている美少年だ。

 瞳は茶色い。

 その瞳に敵意はなく、オリバのことをそこまで悪く思っていないようだ。


「いや、ここであってる。俺はミスターコンテストに出場する。このコンテストで優勝しなければいけないんだ」


 オリバはたれ目のエルフに答える。


 …………。


「どわぁはっはははっ!!」


 室内が爆笑の渦に包まれる。

 お腹を抱えて笑っているエルフもいれば、壁を叩いているものや、水を口から噴き出しているものもいる。


「おい、人間! 馬鹿も休み休み言いな! お前みたいな不気味な生き物がミスターコンテストに出るなんざ、聞いたことがないぜ。とんだ恥知らずだな!」


 右目に傷跡のある強面なエルフが怒鳴る。

 数々の修羅場をくぐってきたオーラがにじみ出ている。


「そ、そ、そうですよ! ボクたちエルフにとってカッコいい男とは細くしなやかな体に緑がかった金髪です。人間さんのように筋骨隆々で黒髪はカッコいいの真逆ですよ! 悪いことは言いません。コンテストへの出場を控えてください。出場すればきっと嫌な思いをします……」


 タレ目のエルフは心配そうにオリバを見つめる。


「心配してくれてありがとう。でも俺はこのコンテストに出場する。それだけの理由が俺にはある!」


 オリバはハッキリと大きな声でそう言った。


 その声は強い意志を含んでいた。


「ふん! その気持ち悪い体を女性に見せつけて、彼女たちを不愉快にすればいいさ!」


 オリバをずっと睨んでいた青い瞳のエルフがそう吐き捨てた。


「みなさん、コンテストが始まりまーす。入場してくださーい」


 運営のエルフが控室に入ってきた。


 みんな一斉に会場に向かいだした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ミスターコンテストの会場は大きな劇場だった。


 オリバは今、ステージの上で他の出場者と一緒に横一列に並んでいる。

 オリバは右端で出場者番号は三十番だ。

 左端が一番だから三十人の出場者がいることになる。


 目の前には幕がひかれていて観客の姿は見えない。

 観客たちの話し声からたくさんの人がこのコンテストを見に来ているようだ。


「みなさん、お待たせしました! お祭りのメインイベント! ミスターコンテストを始めますっ!!」


 幕の向こう側で司会のエルフがマイク越しに話し始める。


 観客が一気に静かになる。


「ルールは簡単です! コンテストの最後に一番かっこいいと思った出場者に一票入れてください。各出場者には自分をアピールする時間がございます。それではコンテストをお楽しみ下さい!!」


 司会がそう言い終えると、ステージと観客を隔てていた幕が上がり始める。


 ステージに立っている出場者の足があらわになる。


 幕はゆっくりと上がり続け、出場者の膝の位置までくる。


 幕が上がるにつれて女性たちの黄色い声がどんどん大きくなる。


 幕が出場者の腹の位置まで上がると、観客がザワザワし始めた。


「あれ? なんか端の出場者って変じゃない?」


「うえ……なんかきもい……」


 そんな声が観客から聞こえてくる。


 幕が完全に上がりきった。


 オリバは観客席を眺める。


 ざっと二百人ほどだろう。

 ほとんどが女性だ。

 全員が目を丸くしてオリバを見つめている。

 特別席ではルナが脚を組み、頬杖をつきながらニヤニヤしている。


 …………。


 数秒間の静寂が訪れたあと、会場内は観客の大ブーイングでつつまれた。


「帰りなさい、恥知らず!」


「気持ち悪い体をみせないで!」


「ブサイクコンテストなら優勝ね!」


 罵声がオリバに浴びせられる。


 ルナは満足そうに何度も頷きながら罵声に耳を澄ましている。


 オリバは毅然と胸を張って立ち、顔を上げて真っ直ぐルナを見つめている。


 美しさの基準は人それぞれだ。

 他人が決めるものではない。


 オリバは筋肉質な体のほうがカッコいいと思っている。

 だから筋トレしている。


 自分の美意識に忠実であり、なりたい自分になろうと努力しているのだ。

 周りからブーイングを浴びせられようとも、自分の信じた道を進んでいるオリバにとって迷いや後悔など一切ないのだ。


「みなさん、落ち着いてください! このコンテストにはどなたでも出場できます」


 司会が観客をなだめる。


「さあ、それでは出場者一人ひとりのアピール時間とします! 出場者番号が一番のかた、お願いします!!」


 司会がマイクをステージの左端に立っているエルフに渡す。


「私はルーカス・サルゲ、職業は学者です。特技は三百種類以上の魔法を使えることです」


 眼鏡をかけた黒い瞳のエルフが自己アピールをする。


 一部の女性エルフが「キャーキャー!」と騒ぐ。

 この男のファンのようだ。


 ルーカスは自己アピールを終え、次の出場者にマイクが渡る。


 …………。


 どんどんオリバの番が近づいてくる。


 オリバは落ち着き自信に満ち溢れている。


 オリバの隣の出場者が自己アピールしている。

 次はオリバの番だ。


「最後の出場者のかた、自己アピールをお願いします」


 司会がマイクをオリバに渡す。


「筋肉魔人みたいな人間は帰りなさい!」


「あなたの自己アピールなんて聞きたくないわ!」


「時間の無駄よ! だれもあんたに投票しないわ!!」


 観客席から一斉にブーイングが飛んでくる。


 オリバは全く動じない。

 顔をしっかりと上げ、観客を見つめる。


 オリバはマイクを口元にもってきた。



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