第四話 英雄オーディン


 英雄オーディンの登場に闘技場は騒然とし始めた。


「ああ……救世主さま……」


 膝をつき両手を合わせ、英雄オーディンを拝み始める者も現れる。


「聖剣エクスカリバーはその所有者を選ぶ。選ばれた者は聖剣をたやすく抜ける。不快な音もしなければ魔石が砕けることもない」


 オーディンはこちらを睨んでいる。


「お主はたしかにエクスカリバーを抜いた。だがそれは何かの間違いで魔石が砕けたからだ。多くの冒険者が聖剣を抜こうとした結果、魔石にダメージが蓄積していたのだろう」


 オーディンはこちらに手を差しだした。


「お主が聖剣を持っていても無用の長物だ。もう一度、この儀式をやり直すために返してはくれないか?」


「お断りします!」


 俺は即答する。


「オーディン様にたいしてなんて失礼な!」


 周りからヤジが飛んでくる。


 もちろん俺に神器は必要ない。

 オーディンの言い分が正しい。


 でも、これを貴族に売りつければ一生遊んで暮らせる。

 その貴族が本当の適任者に神器が渡せば、俺もハッピー、貴族も名声が得られてハッピー、その適任者もハッピーでみんなハッピーなのだ。


 ルールによれば、聖剣エクスカリバーと聖なる鎧オリハルコンはもう俺のもの。

 ここが人生の分岐点。

 ここで一生遊んでくらせるかどうか決まる!


 相手は英雄オーディンだが、『ひるむな! オリバ』と自分に言い聞かせる。


「オーディン様、確かに俺は冒険者ではありません。冒険に出たことすらありません」


 ビビってるのがバレないように、できるだけ大きな声で話す。


「でも、子どものころから冒険者になりたいと願っていました。ボディビルダーという職業のせいで冒険者を諦めましたが、聖剣エクスカリバーと聖なる鎧オリハルコンを授かった今こそ冒険者として活躍したいのです!!」


 迫真の演技だ。


 本当は冒険者をやるつもりなんてない。

 でも、今後働かないでのんびりライフをおくるには神器が必要なのだ。


「ほう、冒険者になって冒険にでたいのか」


 オーディンは眉をひそめる。少し考えてからこう言った。


「よかろう。それならばお主にエクスカリバーとオリハルコンに相応しい実力があるか確認させてもらおう」


 ……はい?

 なんか思ってた展開と違う!

 金銭で解決してくれるのかと……。


「神器は人類の宝であり希望だ。魔物の手に渡れば我々は希望を失う。だからこそ、お主に魔物に負けない実力があるのか確認させてもらうぞ!」


 オーディンはもうすっかりやる気だ。


 ……かあさん、ごめん。

 欲張りすぎました。今になって激しく後悔してます。


 でもここで突然、神器を手放せば、さっきの『今こそ冒険者として活躍したいのです!!』ってセリフが嘘だとバレる……。


 それだけは避けたい。

 俺は王国一のボディビルダーだ。このことが王国中に広がれば、ボディビルダーの印象が悪くなる。


 相手は英雄だ。きっと命まではとらないだろう……。

 もう、やけくそだ!


「分かりました。俺が神器に相応しくなかったら、神器は返します」


 さよなら……バラ色ライフ。

 さよなら……神器。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 俺とオーディンは闘技場の中央へと移動した。


 闘技場には俺とオーディンのふたりだけだ。

 10メートル先にオーディンが相対している。


 他のみんなは見物席へと移動した。

 アレックスとヤンも見物席にいる。


 ……マジで恥ずかしい。

 こんな公開処刑に発展するとは……。

 相手は英雄だから手加減してくれると思うけど、怪我しないように防御に徹しよう。


「この硬貨が地面に落ちた瞬間が開始の合図でいいな?」


 オーディンが確認してくる。


 もうほんと、そういうのどうでもいいです。

 どうせ一撃で終わりだ。


 早くお家に帰りたいよー。

 お家で筋トレしたいよー。

 今日は胸の筋トレの日だ。俺の大胸筋が刺激を欲している。

 五体満足で帰れたらだけど……。


 硬貨が回転しながら宙を舞い、地面に着いて跳ね返った。


 オーディンはオリバの後ろに回り込む。

 富士山の山麓のように隆起し広がったオリバの首に手刀を軽く打ち込んだ。


 終わったな。

 これでしばらく動けまい。

 この少年には悪いが神器を魔物に渡すわけにはいかない。


 オーディンは振り返ることなく闘技場から出てゆく。


 ……おかしい。


 オリバの倒れる音が聞こえない。

 オーディンは振りかえる。


 そこにはオリバが何事もなかったかのように立っていた。


 馬鹿な……ありえん……。


 オーディンは大きく目を見開いた。


 オイオイ、マジかよ……。


 オリバは驚いていた。


 オーディンの動きがまるでスローモーションのように確認できた。

 首への一撃も筆で首をコチョコチョ撫でられた程度だった。


 ……もしかして俺、筋トレしてめっさ強くなってる!?


 そう、オリバの体はすでに人類の限界を超えていた。


 オリバは週六の筋トレをこの二年間欠かさずに行ってきた。

 雨が降っても、台風が来ても、王国中にちっさいスライムが多量発生した時でさえもだ。


 人間の筋力ではゴーレムの筋力には勝てない。

 素手ではドラゴンに勝てない。

 鉄は筋肉より硬い。

 ダイヤモンドは筋肉よりも輝いている。


 そうやっていつしか人類は、おのれの筋肉に限界を設定していたのだ。

 しかしついに、オリバの筋肉はその限界を超えた。


 筋肉の扉が開かれた。

 オリバはひたむきな努力と筋肉への無条件の信頼から、人類史上初めて『筋肉の向こう側』に到達したのだ。


 オリバはついに『向こう側の筋肉』を手にしたのだ!


「オリバ君、こんな言い伝えを知ってるかい。ボディビルダーのボクの家系に先祖代々伝わる言い伝えだ」


 オリバはコールマンの言葉を思いだしていた。


「筋肉は可能性の宝石箱なんだよ。限界なんて存在しない。勝手に限界だと決めたその向こう側には、向こう側の筋肉がキミを待っているんだ。まだ誰も向こう側にはいったことがないけれど、オリバ君なら行けるとボクは信じてる」


「これが……向こう側の筋肉……」


 オリバは小さく呟いた。

 調子にのってTシャツを脱ぎ、投げ捨てた。


 みよっ! オーディエンス!

 これが人類史上初の『向こう側の筋肉』だ!


 著しく筋肉が発達しているにも関わらず、均整の取れた上半身があらわになる。


「おぉ! 凄いっ!!」


 見物人がどよめく。


「お主、なかなかやるな。ならば本気でいかせてもらうぞ。スキル発動! 聖なる拳!」


 オーディンは腰を落とし、正拳突きの構えをする。

 拳が青白く光り始めた。


「このスキルはドラゴンさえも一撃で倒す!!」


 オーディンはワンステップでオリバの前に詰め寄る。

 青白く光るその拳をオリバの腹に打ち込んだ。

 オリバの腹筋は板チョコのようにクッキリパックリ六つに割れている。


 ……硬いっ!!


 オーディンは自分の拳が粉砕したと悟る。


 オリバの腹筋は板チョコのような見た目だが、その硬さは鋼鉄竜の鱗のようだ。


 馬鹿なっ!

 こいつ人間ではないっ!!


 百戦錬磨のオーディンですらも戦慄を覚える。


「アルキメデス! 結界魔法『千年の牢獄』をこの闘技場にかけてくれ! 俺に回復魔法も頼む!」


 オーディンは見物席にいる長い白髭の老人に向かって叫んだ。


「あの大魔法使いアルキメデス様!?」


 見物人がざわつき始める。


 光魔法使いの総本山・アルキメデス。

 魔王ベルゼブブを倒した伝説の四人組パーティーのひとりだ。


 すべての光魔法を使いこなせるらしい。

 他ふたりのパーティーメンバーは魔王討伐時に亡くなった。

 今ここにいるオーディンとアルキメデスが魔王討伐の唯一の生き残りだ。


「承知した。しかしこの少年がそれほどとは……。究極魔法・千年の牢獄!」


 アルキメデスは杖を高く掲げた。


 闘技場が半透明な光で包まれる。

 見物人と俺たちは半透明な光によって隔てられた。


「これは究極の結界魔法だ。どんな物理攻撃、魔法攻撃も通さない。俺が本気で神器を使っても見物人に被害はでない」


 オーディンは鋭くオリバを睨みつけた。

 その顔は殺気に満ちている。


 あれ?

 相手は英雄オーディン様だよな?

 なんか『本気で神器を使う』とか言い出したぞ。


 オーディンは続けてこう言った。


「それとこの結界の目的はもうひとつ。貴様を逃がさないためだ。このオーディンの名に懸けて、貴様をここで葬り去る!!」



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