アクシデント
「やっと着いたぁ……」
僕達が目的地である村には、おおよそ三日程かかり、その間僕はずっと馬車の中で過ごしており、そのせいで体中が痛い。
「お前らもお疲れ様」
僕達をここまで連れてきてくれた馬に僕は、そう労う。
ーーまあ馬と言っても僕たちのいた世界の馬とは、違うんだけどな
この世界の馬と呼ばれる生物は、どこかドラゴンに似た容姿をしているトカゲである。
彼らは、魔物ではなく、この世界に元々住んでいる生物の様で、人になつきやすく、力がある。
そこを見込まれて今は、人間が遠出する際の手段として大変重宝している。
「いやぁ……ここまで長かったですね……まさか三日も掛かるとは、思いもしませんでしたよ」
クロがそう愚痴りつつ、ストレッチをしており、クロの体からは、ボキボキという骨の音が聞こえる。
「そうですか? 私としてはもう少し長くても全然退屈では、なかったんですけど?」
「勘弁してくれよ……」
カナは、馬車の中でも片時も僕から離れず、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
世話をしてくれるのは、助かるのだが、そのたびにカナは自身の体を執拗にアピールしてきて、僕の心は、ただの一度も気が休まることはなく、目には隈が出来ていた。
そんな僕とは対照的にカナの肌は、艶々で、出発前よりも健康そうに見える。
まるで僕の生気を吸い取って、カナは艶々になっているみたいで、僕は内心彼女は、エルフというよりもサキュバスなのでは、ないかと思わずにはいられなかった。
「旦那……遠い目してやすが、大丈夫ですかい……?」
「これが大丈夫見えるか……?」
「その……すんません」
ーー謝るくらいなら聞くなよな。こっちが空しくなるわ……
僕は内心そう毒づく。
「さてまずは、村に入らないと……な」
僕達は、シドの密偵であり、当然その正体を明かすことはできない。
僕達は、田舎から来た旅人を演じ、任務をこなさなければならない。
もしばれればシドの地位の悪化につながり、自分の身の危険性も遥かに高まる。それだけは避けなければならないのだ。
「おやおや。これは、これは旅のお方でしょうか?」
一人の初老の老人が、僕達にいきなりそう話しかけてきた。
ーーこの老人が村長か……?
目の前の老人からは、全くと言っていいほど生気を感じられず、今にも死んでしまうそうだ。
ーーそれに何故こうも人がいない……?
都に比べて人がいないのは、当然の事なのだが、それにしても明らかに見える人の数が少なく、いるのは年寄りばかりだ。
「風音さん」
カナもその違和感に気が付いたのか僕に目配せし、隣にいるクロもまた同様である。
ーーとは言っても今は気にしても仕方がない……か
「はい。実は私達は、この世界にはびこる様々な物事を研究するのを目的に、世界中を旅しているものでして、今はこの世界最大の都シンに向かっている最中だったのです」
「ほう……そうなのですか。その様な方が何故この村に?」
「食料がそろそろ底をつきそうでして、それでこの村に立ち寄ったのはそれを補充しようかと思ったからです」
その一言を聞いて老人の顔が曇った。
「その……大変申し上げにくいのですが、実はこの村に食料も水も今は、ほとんどないのです」
ーービンゴ。うまく引き出せた
食料がないなどというのは、勿論嘘で、そうであるにも関わらず僕がこの話をしたのは、老人からこの村が廃れている原因、つまるところ魔物の話を引き出すためだ。
「それはどうしてなのですか? この村は私が見る限り、自然に囲まれ、土地も多くあり、水も綺麗そうだ。その様な場所農業をするのには、最適でしょうに」
「実は……」
老人は、大方のあらましを僕に語ってくれ、それを聞いた僕は、少し冷や汗をかいていた。
ーーおいおい。シド。今回の任務が魔物の巣の駆除とは、一言もきいていないぞ……‼
魔物は、特定の場所に巣をつくり、そこで繁殖を行う。
繁殖を行う場ということは、それだけ数がいるということで、それの完全なる駆除となるとその数は有に百を超え、必要な労力は並大抵のものではない。
僕たちの今の人数は、全員で、十人ちょっとで、その全員が選りすぐりの精鋭たち。
そんな彼らが揃っていて、相手が魔物界最弱の獣型の魔物であったとしても、魔物の巣を殲滅させるのは、かなり厳しい。
ーーいっその事断るか……? でもそうすれば……
この村の状況は、既にギリギリ。若者は、そのほとんどが魔物に食われ、残った者は、いつ自分の命が脅かされるかもしれない恐怖に震え続けている。
ーーこの人たちは、別に何もしていない。なのにどうして幸せを搾取されなければならないのだ
「やるしかない……か」
「は……?」
老人は、僕の今言った言葉の意味を理解しておらず、不思議そうな顔をしているが、カナとクロ、それ以外の者たちは納得したようなしたり顔を決めていた。
「ええと……村長さん」
「は、はい」
「魔物の巣の駆除……私達がなんとかしましょう」
「い、いえ……それはダメです‼ その様な事をすれば貴方達もあいつらに食われてしまいます」
「大丈夫ですよ。こう見えて僕たちは、強いですから。獣型の魔物ごときに遅れは、取りませんよ」
「で、ですが……」
「それに……これは、私の為でもあるのです」
この人たちの境遇は、とても僕と似ている。この人たちは何もしていないのに、突然幸せを奪われ、不幸の底に叩き落とされ、嘆くことも許されない。
そんな人を僕は、とてもじゃないが見捨てられないし、僕にはそんな彼らの気持ちが痛いほどわかってしまうのだ。
腸が煮えくりかえりそうな程胸の内では、激しい炎を燃やしているのに、力がないからそれに抗えない。
そんな自分に腹が立って、立って、いずれその炎は復讐の炎へと変化する。
復讐は何も生まない。それは、僕自身が一番よくわかっている。わかっているからこそ彼らに自分と同じ道を、その様な悲しい道を選ばせてはならないのだ。
「私は、あなたがなんと言おうと行きます。その事でもし私が命を落としたとしてもあなたには、何の落ち度もありませんし、すべて私の責任です。ですのでどうか僕の事を信じてみては、くれないでしょうか?」
老人の眼が困惑気に揺れる。きっと彼の中では、自分たちの事を助けてもらいたいという願望と僕たちを死なせてしまうのではないかという良心とで、激しく揺れているのであろう。
ーーこの人は本当に善人なのだろう
そうでもなければここで迷うような素振りを見せるわけがない
根っからの悪人というのは、自分の為ならば平気で他人を貶め、自分の利益の為ならばどのような事をしてもかまわない……その様な浅ましく、醜い考えが染みついているのだ
「村長。貴方達の今の村の抱える状況は、はっきり言って悲惨です。このままでは、飢え死にしてしまうのは、時の問題です。何をためらっている必要があるのですか?」
僕はそう甘い言葉を囁き、彼の中に潜む助かりたいという願望を膨らませようとするが、それでもギリギリのところで、踏ん張っており、頷いてはくれない。
「僕とあなたは所詮今日知り合った関係。その様な相手がどのような死に様をしようがあなたには、関係ないはずだし、その事で気に病む必要はないのです」
我ながら善意を施そうという気で、こうも悪人じみたセリフが出てくるのは、考え物だとは思う。
「わ、わかり……ました」
その一言を聞いて僕は、ほっと一息ついた。
ーーなんとか村長を説得することには、成功した。後は今後の事だな……
「納得してくれてよかったです。それでなのですが部屋を一室借りたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「はい。それでしたらこちらについてきてください」
村長に先導されながらも僕は、今後の作戦の事に付いて
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