話し合いは人目のあるところでしかやらないよ


 ――放課後になった。


 部活や委員会に所属していない私にとって、放課後とは本来自由時間を意味している。


 つまり、学校の学習要領で規定された時間割から開放され、自由となり、己の思うままに時間が使えるようになるということなのだけれど。


 人生において思った通りに事が進まないことなどざらにある。


「ちょっと来てもらえるかしら」


 のんびりと帰り支度を整えていた私のところに、誰かがが近寄ってきてそんな言葉をかけてきた。


 ……うん?


 帰り支度を中断し、視線をあげて確認したところ、どうやら声の主は赤神のようで。

 その彼女はと言うと、こちらに少し険のある視線を向けていた。


 ……まぁ、予想はしていたけれどね。


 黛と赤神の関係性と黛本人から聞かされた三人の間に起こった諍いの中身、そして黛から相談を受けた状況を見た彼女達の心境を想像すれば、彼女達がどういう行動を取るかなど容易に予想できることである。


 そうならなければいいな、という淡い期待はあったけれど、叶わなかったということだ。残念。


 正直なところを言えば無視してしまいたかったのだが――食い下がられて時間を浪費するのも馬鹿らしい。


 多少面倒でも、話を聞いておく方が楽だろう。


 とは言え、言われるままに着いていくつもりは毛頭ないし、そんな義理もない。


 あくまで話を聞くのは、私を問い詰めようとする人間の数とその場所を確認できて、それに私自身が同意できる場合に限る。


 他人様の溜飲を下げさせるために自分の身を犠牲に出来るほど、私は献身的な人間ではないのだから。


 ……前にそれで失敗したからなぁ。同じ轍は踏まないようにしないと。


 過去の苦い経験を踏まえて出した結論に内心で頷いた後で、声をかけてきた赤神に尋ねる。


「来てもらえるかしら、とはどういうことですか?

 どこに? 誰と? あなたのほかに誰が?」


 問いかけの内容はこれ以上ないくらいに簡潔かつ明確だ。


「来ればわかるわ」


 だと言うのに、こちらが回答を希望した内容を相手は返してこなかった。


 彼女が何を思ってそう答えたのかは理解できる。


 ……説明が面倒だったんだろうなぁ。


 滅多にないことだが、私も誰かを連れ出そうとしたときに同じことを聞かれれば似たような気持ちになることは間違いなかった。


 ――しかし、だからと言ってその行いを許容するつもりもない。


 なぜなら、私は同じ状況で相手に問われれば、面倒だと思ってもきちんと答えるからである。

 ゆえに、


「であれば、私は断ります。付いていく義理もありませんからね」


 私は拒絶の意思を伝えた後で、赤神から視線を外して帰り支度を再開した。


 声が聞こえる。


「ちょっと! どういうつもりよ!」


 話をする気がないというわけでもないので、帰り支度を進める手は止めずに会話には付き合うことにする。


「私が聞いている側ですよ。どういうつもりで連れ出すんですかと」

「話がしたいからよ!」

「ここでも出来ますよ。今もしていますね」

「……ちょっと人に聞かれたくない話なのよ。わかるでしょう!?」

「だから聞いてるんじゃないですか。

 場所はどこですか、あなたの他に誰か居ますか、と」

「だから来ればわかるでしょうが!」

「だから行きたくないと言っているんですよ」


 ……あなたにそれを理解してもらえるとは思っていないけどね。


 細かく説明する気もないから当然だけど。


「…………」


 さて、会話をしている間に帰り支度は完了した。

 あとは忘れ物の有無を指差し確認を行って再確認し――問題ないことがわかれば鞄を持って教室を出るだけだ。


 席から立ち上がって、鞄を持ち、横に立つ赤神に視線を合わせる。


 赤神はまだ諦めていないようだった。

 その表情からは意地でも引かないという意思が読み取れた。


 ……我ながら甘いなぁ。


 そんな言葉を思いながら、私は大きな溜息を吐いた後で言う。


「駅前のファーストフード店、わかりますよね?

 そこで――三十分は待っていますので、落ち合うようにしましょう。

 話があるならそのときに」


 言って、私は赤神の横を抜けた。


 しかし、また私の体は止められた。

 肩をぐいとひっぱられて、顔を背後に向けさせられた。


 そして何か言葉を続けようとしたようだが、


「そんなのが通ると思って――」


 彼女が何かを言い切るよりも早く、肩に触れていた彼女の手を振り払った。


 ――これ以上の譲歩はないし、かける言葉もない。


 ただ、思った以上に強く叩いてしまったのか。

 教室を出る間際にちらっと様子を窺ったときに、赤神は手をぎゅっと抱えたまま固まっている姿が見えてしまって。


 その一点だけはちょっと悪いことをしたかなと思ってしまうあたり、我ながら本当に甘い性格をしている、と笑うしかなかった。


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