1-6.穂谷信という悪友
麻宮さんと話した後、その日は結局予備校には行かず、ぶらぶらと駅前を歩いていた。なんだかすぐに帰るのも気が引けたし、なんとなくぶらぶらしていたかったのだ。たまにはこんな日があっても良いと思えた。これが彼女の転校によってもたらされたかどうかはわからない。
「おーい、麻生! こんなとこにいやがったか」
特に予定もなく商店街を歩いていると、後から声をかけられた。カラオケ帰りの信だった。横に泉堂もいる。
「どれくらい待ったんだ?」
「鞄奪還まで約二時間程ってとこかな」
「マジか? それは悲惨だったな」
「まあな」
そのお陰で麻宮さんと話せたから、むしろラッキーだった。
「伊織はもう帰ってたか?」
「それはわからないけど、教室にはもういなかったよ」
麻宮さんと話した事は隠した方が無難だろうと思い、敢えて伏せた。信だけでなく泉堂にまで怒られそうだ。ナイト発言と言い、きっとこいつは麻宮さんの事が好きなのだと思う。もしかして、その為だけにわざわざ一緒に転校してきたりして。
「あ、そういや泉堂。進路室に提出物あるんじゃなかったのか?」
「…………」
泉堂は暫く停まったままだった。そして、
「どぉぁぁああっ、しもた! 完っ全に忘れてたわ!」
いきなり大声で叫ぶので、通行人が一斉にこちらを見る。視線が痛い。
「すまん、俺今から出してくるわ! 先帰っといて」
言うや否や、泉堂はそのままダッシュで学校への道を走りだした。
俺と信は、そんな彼の後ろ姿を半ば呆れながら眺めていた。
「しかし、騒がしい奴だな……お前みたいに」
「失礼な、俺はもっとおしとやかだ!!」
「どこがだよ」
「でも、あいつ……彰吾だけど、多分良い奴だと思うぜ? 面白いし」
それは、同感だった。まだあまり話してないが、きっと悪い奴じゃない。裏表がなく気持ちの良さそうな奴だというは何となく解った。信もこの短期間で呼び方を〝彰吾〟と変えていたので、なんとなくノリの良さや親しみやすさも伝わってくる。
「それにしても麻生……」
「あん?」
「お前、何で彰吾に提出物あるの知ってたんだ?」
怪訝そうに信が俺を見た。こいつはこういった事に関しては驚くほど鋭い。しかし、ここは何とかして乗り切らねばならない。俺の僅かな楽しみを潰されて堪るかってんだ。
「ま・さ・か、親友の俺を差し置いて美少女転校生と話したなんて事は無いよなぁ?」
俺が一瞬無言になった事から何かを察したのか、下から目を覗き込んでくる。カツアゲに合っている中学生の気分がよくわかった。しかし、こいつは本当に鋭い。学生よりその能力を活かした仕事を探した方がいいと思う。
「バカ、ちげーよ。俺も小学校の頃転校した事があって、何か色々提出させられた記憶あるからさ。それに、実は進路のばぁさんから帰る時に泉堂を見つけたら出す様に伝えてくれって頼まれたしな」
冷静に冷静に対処する。上出来だ。全て嘘で塗り潰した。さすが俺は頭の回転が速い。もちろん、俺には小学校の頃転校した過去などない。探られれば一発でバレる。全然上出来じゃなかった。
「ふーん、そっか。まぁお前にそんな根性があるとは思えないしな」
まるで、端から俺が麻宮さんとは話せないだろうというような言い回しに、少しイラッとする。そのぐらいの根性はあったんだよ。不可抗力だったけど。
「女の事はからっきしだからな」
「うるせーな」
「もったいないぜ、それ。最近は予備校通い始めて頭も悪くない。性格だって女ウケ良さそうだと思うんだけどな、お前」
「なんだそれ。過大評価も良いとこだ。タコ焼き奢れとか言うのは無しだぞ」
「バカ、真面目な話だっつーの。そういやクラスの白河莉緒嬢とはどうなったんだ? 予備校同じだったろ」
そうなのだ。実はあの女とは奇妙な縁で、不運な事に予備校まで同じになった。ちょうど先月から彼女も俺が通っている予備校に入学したので、学校だけでなく予備校でも顔を合わせる事になったのだ。
授業は違うが、たまに校舎内で出くわしもする。もう慣れてしまったことだが、気まずい事には変わりない。
「その反応は……フラれたのか?」
「まぁな。見事にフラれた。六月の話だよ」
俺は意を決して話す事にした。誰にも言ってない事だっから躊躇ってたのだが、質問されては仕方ない。
「そんなに前だったのか。俺に一声掛けてくれりゃ慰めパーティーでも開いてやったのに」
「いらねーよ。どうせからかうだけだろ?」
目論見が当たったらしく、信は軽く舌打ちをした。
ちなみに、白河梨緒が俺に気があるかもと教えたのも信だった。今更それを蒸し返すつもりは無いが、自分勝手な野郎だ。
「まあ俺も白河さんとは殆ど話してないからな。何つーか、男を寄せ付けない雰囲気出してる女に挑んだお前は凄ぇよ。噂によると普通科の奴も何人か玉砕したらしいぜ」
「へー……ひそかに人気あったんだな」
それについては正直驚いた。俺は白河梨緒を大穴気分で惚れていたからだ。目立たない故ライバルもいないと思っていた。
「それも今日までだろ。あの美少女転校生・麻宮伊織には勝てないだろうな」
信は一人で頷きながら断言する。ただ、それには同感だった。さっき話してわかったが、麻宮さんは性格も良い。おそらく、校内で一・二を争う人気を博する事間違いないだろう。
「ま、ちと遅いが麻生の失恋祝いにラーメンでも奢ってやるよ。雷々亭でいいか?」
「おっ、マジ? お前最高!」
彼の気持ちに、俺は素直に喜んだ。正直思い出すと凹んできたのだったが、それに気付いて気遣うとこが信の良い所だ。しかし、麻宮さんとの事を隠したままにしておくのも、少し罪悪感に苛まれた。
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