桜は嫌いなのよ。

 桜は嫌いなのよ、と彼女は恨めしそうに桜の木を見上げながら言った。

 どうして、と聞くと、いい思い出がないのよ、と答えた。

 なんとなく、それ以上は聞いてはいけない気がして、追及はしなかった。誰でも、嫌なことを思い出したくはないだろう。


 ひらりと落ちてきた一枚の花弁を見て、彼女は再び口を開いた。


「……桜の花弁が散っていく姿が好きじゃないわ。だって、ひらひらと儚く散ってしまう花弁は、なんだかぽろぽろと溢れる切ない涙に似てるんだもの」


 彼女は一枚の花弁を拾って、同情するような瞳を向ける。


「せっかく咲いたのに、終わりが落ちて、踏まれて、溶けていくのを待つだけだなんて、そんなの悲しいわ」


 だから私は桜が嫌いなのよ、と彼女は言った。

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