第11話

結局、リカ姉は俺が何度呼び掛けても無視をした。

巻き込んだ布団で『リカ姉ロール』を作って、壁側を向いたまま中に入れてくれなかった。


なんで寝たフリをしてるのがわかったかというと

起こそうとして耳に息を吹いたら、首を振られて頭突きを食らったからだ。


諦めた俺は、ベッドの下から童貞どもが泊まる時のために用意してある寝袋を取り出した。

安物で薄いし、広げれば布団の代わりになる。バカどもの体臭が染みついている汚物に近いゴミなので触りたくもないが

今日は5月の終わりにしては気温が低いので仕方がない。

マジックでデッカくKと書かれた寝袋は絶対に避けなければ。

岸田が持ち込んだアイツ専用の寝袋で、バイキンだらけだからだ。こんなの使ったら病気になってしまう。

時計は午前4時を過ぎていた。



「寝させてもらいます」



一応、隣に寝ることを断っておく。正真正銘、俺の部屋にある俺のベッドだが

昔からの習慣で、リカ姉がいる時はこの部屋にあるすべての物の所有権が彼女に移ることになっている。

玉座と同じだ。睡眠時の利用が例外ではなかったことを今知っただけに過ぎない。

反応は無かったが、俺のスペースは空けてくれているので隣に寝てもいいってことだろう。



「おやすみ、リカ姉」



電気を消して目を閉じた。静かな時間と動かない空気。


深呼吸、頭の奥に沈むイメージ。遠くから超音波を探して近くに持ってくる。

空手の先生から教えてもらった眠れる方法。落ち着き方の一つ。


(…ダメや)しかし、聞こえてくるのは時計の針の音、近くを通る車の音、新聞配達のバイクの音。

この時間に眠れない時の定番3点セットだけ。いや、スズメもいるか。


そこに、すぐ近くから聞こえる自分以外の呼吸音が混じっているんだよなあ。


少し前ならバカどもと同じように扱って、平気で眠れたはずの呼吸。ニオイ。気配。

心臓のオッサンが自己主張しだした。あ、こりゃダメだなって思った。


開き直って、リカ姉の後ろ姿を見る。髪型が髪型なので、細い男が寝てると思えば眠れるだろうか。

そう思っていたら首筋から目が離せなくなった。


近寄って、ニオイを嗅いでみる。


鼻息が当たって頭突きを食らわないように、吸って横に吐く高等技術だ。

俺ほどのレベルになれば造作もない。だから反応も無い。ちょっとつまらん。


そして、気がついた。あの時のニオイではないと。

似ているけど違う、今頃になって気づいたのはなぜだろう。

この人の髪が短いせいか。俺が石鹸で頭を洗うから女性用のシャンプーに疎いせいだろうか。

いや、そんなことよりどこかで嗅いだような。むかし美紅が使っていた…


その時、鼻先がうなじに触れてしまった。



「いい度胸だなカツオ」



ライオンが唸るような低い声がした。ヤバッ。

目を開いて固まっていたら、リカ姉が寝がえりを打ってコッチに体を向けだした。

寝たフリして逃げるタイミングを完全に逃した。

目が合う。左胸のオッサンが唸りを上げる。



「中卒で働く覚悟が決まったか?」



常夜灯の薄明りに照らされた、ニヤッとした顔がすぐ近くに来た。脅してる時の顔。俺を殴る直前の顔。でも綺麗な顔。

美人ではある。前から思っていたが今は少し、いや大分意味が違ってる。けど、表す言葉が出てこない。

自分がこの人を女として意識しだしたせいだということもわかってる。

でも、投げられた言葉の意味だけがわからない。



「ヤルんだろ?避妊なしで」



「へ?」



俺は目上の人間にハ行の言葉だけを出すのが嫌いだ。

自分がアホなことを思い知らされてきた記憶のせいだ。

口に出した瞬間、条件反射で頭が空っぽになる。いつか治す方法を知りたい。



「バーカ、そこ」



バカ面さらして見つめていたら、リカ姉の表情が崩れて優しい笑みになった。

布団から腕が伸びる。めくれた時に、ふわりとニオイが濃くなったせいでその動きに反応が遅れた。


もう一度「そこ」と言われて、やっと首を向けた。


部屋の隅に几帳面に畳まれたリカ姉の服。よく見ると、その下に白い紙袋があった。



「コンドームとウイッグが入ってる」



オッサンが破裂した。

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