第71話 お仕置き

 



「あっぶねぇ……あと少し遅れていたらアリエルがチョッキンされるところだった」


 俺は月眼下で左アームを失い傷だらけのEアーマーの中で、顔をぐしゃぐしゃにして泣いているアリエルを見ながら胸をなで下ろしていた。


 1時間ほど前に地球に向かうダグルの半数以上を殲滅し終えた俺たちは、残りを諦め月へと急いだ。そして月面に着陸しようとしていたダグルを殲滅し、月の裏側にある基地へと向かった。


 初めて見る月の裏側は、地球から見える表側とは比べものにならないほど荒れていた。そこら中にまるで隕石が大量に落ちた後のような大小様々なクレーターがあり、ここが長い間ダグルと戦ってきた戦場である事を物語っていた。


 そんな月の裏側に南から北に掛けていくつもの基地らしき建物があり、そのほとんどが破壊されていた。


 その中で唯一残っていた基地へ、何十万というダグルが向かっていっているのを確認した俺たちは、そのど真ん中に宇宙船を着陸させた。


 そして全員を宇宙船から出した後に影空間に宇宙船を収納し、カレンに結界を張らせた。


 本当はレイコたちには機能停止してもらって、一緒に宇宙船ごと影空間にいてもらうつもりだったんだけどな。リカが見学したいっていうから、ならみんな外に出るかってことになった。


 月にいるダグルを計測したところ、最高でレベル6だったし。エーテル保有量6万程度なんて、アガルタでいうところの騎士級の岩竜やキメラクラスだ。そんな程度のダグルがいくら来ようと、カレンの結界を破ることはできない。というかそもそも近づけない。


 カレンに結界を張らせた後は全員を入れて固定砲台になってもらい、俺は彼女たちを置いて飛んでくる無数のバッタやカマキリを殲滅しながら最前線の基地へと向かった。


 しばらくそうして飛んでいると千里眼でアリエルの機体とは違うが、オールミスリル製のEアーマーを確認することができた。しかしその機体は、今まさにクワガタに胴体をチョッキンされようとしていた。


 オープンチャンネルから聞こえてきた声と、その高そうな機体からアリエルだと確信した俺は大急ぎで魔王から奪った重圧の魔結晶を広範囲に発動した。


 その際に決死隊のやつらも数十機ほど巻き込んだが、手加減はしていたから大丈夫だと思う。乱戦になってたからな。これは仕方ない。


 そしてダグルの動きを止めた俺は、今度は慎重に雷龍から奪った轟雷の魔結晶を発動させたというわけだ。



「とりあえずアリエルの周りのダグルは殲滅したけど……」


 俺はアリエルが仲間によって後方に下げられていくのを見送った後、周囲から次々と向かってくる無数のダグルに視線を向けた。


 あの風の谷に出てきそうな芋虫や、クワガタとカブトムシはここにいるだけか。恐らくあの三葉虫みたいな母船から出てきたんだろうな。確かずっと後方にも何体か着陸していたのを見かけた気がする。まああっちはカレンがなんとかするだろう。一応状況を聞いてみるか。


 俺はヘルムに搭載されている通信機能を起動させ、展開されたスクリーンから視線でカレンとの通信を選択し繋いだ。


 するとカレンの顔がスクリーンの端に映し出された。


『カレン、こっちは間に合った。そっちはどうだ? 』


 《ん……良かった……こっちは数だけはいっぱいいる……よゆー》


 カレンの口もとは緩み、視線はあっちこっちと忙しそうに動いている。シューティングゲームを楽しんでるんだろう。


『そうか、ならちょっと勇敢な戦士たちにご褒美をやりながらそっちに行くわ』


 《わかった……ゆっくりしていい……ワタルが来ると獲物がなくなる》


『ははは、わかったわかった』


 カレンには、俺の結晶魔剣の予備のエーテル結晶石を魔銃用に錬金したやつを全部渡してあるからな。エーテル切れを気にせず好きなだけ撃てるから、俺にしばらく戻ってきて欲しくないみたいだ。まあ久々の大量の獲物だ。好きなだけ撃たせてやるか。


 さて、クワガタとカブトムシに芋虫が残り200と、カマキリやバッタや蟻が5万てとこか。決死隊は600機くらいは動けそうか? 基地にはほかの部隊が置いていった予備もあるだろう。それに乗り換えさせれば800機は動けそうか。


 とりあえず挨拶しておくか。


 俺は通信をオープンチャンネルにして、地上から俺を見上げているエルサリオンの決死隊に向け挨拶をすることにした。


『エルサリオンの勇敢なる戦士たちよ! 俺は瀬海 航だ! こことは違う星でお前たちの祖先と共に戦い、時を超えて地球へと戻ってきた者だ! 今のエルサリオンに色々思うことはあるが、故郷を守るためにその命を捧げようとした姿が俺の戦友と重なった! だから今回は助けてやる! 』 


  》》》


 《勇者様……勇者ワタル様……》


 《勇者様だ……》


 《勇者様が私たちを助けに……》


 《助かるぞ……勇者様が来てくれたんだ。俺たちは助かる! 》



『助けてはやるが、まさかそこで震えながら見ているだけじゃないだろうな? 』


 《た、戦います! 勇者様と共に! 世界を救うために! 》


 俺の挑発的な言葉に真っ先にアリエルが反応した。


 なんか興奮しているような感じに聞こえたが気のせいだろう。


 《お、俺も戦う! ご先祖様のように勇者様と! 》


 《私も戦います! 姫様と最後まで共に! 》


 ん? なんか聞き覚えのある声がしたな……もしかして豚耳娘か? あ、やっぱそうだ。そうか、あの怯えていた女が変われば変わるもんだな。


『ならエーテルコンデンサーを補給してこい。機体が破損し戦えない者も基地で乗り換えてこい。まあ安心しろ、ダグルの動きは止めておいてやる。ああ、エーテル銃の使用は禁止する。全員剣で戦え。予備の剣を忘れるなよ? 10分後に戦闘開始だ。急げ! 』


 《はいっ! 総員補給を急げ! 》


  》》》


 俺はアリエルを先頭に基地に戻っていく者たちを見送りながら地上に降り、周囲から迫ってくるダグルへ重圧の魔法を掛けその動きを止めた。ついでに練習も兼ねて、使用を禁じてきた重力球を三葉虫型の母船に放ってみた。


 俺の手から放たれた直径2メートルほどの黒い玉は、全長1キロはありそうな三葉虫のどてっ腹に穴を空けてそのまま全身を吸い込み砕いていった。そして1分もしないうちに三葉虫は消え、重力球はその後ろにいたダンゴムシへとゆっくり向かっていった。


 俺はその光景を見て、魔王から奪ったこの魔結晶の威力に軽く引いたよ。


 これ、速度を上げることができたら無敵なんじゃなかろうかと思ったね。


 それから少しして、基地からアリエルを先頭に800機ほどのEアーマーが背部のスラスターを全開にして次々と飛び出してきた。


 そして一機、また一機と俺の前に整列していった。


 《勇者様! 勇者ワタル様! エルサリオンの精鋭812機! 補給を終えました! 》


 整列した機体の先頭にいたアリエルが俺にそう報告をした。


『そうか、ダグルの動きは止めた。エーテルを増やすボーナスタイムだ。気合い入れていけよ! 全機周囲のダグルを殲滅しつつ南進せよ! 俺に続け! 』


 》》》


 俺がそう号令を掛け南に向け飛び立つと、全機が剣を抜き動きの止まっているダグルを次々と倒していった。


 基地周辺のダグルを殲滅したあとは南進し、重圧の魔法で動きを止めては殲滅してを繰り返した。


 そして6時間ほどそうして進んでいると、無数のダグルの死骸に囲まれたカレンたちの姿が見えてきた。


 結界の中ではカレンが魔銃を両手で撃ちまくっており、フィロテスは雷弾の魔結晶が装填されているライフルで遠くの強い固体を狙撃していた。


 その後方ではレイコたちがエーテル銃で近場のダグルを撃っており、トワは魔導砲を持って不機嫌そうな顔をして立っていた。恐らくエーテル切れになったんだろう。


 俺はそんな彼女たちのもとへ、進路上を飛び交うバッタとカマキリ型のダグルを重圧で叩き落としながら向かった。


『みんなお待たせ』


 《ワタル、ちょうどいいタイミング》


 《ワタルさん! 》


 《ご主人様。エーテルが切れたでやす》


『トワ、連装魔導砲の予備のエーテル結晶をありったけ渡したはずだぞ? それがもう無くなって、体内のエーテルまで使い切るとかどんだけ撃ったんだよ……ほら、俺の結晶魔剣でその辺のダグルを斬ってエーテルを回復しろ』


 俺はカレンとフィロテスの頭を撫でたあと、トワに吸収の魔結晶を装着した結晶魔剣を渡してエーテルの回復をするように言った。


 トワは黙って俺の剣を受け取り、周囲で丸焼けになっているカブトムシを無言で何度も斬りつけたあと、剣をドレスアーマーの背部に設置したマジックボックスの中に入れた。


 俺は剣を返さねえのかよと思ったが、トワはそそくさと再び連装魔導砲を手に持ち、ライジングメガ収束砲を向かってくるダグルの群れに放った。彼女の口もとは薄らと笑みを浮かべており、その表情は隣で魔銃を連射しているカレンそっくりだった。


 俺の剣……は、まあいいか、残りの数も少ないし。


 しかしカレンにだいぶ似てきたな……


 《ワタル……あれ……》


『ん? カブトムシがどうかし……お? あれは魔結晶か? 』


 俺が射撃を中止して呼びかけてきたカレンの指さす方向を見ると、そこには氷付けにされたあとに砕かれたカブトムシ型のダグルの遺骸があった。よく見るとカブトムシの砕かれた胴体から、見慣れた赤と灰色の四角い結晶石が顔を出しているのに気付いた。


 やっぱりあったか。四角ということは補助系か、んで赤は身体強化で灰色は硬化か。これであの甲殻が異常に硬いことも、あの巨体が重力化で立ってられることも理由がつく。


 《ん……回収する? 》


『そうだな。後方にもいっぱいあるしな。まあ色の濃さからいって3等級だから、小長谷たちと決死隊の奴らにやるか』


 3等級なんてこれ以上もらっても使い道ないしな。小長谷たちにやればいいか。


 《それがいい……アリエルは? 元気だった? 》


『ああ、そりゃあもう生き生きとダグルを斬ってたよ。もうすぐ追いついてくると思う』


 《リーゼの顔でダグルを斬ってる……違和感》


『ははっ、そうだな。似てるとこもあるけど、そこは決定的に似てないよな』


 リーゼリットが魔物を斬る姿なんて想像もできないしな。見た目や頑固なとこや仲間想いの所は似てるけど、嬉々として剣を振るうところは似てないよな。


 《ワタルさん、向かってくるダグルの群れが途切れてます》


 『そうか、どうやら打ち止めのようだな。ああ、ちょうどアリエルたちも来たみたいだ』


 俺はフィロテスにそう言って追いついてきたアリエルたちの方へと視線を向けた。


 《ゆ、勇者ワタル様。ダグルの掃討を完了致しました》


 嬉しそうな表情でアリエルは俺の前に立ちそう報告してきた。


『ご苦労さん』


 さて、カレンとトワが残りを掃討しているし、月に上陸したダグルはこんなもんかな。確か火星から来たダグルは全部で40万はいるとか言ってたな。


 20万は確実に倒しただろうし、月に来る途中に母船を半分以上は落とした。なら10万かそこらが地球に降りたかな? 前回の3倍か……まあ大丈夫だろう。


 ルンミールからさっき日本に上陸しようとした、ダンゴムシ型の母船級を撃ち落としたって連絡があったしな。他の国のことは知らないが、日本が無事ならいい。


 あとは隣の大陸からやってくる飛行タイプのダグルに注意しておけばいいな。でもカマキリとカブトムシが来たら、エルサリオンでも相当苦戦するだろう。小長谷の部隊なんて手も足もでないだろうな。ならさっさと引き上げて地球に戻るか。


 取りあえずアリエルは両親が心配してるから連れて帰らないとな。


 俺はそう考え、少し離れたところで影空間から宇宙船を出た。そしてレイコたちに乗り込むように言い、再びアリエルの前に立った。


『アリエル。カマキリとクワガタ。そしてカブトムシと恐らく芋虫の体内にも魔結晶がある。それを兵に回収させてくれ』


 《魔結晶が!? は、はいっ! 至急回収させます! 》


『それとアリエルと、そうだな……元親衛隊の奴らは宇宙船に乗れ。地球に戻る』


 《はいっ! 勇者様と一緒に地球を救うのですね! すぐに引き継ぎを終わらせ親衛隊と共に乗船致します! 》


 アリエルはそう言って後方にいる味方の所へ戻り、各部隊へテキパキと指示を始めた。


 しかしアリエルは何を張り切ってんだ? まさか俺が最初に言ったこと忘れてんじゃないだろうな?


 まあいい。帰りの船内で思い知らせてやる。


『カレン、日本が心配だから地球に戻るぞ。魔結晶はここに残る者たちで回収させる』


 《ん……わかった》


 《ご主人様。貴重な魔結晶を置いていってもいいんでやすか? 》


『大丈夫だ。ここにあるのは風刃と硬化に身体強化だ。カマキリの風刃はだいたいの数が分かってる。硬化や身体強化は、変形と圧縮と融合ができる俺じゃないと兵士たちには使えない。チョロまかされても問題ないさ』 


 風刃の魔結晶はエーテルを流せば使えるが、他のは身体に融合しなきゃ無理だ。融合まではエルフの技術でできるだろうが、直径60cmはあるあの魔結晶の圧縮と変形はできないだろう。そもそも人族じゃあるまいし、プライドの高いエルフがチョロまかしたりするとは思えないしな。


 《なるほど。確かにそれなら大丈夫でやすね》


『そういうことだ。さあ、宇宙船に戻ろう』


 俺はそう言って宇宙船へとカレンたちと共に戻った。


 そして格納庫で装備を脱ぎ、1階のリビングでアリエルたちが乗り込んでくるのを待った。


 しばらくすると競泳水着を薄くしたような白いピチピチのEスーツを着たアリエルと、その後ろに豚耳の女と豚の腕の男が現れた。


 アリエルはどうやら左手首から先を失っているようで、右手でその部分を押さえている。


「よう、久しぶりだな二人とも。月で真面目にやってたことはフィロテスから聞いてるぞ。それでどうだ? 差別される辛さが少しは分かったか? 」


 俺はソファーから立ち上がり、アリエルの後ろにいる見知った姿の二人にそう声を掛けた。


 すると二人は突然ひざまづき


「ゆ、勇者様。大英雄カレナリエル様。元カザンネル侯爵家の次男のマグワイアでございます。先日は勇者様とその伴侶様であることを知らず、大変失礼な態度をとってしまい申し訳ございませんでした。我々ごときがハイエルフを侮辱するなど、今思えばこれほど滑稽なことはございません。あの精霊神様の映像を見てからというもの、自分の愚かさをただひたすら悔いる日々を送ってまいりました。そしてこの腕を見た者たちから毎日のように侮辱され、カレナリエル様の心の痛みも知ることができました。それがこれほど辛いことだったとは……本当に……本当に申し訳ございませんでした」


「勇者様。カレナリエル様。元シオメール侯爵家次女のソルティスです。私も家の力を背景に他者を侮辱していた自分を、今は恥ずかしく思っています。家を廃嫡された途端に、月では皆に笑われる日々を送っておりました。姿形を侮辱されることがこれほど辛いものだったなんて……カレナリエル様を侮辱したことを心よりお詫び申し上げます」


 深く頭を下げそう反省の弁を述べた。


「勇者ワタル様。私もご先祖様をお救いただいた勇者様とは知らず、大変失礼なことを申し上げたあげくに剣すらも向けてしまいました。父よりお許しを頂けたと聞いておりましたが、改めてお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。勇者様……私にこのようなことを言う権利はございませんが、どうかこの二人を許して頂けませしょうか? どうか……どうか……」


 アリエルも二人に続きひざまづき、俺たちへの謝罪の言葉を述べたあと、元配下である二人を許してもらえるよう懇願した。


「カレン、どうする? 」


 俺は後ろで見ていたカレンに二人を許すか聞いた。


「私は最初からどうでもいいと言った……ワタルが私を愛しすぎてやったこと……元に戻してあげて」


「そうか、カレンがそう言うなら許してやるか。ブランメルにソルティスだったな。アガルタに戻ったら再生治療を受けていいぞ」


「は、はっ! ありがたく……」


「ありがとうございます。勇者様、カレナリエル様……ううっ……」


「勇者様ありがとうございます。ブランメル、ソルティス……よかった……」


「そういうことだ。今から地球に向かうから、二人は格納庫で待機してろ。地球でも戦ってもらうからな。月のダグルを殲滅して地球に救援に行ったんだ。さらに俺の許しも得たとなれば実家に戻れるかもな」


「「!? 」」


「ゆ、勇者様……そのために私たちをこの宇宙船に? 」


「チャンスをやっただけだ。地球で不甲斐ない戦いをすればそれまでだ。あとはお前たち次第って事だ。格納庫にいるほかの元親衛隊の奴らにも言っておけ。死ぬ気で戦えとな。ほら、とっとと行け! ああ、アリエルは残れ。まだ話がある」


「「は、はいっ! 」」


 二人は立ち上がり、深く俺たちに一礼をした後にアリエルにも頭を下げた。そして早足でリビングを出て行った。


 まあ生き残ったんだ。これくらいのチャンスくらいはやらないとな。


 ったく、運の良い奴らだ。アリエルがいなきゃ俺はここには来なかったってのにな。


「勇者ワタル様……あれほどのことをした私たちをお許し頂けただけではなく、貴族に戻れるチャンスまでお与えくださるとは……なんて慈悲深いお方……まさに理想の勇者様」


「ん……命を懸けて戦って生き残ったなら当然……」


「アリエル様。ワタルさんはこういう人なんです。強くて誰よりも優しい男性なんです」 


「ご主人様はスケベでどうしようもない男ですが、同時にどうしようもないほど優しいんでやす。困ったもんでやす」


「おいっ! スケベのくだりいらなくね!? 何で素直に褒められねえんだよトワは! 」


「褒めたら負けでやすから」


「ツンデレナイ設定じゃなかったのかよ! 」


 いくらベッドでデレまくってるからって、わざわざまた俺に対して厳しいだけの設定にすることねえだろ!


「フフフ……トワ殿がオートマタ族という、新しい種族であることが世界各国で認められたと聞いた時は驚きましたが、こうして間近で見ていると確かにと納得できますね。表情といい、とてもオートマタとは思えません」


「人格がある以上は愛情を持って接すれば、どのオートマタでもトワみたいになるさ。それよりもだアリエル。ここに残された理由は分かってんだろうな? 」


 俺はどうも理解していない様子のアリエルに対し、腕を組み睨みつけながらそう言った。


「はい。地球で勇者様のパーティの一員として共に戦うためですよね? お任せください! 私が先頭に立ち露払いを致します! 」


「……カレン」


 俺は胸を叩きながら満面の笑顔で、自信満々に言うアリエルを見て目眩めまいがした。


 この女……自分がしたことも、助けに行った時に俺が言ったことも完全に忘れてやがる……


「頭がお花畑……リーゼそっくり」


「そうだな。こういう時、リーゼリットにはどうしたっけ? 」


「デコピンして泣かした……」


「これはそんなんじゃわからないだろ」


「じゃあアレをやる? 」


「ああ、頼む」


「ん……アリエル」


「はい? なんでしょうかカレナリエルさ……え? 」


 俺がカレンにGOサインを出すとカレンはアリエルの背後に回り、首すじにあるEスーツの着脱用のセンサーにエーテルを流した。


 その瞬間ピチピチだったアリエルのEスーツは一瞬でダブダブとなり、ストンと足もとまで落ちた。


 Eスーツ用の白くて面積が少ない下着姿になったアリエルは、あまりの一瞬の出来事に何が起こったのか分からず目を丸くして固まっていた。


「え? え? は、裸……きゃああああっ! カ、カレナリエル様いったい何を! 」


 俺は身体を隠すためにしゃがみ込もうとするアリエルを脇に抱え、ソファーに連れて行って端の方へと腰掛けた。アリエルは俺の膝の上に胸をつけて尻を突き出し、足をソファーの外に投げ出している。


「きゃっ! ゆ、勇者様まで! 嫌っ! こんな格好恥ずかしい! やだ! 見ないでください! 」


「おとなしくする……お馬鹿なアリエルにはお仕置きが必要」


「え? お仕置き? なぜ私が……」


「アリエル……まだわからないのか? 自分の命を軽く扱い、両親に心配を掛けて母親を泣かせ、あまつさえ悪いことをしたという自覚がない馬鹿女にはキツイお仕置きが必要だと判断したんだよ。最初に言っただろ? このプリ尻を洗って待ってろってなぁっ! 」


 俺はそう叫びながら、極細のTバックの下着からはみ出ているプリ尻を思いっきりひっ叩いた。


 バチーーーン!


「きゃあぁぁ! い、痛い……や、やめてください勇者様……恥ずかしいです……痛いです……な、仲間を救うためには仕方なかったんです……」


「一人で何ができる? 初めて会った時に、俺に挑んで負けたのにまだわかってないようだな。お前一人で何ができるってんだよ! 」


 バチーーーン!


「いぎっ! つぅぅ……で、ですが義兄に言っても兵を出すことはないと思って……」


「それで心中しようと? 俺たちが来なかったら間違いなく死んでたよな! 誰一人救うこともできずに! そんなの無駄死にじゃねえか! それでお前が死んで、残された家族はどれだけ悲しむと思ってんだ!? 自分さえ良ければいいのか!? 152歳にもなっていつまでガキみてえな考えしてんだこの馬鹿姫! 」


 バチーーーン! バチーーーン!


「あひぃぃぃっ! く、くぅぅぅ……で、でも見捨てる事なんてできなくて……」


「だから一緒に死んでやろうと? この馬鹿姫が! なぜ恥を忍んで俺に助けを求めなかった! フィロテスと連絡が取れる侍女がいたんだろうが! なぜ勇者だった俺を頼らなかった! 自分の命を懸ける前にできることを探さなかった! もうあったまきた! このプリ尻をデカ尻になるまで叩いてやる! 」


 俺はアリエルの思慮の浅さに頭にきて、そう叫びながら連続で叩き続けた。


 アリエルの尻は叩く度にプルンと何度も揺れては跳ね返り、その真っ白な尻には赤い俺の手形が刻まれていった。


 その光景を見ていたフィロテスは目を背け、トワは『ご主人様の好みの弾力値……』とブツブツいいながらインターフェースを展開してなにやら計算しており、カレンはプルプル揺れる尻を見ながら『おお~』と歓声を上げていた。


 それから5分ほどして、アリエルが本気泣きをし始めたところで叩くのを止めた。


「うぐっ……ごべんなざい……わだじが馬鹿でじた……もうじまぜん……もっどがんがえてから行動じまず……ゆうじゃざま……もうゆるじでぐだざい……おがあざまにはあやまりまずがら……ううっ……ゆるじで……」


「ふう……やっとわかったか。もう勝手なことをするなよ? 」


 俺は泣きじゃくるアリエルを隣に座らせ、トワが持ってきたシーツを肩から掛けた。


「ううっ……はい……え? 左手……お尻も痛く……ない? 」


 アリエルは肩から掛けられたシーツをたぐり寄せた際に、失ったはずの自分の左手があること。さっきまで叩かれていたお尻が痛くないことに気づき混乱していた。


「叩いてる時に治療した。手首がなくなったのを母親が見たらまた泣かせるからな。お前のお母さんはな、お前のことを心配して号泣してたんだ。そのうえほっといたら命まで断ちそうなほどに憔悴してた。それだけお前のことを愛してるんだよ。大切に想ってるんだよ。だからもう心配掛けるな」


「勇者様……私のために傷を……はい……ごめんなさい……お母様……本当にごめんなさい……」


 アリエルは治療するために切った俺の左腕を見たあと、俺の胸に顔を埋めて今度は静かに泣いていた。それは尻の痛みからではなく、心から反省している涙だった。


 そんなアリエルの髪を、俺は地球に着くまで優しく撫でていたのだった。


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