第62話

(その62)




 老人が森奥へ消えるのを見届けるとミライは自分にあてがわれている納屋に入った。

 その動きがあまりにも機敏だったので、はっきりとした目的がミライにあるのだろうとシリィは思った。続いて納屋に入るとそこで旅装へと着替えるミライが見えた。

「ミライ」

 声をかける。それに振り返るとミライは頷いた。

「シリィ、僕は行くよ」

 それだけでシリィはミライが何を言っているか分かった。シリィも軽く頷く。

「私も行くわ」

 止せ、とはミライは言わなかった。

 自分達の未来を見届ける権利を持つ者を拒む権利など有ろう筈がない。

 何も言わず、唯、振り返り黒髪の下から覗く眼差しでシリィに答えた。

「このまま森を出てルーン渓谷へ行くとローに僕達の事が丸わかりになる。それに道中、誰か遅れて来る者に見つかれば僕等の事が筒抜けになる…」

 そこで緑に染めた上着の袖に手を通した。通すと胸前の紐を閉めて言う。

「…小川沿いの道を進もう。小さな獣道だがあれなら見つからずにルーン渓谷に出る。それに『鷲の嘴』へと通じる岩道があったはずだ」

「マントを持って行くわ。あそこは上から山蛭が偶に落ちて来るから」

 そこまで言うとシリィも駆け足で母屋へと向かう。

 ミライは壁に立てかけた杖を手に取るとフードのポケットから出した石で杖先をこすった。

 杖先に炎が灯る。

 ――焔杖イシュタリ

 この杖は祖父から授かった道具だ。

 ミライは息を吹きかけ、燃える炎を消した。

(こいつなら、落ちて来る山蛭を避けることができる。やつらは火が嫌いだからな)

 ミライは納屋の外に出た。

 外に出ると既に旅装姿で緑染めのマントに鍔の或る帽子を被り、弓と矢を背負ったシリィが見えた。

 その姿にミライが声をかける。

「行こう、シリィ。僕等も『鷲の嘴』へ」

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