第47話

(その47)



 引きずられる音が聞こえる。

 それは何か、

 ミライは記憶の底に問いかけた。記憶の底、その深い暗闇の先に小さな温もりがあって、それが自分を包んでいる。

 それはどこかへと自分を運ぼうとしているだ。

 それを運ぶものが誰なのか。

「暖炉に火を点け、一人揺れる炎を見つめていると、扉を叩く音が聞こえた。一瞬、儂はリーズではないかと思ったが、それは違っていた。扉を叩く音は大きく、それは男の手が叩く音だったからだ」


 ――ロー、俺だ。トネリだ


「その声を聞いて儂は扉を開けた。するとそこには頭までフードで覆い、杖を突きながら立っているトネリが居た。その脇には大きな包みを持って…」

 老人はそこで大きな息を吸った。

 「その晩、トネリは儂が知りたかったことを伝えに来てくれたのだ。そうこの妻の肖像画と共に…」

 その場にいる全員が肖像画を見上げる。


 ――妻の肖像画…、

「おじい様…」

 シリィが首を振る。

「これは亡くなった母様では…?」

 老人が首を強く横に振る。

「それは違うのだよ。シリィ」

「でも…」

 孫娘の問いかけに祖父が強く首を振る。

「答えが違って申し訳ないのだが、違うものは違うのだ」

 言ってから優しい眼差しになって孫娘を見る。

「シリィ…、お前はとても娘のリーズに似ている。そうそれは勿論リーズとて、母親に瓜二つなのだから相違が無くてもおかしくはないのだ…」

 言ってから老人は若者を見た。若者の表情にも幾分か驚きが浮かんでいる。

「ベルドル殿の屋敷にある肖像画は恐らくリーズ本人を描いたものだろう。この肖像画は間違いなく儂の妻なのだ。その二つが似ているのは当然だ。二人は儂が今見ても瓜二つ似の親子なのだ、勿論このシリィもな…」

 老人はこの場に居る全てのものに聞こえるように言った。

「竜人族にとって、ルキフェルの伝説は隠された『悲劇』を伝えていない。それこそが、儂とベルドルンを苦しめたのだ」


 ――隠された『悲劇』


「それは…?」

 ミライが老人に問いかける。

 

 ――一体…?


 ミライの中で何かが思い出された。拾い上げられたその温かさ。

 その手を自分は知っている。

 これは、祖父…。

 顔を上げて老人を見る。

 老人はミライを見つめている。

「そう、ミライ。儂らの知らぬ『悲劇』…それを誰よりも良く知っていたのはお前の祖父トネリなのだ。だから儂は呼んだのだ、お目の祖父を呼び鳥と伝書鳥を使って」

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