第40話

 社会的に人が一人消えてしまうということは尋常なことではない。子供であれ大人であれ、いなくなってしまったら誰かが警察に通報したりするものだ。特にいなくなるのが子供であれば親は半狂乱で探し回り、周囲にも手段を選ばず協力を求めるだろう。少なくとも私ならそうするに決まっている。


 ところが消えたあの子のことは近所でも噂にならなかったしメディアを通じて報道されることもなかった。


 消えた子の親は何をしているのか。そして私たちと同じように公園であの子と遭遇していた親子も他にいただろうに、なぜ消えた子の存在に触れることなく皆口を噤むのか・・・。


 理由はわかる。関わりたくないからだ。


 嫌悪感をも上回る忌避感。異様なものと関わることで安全で温かい世界が壊されることを回避したいと願う平均的な個体が持つ標準的な本能が働いているのだろう。私の中にもこの本能は根付いている。だから私も口を噤む。


 親に構ってもらえず一日中公園でさ迷うしか術がなさそうだったあの子の世界はどうなのだろう。生まれた時からすべてが破壊されていて、大人から守ってもらえずにいたあの子は今、どこかで平均的で標準的な暮らしはできているのだろうか。


 キッチンで立ったまま私は桃香の残したトーストの耳を齧りながら意味のないことを考える。

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