第29話

 桃香のタオルケットをかけ直すために体を無理矢理起こしてみたが、立ち上がるほどの気力は湧かず、タオルケットを整えたらまた布団にごろりと横になってしまった。


 夏、朝、暑さ、子育て、仕事・・・起きた途端に襲って来るであろう心身への負担を考えると、まだ何も始めていないのに疲労感に潰されてしまいそうになる。二度寝をしない覚悟で少しだけ目を閉じた。


 運転しているクーラーの音がじんわりと響く。冷えてきた部屋は機械の透明な存在感のおかげで心地良く感じられた。一定の低い機械音を聞いていると意識が少しずつ溶けていく。ずっとこのままでいたかった。仕事のことも家のことも全部忘れて・・・。


 しかし『家のこと』という言葉が頭に浮かんだ瞬間、心臓が跳ねた。そうだ、ゴミ!!今日はゴミの日だった。


 慌てて飛び起き部屋を出て、ベランダのある部屋まで私は一目散に駆けた。今週は燃えるゴミが二袋もある。この炎天下にただ置いているだけでも異臭がし始めているのに、今日出し忘れてさらに数日置いていたら悲惨なことになってしまう。



 ベランダの部屋に飛び込んで壁にかけている時計を見た。収集の時間までまだ二十分ほどある。ゴミの日を思い出せた安心感と時間の余裕を知って、床にへたり込みそうになった。まだ間に合う、まだ間に合う・・・。


 些細なことながら、寿命が縮むような思いをして私の夜は終わった。




 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る