スポットライト~魔法にかかった舞台~

相内充希

前編

 忘れられない光景がある。



 あれは私、清水結衣が所属する演劇部の、中高合同の地区大会が終わった週明けのことだった。

 今年は地区大会で敗退した我が城西中学演劇部は、昨日の日曜で三年生が引退。

 この日は二年生の森嶋里香先輩が新たな部長になって、はじめての部活の日だった。そこで森嶋先輩、もとい森嶋部長は私たち一年生に爆弾を落としたのだ。


「来月の学習発表会、一年生全員キャストね」

「きゃ~~~~!」

 一年生、大悲鳴。


 うちの部でいうキャストとは舞台に立つ役者の事で、裏方のことはスタッフと呼んでいた。普段大会用の劇の時は、部内でオーディションをやって役を決めていたし、昨日の大会で舞台に立てたのはほとんどが先輩で、その年の一年生で役が付いたのは木之元麻衣一人だけだった。

 学校内だけの小規模舞台とはいえ役が付く! ということで、ほとんどの一年生はいろんな意味で悲鳴を上げたわけだ。


 ちなみにうちの中学では、当時は一年おきに文化祭があった。文化祭の時は学校内ではなく近所の文化センターの大ホールを借りて、保護者やチケットを持った先輩や地域の人なんかが見守るなか文化部や各クラスが合唱などの舞台発表をする。でも文化祭のない年は、校内で生徒限定の「学習発表会」になる。一日目はクラスごとにゲームや展示物など教室で出し物をして、二日目は生徒全員が集まった体育館の舞台で文化部やダンス部などが発表をする。こちらは保護者も含め外部の人は入らない、校内限定、生徒と先生だけのお祭りなのだ。


 演劇部は、都大会に出場になる年や文化祭の時は三年生もいるから、大会の劇をそのまま発表する。だけど今年のように早々に三年生が引退した年は、一・二年生で違う劇をするのだそうだ。

 とはいえ、発表会まで二週間ちょっとしかないんですけど!


「脚本はこっちで勝手に選んだから。オーディションはなしね。やりたい役のところに名前書いて。重なった時はじゃんけんなり話し合うなりして」


 部長、二つ目の爆弾です。

 好きな役を選べるなんてすごくない?


 そうはいっても、文化部とはいえ中身は体育会系チックなうちの部では、まずは先輩が役を選ぶ。そのあとを見計らって残りを一年生がとることになるんだけど。


 この年まで演劇部は二年生が四人、一年生が五人しかいなかった。

 引退した三年生も四人。

 次の年、演劇アニメの再放送の影響で一年生が十五人も入るんだけど、この年までは本当にこじんまりとした部だったからできた出来事なのかもしれないね。


 先輩が選んだ脚本は「真夜中のおもちゃ箱」だった。

 お母さんの出産でおばあちゃんの家にお泊りすることになった女の子が、夜中に動き出した、おばあちゃんちのおもちゃと冒険をするお話。

 おもちゃたちの掛け合いが面白くて、うちの県では人気のある脚本。春の親睦大会でも秋の地区大会でも必ずどこかが上演していたので、みんな内容はばっちり頭に入っていた。

 これをれるんだ! とみんな嬉しくてテンションが上がる。


 ただ、とにかく時間がないので、おもちゃは全部衣装を私服でアレンジできそうな人形に変更。大道具などは用意してる余裕がないので、大会用に作った大道具と、部長の実家から借りたビール瓶のケースをそのまま流用することになった(部長は森嶋酒店の娘さんだった)。

 普段使うような色付きのライトはなし。

 音響も顧問の大貫先生が最低限流してくれることになった。

 ただ今回の衣装は各自で用意するので、そのあたりも考えて役を選ばなきゃいけないんだよね。


 結果、部長は王子様の人形、副部長の時田先輩は主人公の芽衣ちゃん。ほか二人の先輩はお転婆なカウガールの人形と、お母さん人形のマリア役とナレーションを兼務することに決定し、私たち一年生ももそれぞれ役を選ぶ。


「えりもっちゃんはどの役にする?」


 私は、ああでもない、こうでもないとわいわいしてる私たちの横でニコニコしている恵里萌香えりもえかに声をかける。名前みたいな名字の女の子で、みんなは名前を略してエリカってよぶけど、私だけはえりもっちゃんと呼んでいる。

 単純に友達の名字にちゃん付けで呼ぶのが好きなので、なんとなくそうなった。それならエリちゃんだろうって? だってえりもっちゃんのほうが呼びやすかったんだよ。


「エリカもちゃんとキャストをやるんだよ」


 すかさず部長にも釘を刺されて、えりもっちゃんは苦笑いのような表情を浮かべた。


 えりもっちゃんは自称「裏方のプロ」で、小道具や大道具だけじゃなく、衣装やメイクまでなんでもこなす。作ることが大好きなんだとかで、うちみたいな小さな部には欠かせない部員だった。

 裏方だけじゃなく、時には欠席の人の代役までこなすから、けっして演技ができないわけじゃない。私はむしろ木之元ちゃんよりうまいくらいだとひそかに思ってるんだけど、彼女はあまり前に出るのが好きじゃないんだそうだ。

 余りの役でいいと言いそうなので、絶対希望を言うようにと先輩にも言われ、えりもっちゃんが選んだのはトムという男の子の人形だった。


 今年の一年生は、私を含めわりとお姫様願望が強い部員が集まってるし、男子部員がいないのでトムは確実に残りそうだった。だから、もしかしたら気を使ったのかな? と思ったけど、トムがいい! とニコニコしながら言うからそれで決定。私とほかの二人の一年生はお姫様人形の三姉妹で、木之元ちゃんはトムの相方みたいなジャックという男の子の人形になった。


 あの二週間は、文字通り飛ぶように過ぎて行ったと思う。

 一番苦労したのはセリフの暗記。

 クラスの出し物の準備もしつつ、部活では読み合わせもそこそこに舞台で立ち稽古を始めた。

 普段だったら読みあわせだけでたっぷり一か月はかけるのに、だよ?

 しかも演技の途中途中で変更が入るし、もちろん授業は普通にあるし、家に帰れば衣装も準備してる。元々そんなに記憶力のよくない私は、あまりにもセリフが覚えられなくてかなり落ち込んだのが、なんと本番一週間前。あと七日で本番なんて無理だよって、泣けてきた。


「えりもっちゃんは、どうやってセリフを覚えてるの?」


 クラスの出し物用のポスターを一緒に塗りながら、すでにセリフ完璧なえりもっちゃんに聞いてみる。私の倍以上セリフがあるのに、ほとんど数日で覚えてたと思うんだよね。

「結衣ちゃんはどうやって覚えてるの?」

 逆に聞かれてしまったので、台本の自分のセリフのところに線を引いて何度も読んでると答える。


「私は、単語帳の表に自分の前の人のセリフを書いて、裏に自分のセリフを書いて覚えたんだ」


 なんと、まさかの単語帳。

 私、勉強でも使ったことがなかったわ。

 でも、確かに自分の前のセリフがわからないと自分のセリフが出てこないかもしれない。私はお礼を言って、さっそくお母さんにコンビニで単語帳を買ってきてもらった。

 その夜から単語帳に前のセリフと自分のセリフを書いていったんだけど、この書く作業がよかったのか、驚くことにその二日後にはセリフが完璧に頭に入ってたのだ!


 大学に入った今も演劇を続けている私が、セリフを覚えるのに単語帳を使ってるのは、この時の経験に味をしめたからなんだよね。


 ふだん部活は五時までなんだけど、最後の三日間は大貫先生が許可を取ってくれ、だれもいない暗い体育館の舞台で、閉門ギリギリの七時まで練習をした。

 いつもより声が響くせいか、セリフが完璧に頭に入ったからかはわからないけど、先輩や木之元ちゃん、えりもっちゃんと演技をしていると、すごーく演技がうまくなったような気がした。

 暗い学校の暗い体育館で、舞台だけが光に満ちてて明るくて、そこにメイクして衣装を着て演技する私たち。それはすごく不思議で、なんだか特別で、とってもわくわくした。

 それはまるで、現実から切り離された別世界に見えたんだ。


   *  *  *


 ふわふわして、妙に気分が高揚したまま、学習発表会当日になった。


 衣装もばっちり。舞台メイクも、慣れないながらも練習したのでばっちり。

 大きな鏡の前でお姫様姉妹のみんなとドレスを褒めあってると、えりもっちゃんと木之元ちゃんが準備を終えたのが目に入って、思わず息をのんだ。


「かっこいい!!」


 かっこいいしか言えない!

 本番用に完璧にメイクをして衣装に着替えた二人は、どう見てもかっこいい一対の少年人形だった。まるでアイドルだよ。すごいわ。

 特にえりもっちゃんなんて、ふだんは奥二重の涼しげな目元なのに、メイクでぱっちりしてて、いたずらっ子みたいなキラキラお目目でびっくり! これは是非コツを教わりたい! と学年関係なく彼女に詰め寄ったのは言うまでもない。


 惚れるわー、とか、彼女にして! とかみんなで茶化すけど、みんな半分マジだったんじゃないかしら。

 そんな声にこたえて、二人でウインクなんかサービスしてくれるから、一瞬本気で鼻血が出そうになったことは内緒です。



 そして本番。

 芽衣ちゃん役の時田先輩以外、みんな幕の閉じた舞台の上で人形になる。

 幕が開いて、夜のシーンが来るまで人形たちはピクリとも動かないのだ。


「次は、演劇部によります舞台、真夜中のおもちゃ箱です」


 ビー――――……



 司会のアナウンスとブザーのあと、ゆっくりと幕が開く。

 さあ本番だ。

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