三四、終わりの始まり
「ブジュウウウウウウウウウ!」
真っ先に動いたのは、鉄扉側のカニ人間!
ピンクのプテラノドンへ向け、泡を発射したのだ!
「ガガァ!」
しかし、ピンクのプテラノドン――サトちゃんの飛翔は軽やかだった。舞うように一回転し泡を避けると、翼をたたみ急加速した!
「うおおおおおおおおおおッ!」
その背中でアサクラが叫んだ!
ショットガンが火を噴いた!
「ジュバッ」
巨大な弾丸がカニ人間の頭部を爆散させた!
サトちゃんは翼をひらき、屋上周囲を旋回飛翔!
「ブブ……!」
残る二体のカニ人間は、その行方を追って体面をめぐらせた。蠢く口器には、泡がため込まれていた。時間差射撃で、確実に仕留めるつもりなのだ!
「ガガアアアアアッ!」
「ジュジュア!」
ところが、そこへ複数のプテラノドンが襲いかかり、カニ人間は迎撃を余儀なくされた!
「うぎゃああああああああああ!」
一方、鉄扉側ではチンピラの断末魔!
ある者は空に連れ去られ、ある者は無数のクチバシに啄まれて肉をこそげ落とされていく!
「ぼ、ぼくたちも!」
混乱に乗じて、ハシモトが声を張りあげた!
弾き飛ばされたアサルトライフルを拾い上げ、カニ人間目がけ構える!
戦意喪失していた兵やマスナガも、我にかえり追随!
「ガァ! ガァ!」
「ブジュウウウ!」
とはいえ、プテラノドンとカニ人間の攻防は苛烈だ。
狙いを定めるのは至難の業。
プテラノドンはクチバシを弾き返されながらも臆することなく群がり、カニ人間は致命的な捕縛攻撃を高速横歩きで回避しつづけている。
ハシモトは一際大きなピンクのプテラノドンに目をやり、その名を叫んだ!
「サトちゃあああんッ!」
舞い戻るサトちゃん!
アサクラが、その長い首を撫でる!
「ガガアアアアアッ!」
すると次の瞬間、サトちゃんが甲高い鳴き声をあげた!
群がったプテラノドンが一斉に飛びたった!
生身のカニ人間があらわとなる!
「カニみそぶちまけなァ!」
そこにハツが鉛玉を浴びせかけた!
ハシモトたちも追随し、二体のカニ人間を無様に躍らせる!
「ヒエアアアアアアアアアアア!」
とほぼ同時、屋上鉄扉から新手!
狂乱したチンピラが駆け込んできたのだ!
「失せろ」
だが、そこにひとり振り返った人物がいた。
メガネを埋めこんだ、リクルートスーツ姿の若者。
マスナガである。
その手に握られた拳銃が、チンピラの額へ吸いつくように動いた。
パン! パン! パン!
弾丸は狙い過たずチンピラの額を貫いた!
「「ジュバババババババ!」」
カニみそを散らした二体のカニ人間もまた、屋上の縁へと倒れこみ姿を消した。
その後の戦いは一方的だった。
逃げ惑うチンピラたちは、空を舞うプテラノドンと戦意をとり戻したハツたちを前になす術がなかった。
グラウンドに集結した残党も、こちらに分はないと判断したのか撤退行動を開始した。
「ガガァ!」
やがてプテラノドンの群れは、家々の屋根や屋上の縁、〈ゆめおって〉の広場をとり囲む景観樹などに降りたった。
サトちゃんが屋上の中央で堂々と翼をたたむと、その背中からアサクラが降りてきた。
「……アサクラ」
その場にいた誰もが、その個性的な佇まいの男に畏敬の眼差しを注いだ。
なんと言っても彼は、プテラノドンに乗って戦況を覆してみせたのだ。
おかしな服装との相乗効果で、その姿はますます英雄めいて見えた。
この場に残ったわずか十数人の同志を見渡し、ハシモトが訊ねた。
「勝ったんですね」
「……」
誰も笑いもうなずきもしなかった。
夢を見ているような心地がしていた。
それをアサクラが現実にした。
その拳が天に掲げられたのだ。
「おおぉおおぉぉぉおおおおおぉおおぉぉおおおおおぉ!」
同志たちは、ようやく快哉を叫んだ。
その声と呼応するように、天使の梯子が次々と降りてきた。
やがて、そのひとつが屋上にも降り注いだ。
誰もが拳をあげ、アサクラをとり囲んだ。
方々にとまったプテラノドンたちも、それを祝福するように鳴いた。
「……そうか」
ところが、マスナガはその輪から離れ、ひとり立ち尽くしていた。
カツヤマ橋のほうへ撤退していく雑兵どもの背中を見ているうちに、あることに気が付いたのだ。
それはこの校舎要塞に敵が迫ってきた瞬間、マスナガの抱いた違和感の正体だった。
奴らはカツヤマ駅とは反対の方角から攻めてきた。
つまり、フクイ市から差し向けられた軍勢ではなかった。
そもそも奴らは、この校舎を攻めるつもりはなかったはずだ。
何故ならあの軍勢は、フクイ市へ差し向けられたものだったからだ。
それを敵襲と勘違いし、先制攻撃を仕かけたことで衝突が起きたのだ。
今になって思えば、パチンコ屋襲撃直前のチンピラの会話も不自然だった。
『見たってぇのは――だよな?』
『いいの――こんな時に』
『――とき、だからこそ――しめが、団結を――』
奴らには、マスナガたちを処分する以上の目的があった。
だから、パチンコ屋にたどり着いて二週間、平穏な日々を過ごしていられたのだ。
あの時、パチンコ屋が襲撃を受けたのも、おそらく今回と同じだろう。追手ではなくフクイ市へ向かっていた連中が、ついでにマスナガたちを処分しようとしたのだ。
では、その目的とは――考えるまでもなく明らかだ。
県庁襲撃が、始まろうとしている。
――
そこは波打つことない鏡のような水堀に囲われている。その広大な土地を支えるのは堅牢な石垣である。石と石の間からは、怪物の牙のごとく忍び返しが設けられており、石垣のうえに張り巡らされた人工樹林の根元には、逆茂木まで埋め込まれている。さらに、フクイ市街との接点となる三本の跳ね橋は、いずれも天を向いていた。
その城のような佇まいは、実際、かつてこの場所にフクイ城本丸があったことに由来するものだ。
現在では天守の姿など見る影もないが、その代わりとばかりにフクイ県議会議事堂、フクイ県警察本部、そしてフクイ県庁本庁舎の巨大な箱型建造物が鎮座している。
キキーッ!
フクイ城址の水堀を、夥しい数の大型トラックが包囲したのは、遠いカツヤマの地で、プテラノドンが校舎を制圧するおよそ数分前のことだった。
大型トラックのコンテナには、例外なく油揚げペイントが施されている。
油揚げのゲリライベントが開催されるのだろうか?
通行人は当然そう考え、トラック群に一瞥を投げるのみ。油揚げ大国フクイで、それを不審に思うものなどいるはずもなかった。
ところが、実際車内に待機していたのは、顔面にカニの刺青を刻んだ者や、カニ刺繍のジャケットを羽織った者たち。
すなわち〈クラブラザーズ〉。
彼らは狡猾なカモフラージュによって、県庁を包囲したのである。
「よォし」
中でも、とりわけ巨大で精緻な油揚げペイントを施したトラックの助手席から、その呟きは吐きだされた。
ダッシュボードに足をのせたその男は大柄で、顔面の半分が焼け爛れていた。目だったものは深いしわの奥に隠れ、鼻の片割れからは白いものが覗いていた。身体の半分が死にとり憑かれているかのようだった。
彼の名はモリヤマ。
かつて〈フクイ解放戦線〉を裏切り、支配の衝動と暴力の力によって〈クラブラザーズ〉の頂点に君臨する男である。
「準備が整ったみてェだ」
モリヤマが獰猛に笑うと、運転席のメガネ移植者は震えあがった。
その震えを力で押さえつけようとでもするように、モリヤマはメガネ移植者の肩を掴んで言った。
「コンテナ開放の指示をだせ」
直後、集結したトラックのコンテナが一斉に開け放たれた。
中から現れたのは巨大な水槽だった。
待機していたチンピラたちがその横蓋を開けると、水とともにぶよぶよとした巨大なゼリーのようなものが吐きだされた。堀の凪いだ水面に幾重もの波紋がひろがっていく。
『警告! 警告!』
システムはすぐに異変を察知した。
警察本部から、けたたましいサイレンとアナウンスが吐きだされた。
『異物の放出をただちに中止しなさい。異物の放出をただちに中止しなさい。本庁は武力行使を惜しみません』
〈クラブラザーズ〉は、構わず水槽の中身をぶちまけ続けた。
放出が終われば、チンピラたちもまたトラックから溢れだした。
そして、何を思ったか水堀へ身を投じはじめたではないか!
「ヒエアアアアアアアアア!」
嬉々として飛びこんでいくチンピラたち!
だが、これは狂気に駆られた集団自殺ではなかった。
チンピラたちは、すぐに水面へと浮上してきたのだ。
「ホアアアアアアアアアア!」
その足許は水槽から放出された巨大なゼリーによって支えられていた。
否、ゼリーではない。
水面に浮かび上がった、直径二メートルほどのそれは、エチゼンクラゲの傘である!
「いくぜェ!」
モリヤマも、エチゼンクラゲにとび乗った。
巨大な傘は、大男の身体すら悠々と受けとめた。
「ハッハァ!」
モリヤマは莞爾と笑んだ。
そして、がらんどうの眼を見開き、景観樹の間隙にそびえ立つフクイ県庁を睨み据えたのだ。
「さァ、戦争の始まりだァ!」
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