十六、強襲するハサミ

 奥のパチスロ台の陰にハシモトを押し込むと、マスナガは行ってしまった。比較的バリケードに近い台の横で、連中がやって来るのを待ち構えたのだ。


「マスナガアアアアアアッ!」

「ここにおんのはわかっとるぞ!」

「へしこの匂いすっぞ!」


 チンピラの怒号とともに、得物がバリケードを打ち音が響きわたる。

 とても長くはもちそうになかった。じきにチンピラが雪崩れこんでくるだろう。


 その時、ぼくに何ができる?


 震える手を握りこみ、ハシモトは考えた。

 ショットガンはない。自衛のためにアサクラが持っていってしまったからだ。


「じゃあ、これは……」


 と、スタンガンを取りだしてはみたものの、それで敵襲を退けられるくらいなら、いちいち悩む必要はない。

 下手に接近戦など仕かけようものなら、囲まれて袋叩きに遭うのは自明の理である。


「これも、ダメか……?」


 カツヤマ橋では大いに役立ったフラッシュバンも、今回ばかりは心許なく感じられた。

 店内まで侵入してきた敵には間違いなく有効だが、外に残った敵には、効力を十分に発揮できない恐れがあるからだ。外に出る瞬間を叩かれては、なす術などない。


「おら、マスナガァ! コラァ!」


 その時、ドンと重いものを叩きつける音が響いてバリケードが倒れた!


「ヒエアアアアアアアアア!」


 チンピラが大胆突撃入店!

 それを、いらっしゃいませと言わんばかりに銃声が迎え撃つ!


「にぃ、ん……ッ」


 先頭チンピラの額に穴が開いた!

 が、倒れかけたその亡骸を、真後ろにいたチンピラが掴んで盾にする。

 さらにその両脇から、複数人のチンピラが入店!


「ヒエ!」「ヒエア!」「ヒエアアアアアアアアア!」

「ういっ」「ういんっ」「うひいいいいいい……んっ」


 マスナガの狙いは正確無比。いずれも額や胸を射抜き、チンピラを即死させる。しかし、その連続射撃を、チンピラ入店頻度が上回る!


「うっ、てぇ、ヒエア!」


 肉壁を掲げられれば、銃の殺傷力も半減する!

 明らかに勝ち目はない!

 死のタイムリミットを、わずかに先送りすることはできても――!


「なにかないのか……!」


 無力感に苛まれながら、ハシモトは台に拳を叩きつけた。ドル箱が跳ね、足許に落ちた。それを目にした瞬間、頭に電流が駆けぬけた。


「これ、これだ……!」


 ハシモトは閃きに従い、店内を見回した。台を破壊するのに、なにか得物が必要だった。

 しかし店内には、椅子一脚たりとも転がっていない。


 精々、得物と呼べそうなのは、一度は無用の長物と見做したスタンガンくらいだった。だが、これを打撃武器として用いれば間違いなく壊れる。武器をひとつ失うことになる――。


「ヒエアアアアアアアアア!」


 いや、構わない。チンピラの叫びが、それに応える銃撃が、迷いをふり払った。

 ハシモトは落ちたドル箱を台にセットし直した。

 そして、気でも狂ったようにスタンガンで台を叩きはじめたのだ!


「うりゃあぁああぁああぁああぁあああぁぁ!」


 そこに、ハシモトの欲するものがあるかどうかは分からなかった。

 この金属の棒で、自分の貧弱な力で、台をこじ開けられるかも定かではなかった。

 それでも、やるしかなかった。

 迫りくる死を受け入れるより、生き残ることを望んだ。そのために、足掻くことを選んだのだ。


「頼む、たのみます神様……! なんとかしてくださいッ!」

「ヒエアアアアアアアアア!」


 必死の神頼みは、すぐにチンピラの怒号と銃声にかき消される。

 台の表面はへこみ、液晶はひび割れても、目当てのものが出てくる気配はない。折れ曲がっていくスタンガンのほうが、中身をぶちまけてしまいそうだった。


 パン! パン! パン!


 銃声も鳴りやむことはなかった。

 焦燥が胸にのたうった。

 汗がにじみ、スイングしたスタンガンが手の中で滑った。

 すっぽ抜けることはなかったものの、とっさに掴んだその指はスイッチを押していた!


「しま……ッ!」


 目の前が青く染まった。スタンガンに雷弧が跳ね、それが筐体をぶっ叩いて爆ぜた。鋭い電気の鞭が、四方八方を打擲する!


「うわァ!」


 ハシモトは目をつむり、尻餅をつく。今度こそ手離したスタンガンが、床を滑る音がした。

 なのに、目の前がまだ薄ら青かった。

 眩しさに顔をしかめつつ瞼をもちあげた。


「こ、これは……ッ」


 パチスロ台に光が点っていた。ひび割れた液晶画面に、ノイズで乱れた歪な海原が映し出されていた。恐竜を従えた人魚が画面にフェードインすると、『ヤオビクニ物語』の文字が浮かび上がった。

 そして、一際激しいノイズが生じた次の瞬間。


「ボーナスタアアアアアイム!」


 騒々しいBGMとともに、スロットが回りだしたではないか!


「チャ、チャンスだぁ……!」


 ハシモトは興奮のあまりパチンコ台にしがみつき、ぴょんぴょんと跳ねた!

 スロットボタンを、ひとつずつ慎重に押していった!


 ……モササウルス!

 ……モササウルス!


「いいぞ……!」


 ……へしこ!


「ッざけんな!」


 ハシモトは憤慨し、台を思い切り蹴りつけた!

 すると、へしこマークが上にはねあがった!

 モササウルスのマークで――止まる!

 スリーモササウルス!


「オ、オオッ、オオアタリイイイイイ!」


 筐体から奇怪な電子音声がなり響き、夥しいパチンコ玉が吐きだされた!


「オラオラァ! どうした、マスナガ!」


 そこに混じるチンピラの嘲笑!

 マスナガの許に、チンピラたちの魔の手が迫っている!


「マスナガさん、今行きます……ッ!」


 ハシモトはドル箱をべつのものに差し替え、玉で満たされたドル箱を手にかけ出した!

 そして、マスナガの側面へ回りこもうとしていたチンピラの前に立ち塞がった!


「なんやこいつッ!」

「くらえ!」


 突然の新手に動揺したチンピラの足許目がけ、ハシモトはパチンコ玉をぶちまけた!


「なんかわからんが死っ、おわッ!」


 かまわずバールのようなもので襲いかかったチンピラは、玉で足を滑らせ転倒した!

 その手からこぼれ落ちた得物を手にとり、ハシモトは敵の後頭部を殴りつける!


「えんっ」


 チンピラ気絶!


「おわわわわわッ!」


 そこに駆けつけたチンピラたちも、同様に足を滑らせ転倒する!

 ハシモトは玉を吐き出し続ける台へとって返し、ドル箱交換。別の通路にパチンコ玉を流しこむ。


「おわっ!」


 肉壁をかかげていたチンピラも次々と転倒し、それを銃撃が容赦なく片付けていく!


 ハシモトは、弾倉マガジン交換するマスナガの後ろに、背中合わせに立った。肩越しに頷き合うと、台を回りこんで襲い来るチンピラたちに再び反撃した。足許の覚束ないチンピラたちなら、ハシモトでも十分に対処可能だった。


  一度はチンピラの間合いに追い詰められかけたマスナガも、次第に彼我の距離を拡げていった。



「ブジュウウウウウ……」


 ところが、ここに来てカニ人間が姿を現したではないか。

 暴力の化身が威圧的に両腕をかかげ、バチンとハサミを打ち鳴らす!


「ひぃッ……!」


 それだけでハシモトは戦意を失いかけた。

 やはり、強烈なビジュアルである。


「チッ……」


 だが、問題なのはその姿ではなく、カニ人間に対抗する手段がないことだった。あの甲羅の前では、拳銃など豆鉄砲にも等しいのだ。口の中に弾丸をぶち込まない限り、殺すことなどできはしない。

 窮状を撥ね退けた転倒作戦も、いよいよ破られようとしていた。


「おふっ! おふっ!」


 信じ難いことに、幾人かのチンピラが床に寝そべり、人肉の橋を築き始めたのである!


「おふっ! おふっ!」

 踏まれたチンピラの呻き声が、そのまま敵の跫音きょうおんと化した。

 正確無比なマスナガの射撃は、確実に敵を減らしていったが、死体が増えれば増えるほど、それもまた肉の橋の一部となって、チンピラどもの足を速めさせた。


「ブジュウウウウウウウウウ!」


 泡攻撃を警戒すれば、命中精度も落ちた。

 ハシモトにいたっては、パチンコ台の陰から出ることさえままならなかった。


「やっぱり、これしかないか」


 やむを得ずフラッシュバンを手に取ると、マスナガから首肯が返ってきた。

 ハシモトは唇の動きだけでカウントを伝え、三、二、一でピンを抜いた。

 と同時、マスナガはパチンコ台からとび出していった。


「ブジュウウウウウウウウウ!」


 とたんに放たれた泡が、スーツの裾をかすめた。

 しかし追撃をかける間もなく、前転したマスナガは別のパチンコ台の陰へ消え、それと入れ替わるようにして、ハシモトがフラッシュバンをアンダースロー投擲する!


「ジュジュ、ッ!」


 カニ人間の狼狽とともに、円筒が閃光と叫喚を撒き散らした!

 耳から手を離したふたりは頷き合い、ここぞとばかりにパチンコ台をとびだす!


「えっ……」


 ところが、間もなくハシモトは足を止めた。


「ブジュ」


 眼前に、カニ人間がいたのだ。

 次の瞬間、そのハサミが槍のごとく突き出され、マスナガを切り裂いた。

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