第4話 逃亡とかくれんぼ

俺を伴い帰ったジュリは、さっそく教会中をパニックの嵐に突き落とした。


「お願いですジュリウス様、どうか考え直してください!」


「いえ、これは神の啓示、神のお導き。

神は私に此処におられる神の御子と共に、旅に出るよう仰ったのです。」


神の御子っていったい誰の事だ?


「しかしあなた様に教会を去られてしまっては、

この国は混乱を極めるのは目に見えています。

いえ滅びてしまうと言っても過言ではありません。」


「国王様に何て報告をすればいいのでしょか。」


「そのような事を言っても、これはすでに決定事項なのです。

それともあなた方は、神の意思に背こうと言うのですか? 

神に剣を向けると言うのですか?

神に戦いを挑むというのですか!」


確かにジュリは実力は有るのかもしれない。

こんなに頼りにされているのだから。

しかし神の啓示ってなんだ?

ただジュリが俺と共に行きたいが為のホラじゃないか。

それをあんなに堂々とゴリ押ししているとは。

俺が言うのもなんだが、お前の方が神とやらに背いていように見えるぞ。

なー、自分の欲求を優先するような教祖を置いておくより、

とっとと去らせた方が、国の為にはいいんじゃないか?

あれ?でもよく考えてみたら、いつ俺がジュリを連れて行くって言った?

俺はまたジュリの面倒を見なくちゃならないのか?

いや、それは無しだろう。

そう思い付いた俺は、そ~とその場を離れようとした。


「どこへ行かれるのですか神の御子よ。」


とまた腕をバシッと捕まれた。

今日二回目だな…。


「いや、ちょっとトイレへ…。」


「トイレはそちらではありません。」


ジュリはニコっと笑いながら言う。

逃がす気はないぞという訳か。


「今わたくしがご案内しましょう。

それでは皆様ごきげんよう。

皆様の上に神のご加護がありますように。」


「そんな!ジュリウス様。なにとぞお考え直して下さいませ。」


「ジュリウス様!」


「お願いいたします。ジュリウス様!」


追いすがる信者たちをしり目に、

ジュリは俺の腕をぐいぐい引きながらドアから出た。

本当にいいのか?

こんなにお前を頼りにしている者たちを、あっさりと捨てていくのか?

そんな俺の表情を読んだのか、


「そんな顔してもだめですよ。ちょうど良い引き時だったのです。」


そう言うと、ジュリは少し悲しそうな顔をして、俺ごと転移魔法で移動した。

おい、もう日が暮れるぞ。

今から何処へ行こうって言うんだ?




ここは何処だ?現在のこの国に来て日が浅いから、俺に見知った場所は少ない。

つまりここが何処だか、全然分からないんだ。


「お待たせしました。トイレはそのドアの向こうです。」


「いや、いい。」


あれは言い訳だと、気が付いているんだろ?


「ここは何処だと言う顔ですね。

ここは町の北の外れに有る私の隠れ家です。

屋敷に戻ると、すぐに国や教会の手が回るでしょうから、

もうあそこには戻りません。」


そうだろうな。

あの様子では、国はジュリを監禁してでも、この国に留めようとするだろう。

まあジュリが簡単に拘束できるかどうかは別にしての話だが。


「なにか理由があったのか?」


俺は近くの椅子をすすめられ、座りながらジュリに尋ねた。

さっきの言葉が気になるんだ。


「当たり前ではありませんか。

私だってそれほど無責任ではありませんよ。」


ちらっと俺を見、また話し出した。


「実はこの教会いえ国は、長い間私一人に頼り過ぎになってしまったのです。

教会の仕事だけではなく、国政にまで私を引っ張り出す始末なんです。

確かにハーフエルフの私は、人よりも長く生き、それなりに知識もあります。

だからでしょうか、

貴族や城の中枢は自分たちで考え、行動を起こす事が少なくなり、

国王ですら私に伺いを立ててくる始末になったのです。」


「どっちが主だ?」


「そうですよ!」


ジュリは手際よくお茶を入れながらも、きちんと説明してくれている。


「他にエルフ族はいないのか?」


「おりますがとっくにこの国の政に愛想を尽かし、

山の奥の奥の奥~の方に隠れ住んでしまいました。

しかし、このままでは国が衰退してしまいます。

いい加減私を頼らず、自分たちで考え歩いて行くべきです。」


「そうだな、この状態がどれぐらい続いたんだ?」


「大体60年近くですね。

それでも最初のうちは私や他のエルフに、

アドバイスを求める程度だったのですが、

徐々にエスカレートしていって‥‥。」


「残ったお前に頼りっきりになったと。」


「はい。

あっ、お師匠様はお砂糖は3つでしたね。」


おお、良く覚えていてくれたな。

手渡された紅茶をすすりながら、話を続ける。

ジュリもカップを片手に俺の正面に腰をかけた。


「しばらく前から考えていたのです。

いくら私がエルフの血を引き継いでいるとはいえ、

永久に生き続ける訳ではありませんから、

いいかげんこのシステムを変えなくてはと。」


「まあ、その方がいいだろうな。」


「で、お師匠様を利用するみたいで申し訳ありませんが、

これを機会にここから出て行きたいのです。」


「しかし、いきなりと言うのはまずいだろう。」


「大丈夫です。

実は思い立った時から少しずつ準備はしてきたのです。」


「ほうっ。」


「私に一番近い魔術師に考えを伝え、

色々と話し合った結果、この国の第一皇子に秘密裏に面会を申し入れ、

王子の側近を交えこの国の将来を話し合いました。

まあざっくり言えばこんな感じです。」


「ホントざっくりだな。」


「詳細が聞きたければお話ししますが?」


「いや、話が長くなりそうだからいい‥‥。」


「おや、そうですか。 

という訳で、準備はすでに時間をかけ、根回しも済んでいるのですよ。

後はいつどのように実行に移すかと言う時に、

お師匠様が現れてくれたという訳で、

これぞ神の思し召し以外の何ものでもありません。」


まあ俺の事は言い訳に使ってくれてもいいが、

実際に付いて来る必要は無いのでは‥‥。

ああ、ついて来るのね、やっぱり。

お茶を飲み終わったジュリは、

立ち上がるとマジックボックスに、次々と荷物を放り込んでいく。


「必要な物は、すでにこの家に移しておいたのですが、

さすがに急だったので荷造りはまだでした。

少々お待ち下さい。」


「お待ち下さいって、

待つのはいいが、まさか荷造りが済み次第出発という訳ではないだろう?

もう夜だぞ。」


「私の育てた兵隊を甘く見ない方がいいですよ。

自分で言うのもなんですが、かなり優秀です。

いつ此処も突き止められるか分かりませんので、

早めに行動した方がいいでしょう。」


「だが俺は今日、かなりハードスケジュールでダンジョンから出てきたばかりで、疲れているし、腹も減った。」


そう言えばダンジョンで朝飯食ってから何も食ってなかったなぁ。

道理で腹が減るわけだ。


「仕方ありませんねぇ。」


そういうとジュリは包みを一つ、俺に投げてよこした。


「逃亡用に作っておいた食料です。

アイテムボックスに入れておいたので傷んでませんよ。

それを食べて待っていてください。

支度もじき終わります。」


今は何言っても無駄かと思った俺は、包みを開いてみた。

おお、これはパンに甘辛く味付けた肉と野菜を挟んだやつではないか。


「お師匠様、好きでしたよね、それ。」


「大好物だとも!」


俺は勢いよくかぶりついた。




ふ~。満腹になった俺は急に眠気を覚える。


「ジュリー、やっぱり今晩発つのか―?」


「お師匠様、さっきも説明しましたよね、

早ければ早い方が良いのです。」


「でも、俺眠い~。」


「はぁ、いい加減にして下さい。

いくら夜と言ってもまだ宵の口ですよ。

あなた一体幾つですか。」


「7歳。」


「‥‥聞くだけ無駄でしたね。

肉体は7歳でもいい大人でしょう?」


「肉体に引かれているんだよ今は。それに精神は老人だぞ。」


「いちいちとあなたは屁理屈を。」


「だからぁ、出発は明日にしようよ。」


「その間に追手がかかったらどうするのです。」


「捕まらなきゃいいんだろ?

だったら大丈夫だと思うぞ。」


「何を根拠に。」


「ん~。とりあえず家ごとダンジョンの最下層の空間に移動した。

魔獣や人間に手出しできないよう結界を張って、

念のため目くらましもかけといたよ。

でも、魔獣がいるから安易に外に出ない方がいいぞ。」


ジュリは手を止め俺を見つめている。


「それから、今までこの家があった場所には、

幻影でいまだに家が有るかのようにしてある。」


「いったいいつの間に。」


「さっき。」


「全然気が付きませんでしたよ。

相変わらずあなたは……人が悪い。」


「お前に気が付かれるほど、まだ腕は鈍ってねーよ。」


ジュリはため息をつきながら窓の外を眺めると、

スギューリアが巨体を揺らしながら、ゆっくりと窓の外を横切っていった。

その様子を凝視していたジュリが、


「外を見ない方が精神的にいいようですね。」


とカーテンをシャッと引いた。


「なー、寝てもいいか?」


するとジュリはため息を一つつきながら、


「お好きなだけどうぞ。

一晩といわず、二晩でも三晩でも寝て下さい。

客間はその右側のドアです。」


「ありがと、使わせてもらうよ。」


俺はあくびをしながらそのドアを開けた。



余談だが、現在転移魔法は、許可された者以外は行ってはいけない事になっている。未熟な魔法使いが転移魔法を適当に行い、

核融合的な爆発が起こったりする事故が多発したためだ。

その為魔法省の会議の結果、

特定の場所に魔方陣を設け、

任命された魔術師が管理している所からしか、

移動する事ができないようになった。

指定された場所以外で行う場合は、あらかじめ届を出し、

そこに魔術師が派遣され、魔方陣を発動する事になる。

もちろんそれらを使用する場合、かなりの費用が掛かる。

(普通の費用+魔術師の人件費とか、色々かかるじゃん)

無許可で行う奴も当然いるが、

ばれた時の罰金はかなりの金額で、

起こした事故に関しては、莫大な賠償金が科せられる。

もちろん俺やジュリのレベルになると、事故になる要因など皆無なので、

裏で行うのにはなんら問題はない。

しかしジュリは面倒事を避ける為、

独自で移転魔法を行えるフリーポートの届けを出してあるそうだ。

時代は変わったなー。

俺はFランクだから、まだまだ未熟者と判断されて届け出すら出せないが、

技術的に移転魔法を使う事は何ら問題はない。ハハハ。

……早くランク上げよう。

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