FT2
炯斗
01
秋も終わりの初冬の頃。
8年前にイギリスから日本へ帰ってきた私は、この冬、父の実家にやってきた。
日本の田舎の空気は懐かしいような、新鮮なような。
でも田舎らしい自然の多さは、私の育った土地によく似てる。
そんな懐かしい雰囲気に誘われて、家の近くにある森へと足を向けた。
「ん・・・?」
上空をキラリと光る何かが横切った。
「あ、カラスか。」
ガラス片か何かを咥えて飛んでいったらしい。
納得して、目的地へと向かう。
「うーん、思ったより深い森だ。」
森に辿り着いてから、気の向くままに進んでいったら迷ってしまった。
「やっぱり、あの細道に飛び込むべきではなかった。」
しかし今更言ってももう遅い。
私は飛び込んでしまった。そして帰り道は見つからない。
幸い、陽はまだまだ高い。
流石に暮れるまでには帰れるだろう。
さて、じゃあもう少し歩いてみよう。
暫く進むと、人を発見した。
木陰にしゃがみ込んでいる。
道から外れた森の中、少しだけ不審に思うも、これ幸い。
「あの、すいません。迷ってしまったんですが、道、ご存じですか?」
「・・・」
「えっと…あ!…大丈夫ですか!?」
見ると、足の裏を怪我しているらしい。
靴を脱いで処置をしていたところのようだ。
とは言え、荷物一つ持っていない彼は、その傷をどうしたものか困ってるようだ。
こちらも軽い散策のつもりだったので手ぶらも手ぶらだ。
何かないかとポケットを探る。
「あっ、ハンカチあります!
えっと、大丈夫。今朝用意したヤツだから、清潔…」
「・・・」
男は黙って此方を見ている。
「? ?」
表情が読み取れない。
いらないのだろうか。
それなら帰り道だけでも教えて欲しい。
それともこの人も迷子だろうか。
「うーん、水も持ってないしなぁ。川とか池とか、見てないし。」
「…水。なら、あっちだ。」
「え。あ、じゃあハンカチ濡らしてきましょうか。
ここで待ってて下さいね?」
「いい。」
「結構ざっくり切れてますよ?洗わないと。
水場近いですか?近いなら一緒に…」
「行かない。」
「じゃあ待ってて下さい。動かないで!
後で帰り道教えて下さいね。」
「・・・」
言われた方向へ進むと、広くてキレイな水場があった。
池…と言うよりは、湖、だろうか。
ちゃっとハンカチに水を含ませる。
絞る事はせず、なるべく水分を持って行く事にする。
男は果たして、そこに居た。
「お待たせしました、はい。ちょっと見せて下さいね。」
嫌がるようなそぶりはしたものの、これといった抵抗もなかったので傷の周辺に水分を垂らす。
木片で切ったにしてはさっくりキレイに切れている。
泥などの汚れもついていない。
まるで刃物を使ったような切り口だ。
傷口は土踏まずの辺りだったので、ハンカチで縛って止血もできた。
「応急処置としては、こんなもんですね。
あとはコレ、良さそうな枝あったので杖にどうぞ。」
「・・・」
男は黙ったままだが一応その枝を受け取った。
ただ、じっと不思議そうに眺めている。
やがてコンコンと枝で地を叩いた。
うん、杖としては用を為しそうだ。
「歩けそうです?…うん。じゃ、行きましょう。
上鏡月の方面へ出たいんですけど、公道へ出られれば多少方面違いでも構いません。」
「カミキョウゲツ」
「? はい。」
「・・・あっち」
オウム返しで呟くと、男は暫しきょろきょろと上の方を見渡してから、その方角を指さした。
「あ、案内はしてくれない感じですね。おにいさんは大丈夫です?」
―コクリ
「んー、仕方ないなぁ。わかりました。ありがとうございます。」
「・・・」
指された先は、さっきの水場の方面だ。
少し手を洗って、水分を補給して行こう。
辿り着いたのは広めの湖。
木々が開けて、高い寒空が覗いている。
「なんだか清涼な空気だなぁ。深呼吸…は、ちょっと痛いけど。」
思わず深く吸った空気は冬らしい冷たさで肺を刺した。
「水もすごくキレイ。飲めそうだなぁ。」
自然のものを口にするのに、私は結構躊躇いがない。
その辺に成ってる野生の実を食べたりも普通にできる。
生水は危ないからやめなさいと言われているが、これだけキレイならきっと大丈夫。
湖底には見知った苔とかも生えてるし、危険は少ない…と思う。
水を掬おうと湖面に身を近付けると、
゛―――ガ、ナイ… ゛
「?」
声が聞こえた気がして辺りを見回す。
人影はない。
゛―――が、無い… ゛
やはり、声が聞こえる。
もう一度注意深く周囲を探ると、湖のほとりに小さな祠を見つけた。
「…あ。」
正しい意味は解らないが、雰囲気で察する。
此処には何かが祀られているのだ。
「ぇーと…、日本にはたくさん神様がいるって聞いた気がする。」
多分、何か、そんな感じだ。
とすると、テリトリー内でいきなり飲食を働こうとしたのは怒られるかも知れない。
「お邪魔します。えーと…少しこの湖のお水をいただきますね。」
゛…、……、… ゛
「?」
何を言っているのか聞き取れない。
まあいいか、少し頂いて早く帰ろう。
そろそろ陽も傾き始める頃合いだ。
「―ぇ、」
瞬間、ヒドイ目眩がした。
まだ水には触れてもいない。
立っていられなくなって、尻餅をつく。
そのまま地面に仰向けになる。
空が、朝と夜を凄い速さで繰り返している様。
「ぅ…」
私の意識はそのままフェードアウトしていった…。
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