プロローグ

少年の名は風間拓斗



 地球から遠く離れた、時間軸すら違う銀河の中にある、パンツノ惑星の夜空に浮かぶ緑の月・ガム。


 その月の内部に作られた、数ヶ所のダンジョンタウンの中でも最も大きい街・セントラルシティ。


 その街の中心地にそびえ立つ、巨大な電波塔を備える建物・パンツノスカイツリー。


 地上5階までは、ダンジョン内部での各冒険者や探索者、多数のダンジョンを徘徊するダンジョンモンスター達の闘いの記録を編集する編集室が多々用意され。


 6階や7階などは、転移・転生して来る日本人を最初に迎える部屋などを備えている。


 冒険者やモンスターの闘いを収めた動画配信開始時には、100年程の赤字経営を覚悟していたのだが、5年程で神界向け動画サイトの人気チャンネルの上位を独占してしまう程に注目を集めてしまった。


 そのおかげで、大量の資金を投入された緑の月ガム内部の数ヶ所造られたダンジョンタウンが急速に発展して行ったのは言うまでもない。



 それから50年後。


 パンツノスカイツリー7階に作られた経営者専用階層の一室にて。


「うへへへぇ。お姉ちゃん、ヤバいよ今月の収益。」


「ツクヨミ……。女神なのにその笑い方ってどうなの?」


 三千世界の神々達に大人気となってしまったガム・ダンジョンシリーズの収益の3%を確保した夜と月の女神・ルミナスこと月詠ツクヨミの笑いは、けして女神のやっていいものでは無いようだ、姉の天照大御神にドン引きされている。


「たった50年で、動画の年間収益が令和元年の日本の国家予算同等よ。今月の収益なんか普段の2倍よ2倍。半世紀前まで少ないお賽銭でやりくりしてた事を考えたら……セレブだわ今の私。」


 良いのだろうか? 2人の座るソファーが一脚あたり数十万円する物で、テーブルも同じブランドで揃えてあり百万円を超える。


 そのテーブルに並ぶ紅茶のカップは、1組10万円を軽く超える物である。


 飲んでいる紅茶はインスタントなのだが……

2柱共に壊滅的ダークマターをつくりだすほどに料理が下手なので。


 多少の贅沢な備品も、神が使う物だから良いのかもしれない。



「でも歴史に関わらないニートや引きこもりを転移・転生させるのなんて、もうヤダ。あいつら直ぐに俺TUEEEEとか言い出すじゃない。そんで自爆して行くの。」


 薄着が好きなルミナスは、死んだ人間ニートやひきこもりの魂を拾いに行く時に、いやらしい目付きで見られるのもニートや引きこもりが嫌な理由らしい。


「確かに転移組なんて殆ど居ないもんね、転生組ばっかりで。大金稼いで奴隷ハーレムってありですか? とか、エルフに転生してイケメンにしてくださいハーレム作りますからとか、獣人になってケモ耳ハーレム作っていいですか? とか、魔王になりたいです魔族ハーレム作りたいのでとか、スキル強奪チート下さい強奪した相手達にスキル返却を餌にハーレム作りますからとか、無限収納で大商人になりたいです町娘ハーレム作りますからとか、ざまぁで逆ハーってありですかとか、イケメンに囲まれてハアハアしたいとか、悪役令嬢が攻略キャラにモテモテになっていいですかとか、ショタハーレム作りたいですなんて、良いわけ無いわよね。アイツら自分の不摂生で死んだ癖にさ。」


 転移・転生させる際の条件として提示されたのは、あくまでも死んだ人間だけ。


 地獄行きでも無い、天国行きも微妙な感じで、輪廻の輪に戻して、生まれ変わっても変わらないだろうな、と思われる人間のみを転移・転生させていた。

 そうなると、殆どの転生転移者がニートや引きこもりになってしまう。


 その中で死因の1番の理由は運動不足の体で、コンビニまで何故か走って心筋梗塞で倒れて死亡が1番多い。

 その理由は、やっているゲームのイベントが課金イベントで、大急ぎでコンビニに電子マネーを買いに行こうとしての事。親から小遣いをせびる30代がほとんど。


 2番目は運動不足とドカ食いが原因の糖尿病から来る合併症。


 3番目はPCデスクの前でMMOにのめり込み過ぎて孤独死。


 酷いな……。




 後追いして来る他の異世界のダンジョンタウンの投稿する動画に、少しだけ視聴者を奪われつつある事に危機感を覚えるツクヨミとアマテラス。


「テコ入れって訳じゃ無いけど、歴史に関わる人物も巻き込んじゃう?」


「そう言われてみるとそれが良いかもね。たまに居るじゃない、歴史の重要人物になるはずなのに、凄い不運な事故で死んじゃう人間ってさ。」


「そんな時は、奇跡の復活とか生還とかさせてあげてるよね。面倒臭いけど。」


 奇跡を使うのは面倒臭いらしい。


「そんな人間を異世界ガムに連れて来ちゃダメかな? 良いよね連れてきても。」


 その話をダンジョンタウンの主催者でもあるパンツノ惑星・最高神ニノに提案した2柱の神。「もっと努力とか根性とか友情とか大切にしてくれる人間を連れて来てくれるなら良いですよ。」と答えられて意気揚々と人選を開始した。



 それからさらに10年後。


 令和元年の時点で22歳以下と言う制限を設けて、地球の歴史に影響を与える人間の中で不運な事故で一時的に命を落とす若者達を転移・転生させたアマテラスとツクヨミ。


 目論見は大成功を収めたようで、動画サイトのトップ再生数100位以内をほぼ独占している。


 ほぼと言うのは、暴食の魔公爵・ベルゼビュートのお料理教室チャンネル。


 悲惨な結婚生活の裏話を投稿する怠惰の魔伯爵ベルフェゴールの、悲惨な離婚チャンネルが根強い人気を集めていて、常に5位以内に2つのチャンネルが居座って居るからである。


「後追いして来る奴らってさ、カメラ片手に着いて回ってるから、たまにカメラマンが映ってたり、どう考えてもヤラセだろ?ってのがあるから人気出ないのよね。」


「そこらは言ってあげたら可哀想でしょ。最近ずっと暇してた、八百万やおよろずの付喪神みたいなのが居る日本の方が特殊なんだし。」


「でもニノって、よく考えたわよね。放置されて暇してる付喪神や道祖神なんかを、カメラマンに起用出来ないですかね? 給料もちゃんと出しますし。なんてさ。」


 パンツノ惑星系最高神ニノ。


 1番の友神ゆうじんが、放置されて存在の消え掛けた事がある道祖神出身の土地神だから思い付いた事である。


「確かに卑怯よね、消えて浮ける付喪神や道祖神が八百万やおよろずを超えて沢山居るなんてさ。」


「撮られてる人間やモンスターなんて、何処にカメラマンが居るかすら分かってないもんね。」


 カメラを向けられている事にすら気付かないからリアルな闘いのシーンが収録出来るのである。




 2人の女神が会話している部屋のドアがノックも無しに大きく開かれる。


「ヤッホー、ルミルミ、アマちゃん、やっと長期休暇取れたよー。俺も混ぜてー。」


 入って来たのは赤髪の日焼けした陽気な男神。


「ヤッホー、アポロん。ちょうど良かった、日本に人選に行こうと思ってた所だったの。」


 アマテラスは、仕事に行くと言う。


「バカアポロ、あんたって真面目って言葉が一番似合わない神でしょ。混ぜる訳無いじゃない。」


 ルミナスこと月詠ツクヨミは酷い物言いである。


「いやぁ。やっとニノっちに許して貰えてさ。でも完全に許した訳じゃ無いから、ここで働けって言われてね。」


 過去に日本人を勝手に多数転生させた事を怒られて、馬車馬の如くパンツノ惑星の6個ある月の衛生開発で働かされたせいで、日焼けして、しげる色になるまで肉体労働をさせられてしまった太陽神アポロ。


 同意無き転生は誘拐と同じである、罪は償え。


「それに、ここで働くと普段なら見れないテスト期間中の冒険者の生活を全部見れるんでしょ?編集してあるのも面白いけどさ、生を見たいんだよ生を。」


 転移・転生して半年間は、常識の擦り合わせの為に寮生活を送りながらガムの常識や法律を勉強する期間。

その後半年は初級冒険者として活動しながら実地テスト期間である。


 その時に問題を起こせば、即脱落になる。


 転生した元ニートや引きこもりの半数以上がテスト期間中に問題を起こし地獄に落とされてしまい、残った半数のうち七割は輪廻の輪に投げ飛ばされてしまっている。


「品行方正な冒険者より、少しだけ問題があった方が楽しいじゃん。だから混ぜてよ、ねっルミルミ。」


「真面目に仕事しなさいよバカアポロ。ニノの指示じゃ仕方ないわ、手伝わせてあげるし。」


 さすがルミルミと言いながらソファーに座りタブレットを起動する太陽神アポロ。


「あんた働く気無いでしょ?」


 たぶんない、長期休暇と言いながら入って来たのだ、休みのつもりでいるはず。


「この書類に目を通して、必要な事をちゃんとやってね。」


 アポロが手渡されたのは、先日転移して来た日本人の詳細の書かれた書類。


 タブレット片手に書類に目を通す太陽神アポロ。


「う〜ん、15歳か。中学の卒業式の次の日に半年前に友人よりさずけられた、胸の大きい女性の書かれた聖書えろほんを橋の下に奉納すてに行き、やはり持ち帰ろうと振り向いた時に、ズボンのチャック目掛けて落ちた雷に撃たれて死亡……。滅茶苦茶ツイてないな、それに馬鹿なの?こいつ。」


 そんな少年が主人公なのである、この物語は。


「馬鹿って言わないの。その子ってね、盲目の人の為に、脳波に干渉して視覚を確保出来るシステムを完成させる、技術研究所の研究者チームの中心人物になる予定だったのよ。頭は良いと思うわ。」


 ほえ〜こんなのが?うっそだろ? 等と言う太陽神アポロ。


「その子の関係者が沢山こっちに居るし、数人連れて来るから、ちゃんと連絡は回しとくようにね。」


 アマテラスの言葉など既に聴こえていないアポロ。

気の抜けた、ほいよ〜と言う返事をしながら渡された書類を見つめ続ける。


風間拓斗かざまたくと君か、身長142cmって低くね? 運動経験無しに等しいとかヤバいよこれ。」


 そんな少年が冒険者にされてしまう。


「女性のオッパイとお尻と、鉄拳チ〇ミに出てくるシー〇ァンが大好き……。」


 令和元年で15歳なのに鉄拳チン〇好きとかしぶい。


「オッパイとお尻が好きなんて俺と一緒だな。真面目に観察してやろ。」


 太陽神アポロもオッパイとお尻が好きなようだ。


「しかしあれだね、肉体年齢は成長するのに、精神年齢は死んだ時のままとか、帰還条件を達成出来なきゃずっと中身は15歳なんだろ? 大丈夫かよ。」


 アポロの呟きに答えるものは居なかった。


 アマテラスは既に日本に行っており、ツクヨミは一番人気の探索者パーティーメンバーに呼ばれて何処かに行ったようだ。


 太陽神アポロが1人ソファーに寝そべり、何処から取り出したのか分からない梅昆布茶を啜りながらタブレットを見ている。


 映る動画にツッコミを入れながら。



 そして半年の寮生活も終わりの日が来て、風間拓斗の冒険者生活がスタートする。


 この物語も動き出すのである。




 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る