24話 不敵の黄金
次の日、クロエは学校を休んでいた。
少し刺激が強すぎたかもしれない。
佐助は自分のしたことを棚に上げてそう思う。
とはいえ、あれ以上佐助にはどうしようもなかったのだ。
クロエの引き抜きを受けるつもりは佐助にない。
遥香に危害を加えようとしていたのだから、牽制するしかない。
華々しい表社会の人間に殺気を向けるのは少し戸惑われたが、ああでもしなければクロエは暴走していたように思う。
事を穏便に済ませたい気持ちは佐助にもあったものの、遥香の安全には変えられなかった。
実際に手出ししたわけではないのだから、これでも相当穏便ではあるのだが。
本当はあの後もクロエと話せれば良かったのだが、佐助が思っていた以上にクロエは動揺してしまった。
口下手の佐助にはそれはそれで手の施しようがない。
せめて殺気を放った本人はいない方がいいだろうと、そそくさと退散したわけだが……
ともあれ、クロエは休みでも油断はできない。
佐助は一層気を引き締めて一日を過ごした。
更に翌日。
クロエはいつも通りに登校してきた。
特に気負っているような態度は見られない。
平静の装いで教室に入り、朝のホームルーム前や休み時間は友人達と笑顔で談笑している。
どこかに潜伏しているであろうクロエの護衛達も鳴りを潜めている様子だ。
本日も昨日も、特に動きはない。
「…………」
どちらかと言えば、気になるのは遥香の様子だ。
何度も佐助の方を見ている。
普段から遥香の視線を感じることはあるだが、今は比較にならないくらいに見られている。
今は四限の授業中、それも間もなく終わる時間だ。
朝から三限までは普段通りであったのだが四限に入った途端にこうなった。
はっきりと言えば挙動不審だった。
あまりにも気になって視線を返してみると。
「……っ!?」
今度は目を逸らすのだ。
こんなやり取りが四限中に何度か行われている。
今も佐助に向いていた視線を慌てて教科書に移した。
開いているページは十分前にやっていた内容で、今はもう二ページほど進んでいるのだが。
授業よりもよほど佐助が気になるのは明らかだ。
しかし佐助に心当たりなど全くなく、昨日も今日も挨拶をすれど会話らしい会話はしていない。
後で由宇にメッセージでも送ってみようか。
そう思った時に、ちょうど授業が終わるチャイムが鳴った。
「それでは授業はここまで」
先生の号令とともに教室内の緊張感は霧散する。
ただし、遥香だけは例外の様子だが。
むしろ授業中よりもよほど顔を強ばらせて、ぎこちなく机の上を片付けている。
佐助も遥香のことが気にはなるものの、直接確認する気にもならなかった。
表向きは席が隣同士のクラスメイトというだけで、そこまで親密なわけでもない。
任務の上で必要なことがあれば、後で由宇から共有を受けるだろう。
ともあれ、昼休みである。
佐助も食事くらいは摂る。
といっても、いつも簡素なもので済ませているが。
忍者たるもの常駐先陣の心構えでおり、食事はもっとも隙の多い時間のひとつだ。
佐助は購買のパンを二、三個買い、それを数分で平らげる。
机の上にある教科書とノートを閉じて机の中にしまい込み、いざ席を立とうとした所で佐助を呼ぶ声がする。
「さ、佐助くん!」
「なんだ」
声の主は遥香だった。
朝から佐助を見るだけの遥香だったが、とうとう声を掛けるに至ったらしい。
「お、お昼ご飯一緒に食べない?」
もしかして、先ほどから見ていたのはこれが用件なのだろうか。
いや、まさかこれだけということはあるまい。
「何故だ」
「えっ? い、いや……なんでって言われると……」
真の狙いがあるはずだ。
そう思って佐助は質問したのだが遥香はしどろもどろになってしまった。
「もしかして、他の誰かと一緒に食べたり……する?」
「いや、一人だ」
「そうなんだ。じゃあ一緒に食べようよ。嫌、かな?」
そう問われれば、当然嫌ではない。
任務上、昼休みは非番扱いではあるのだが休憩などあってないような仕事なのだ。
遥香と一緒にいて問題などあるわけもない。
「ああ、構わ――」
「佐助、一緒にご飯食べましょう!」
了承の意を佐助が伝えようとしたその時、間に割って入る声があった。
「クロエちゃん?」
声の主は大統領を父に持つ留学生。
眩い金糸の髪に碧眼を持った、人形のような容姿の少女。
そして先日佐助と敵対した、クロエ・エドワーズだった。
全く予想していなかったクロエの登場。
そして昼食の誘いに佐助は眉間に皺を寄せる。
「……どういうつもりだ」
「どうもなにも、そのままです。お昼ご飯、食べましょう?」
どう考えても昼食を食べるだけだと思えないのだが、クロエの表情にやましさはない。
屋上での様子からは想像もつかないほどに晴れやかな笑顔を佐助に向ける。
「私もちょうど佐助くん誘ってたところなんだ。んと、みんなで一緒に食べる?」
「そうなんですか。是非そうしましょう」
遥香の提案に、クロエは手を打って賛成した。
その様子が佐助には不気味に思えてならない。
「いや、ちょっと待て」
今、遥香とクロエを一緒にするのは不安がある。
元々の目的は佐助のようだが、遥香が一緒になればクロエが何をするかは想像がつかない。
佐助が一緒にいれば万が一など起こさせないが、そもそも護衛対象を危険に近付けさせないのも立派な仕事だ。
普段は由宇がその役割を担っているが、その由宇はまだ自席におり近隣の友人と話をしているようだ。
そうして由宇の方を見ていると、別方向からまた声がする。
「おい、朧!」
今度は赤司だ。
赤司と佐助の席はそう離れていないのだが、その短い距離を全力で駆け寄ってくる。
「お前、抜け駆けするつもりじゃないだろうな……!」
「何の話だ」
鬼のような形相の赤司だが、佐助は赤司と結託して何かをしようとしていた認識は全くない。
佐助が唐突な非難に戸惑っていると、赤司の後ろからゆっくりとやってきた和泉が救いの手を差し伸べた。
「意訳すると、一緒にご飯食べるの混ぜて欲しいってことだよ」
「む、そういうことか」
「そういうことだ!」
それならそうと言ってほしいのだが、今はそれ以前の問題だ。
クロエと遥香を一緒にしない方策を考えたい。
「女子に飯誘われるとか羨ましすぎるんだよぉ!」
「そこ伏せておいてあげたのに、自分で言っちゃうんだ」
佐助にからすればむしろ変わってほしい状況ではあるのだが、事情を知らない赤司から見ればそう映るらしい。
相変わらずの赤司の素直さに、遥香とクロエも苦笑いを浮かべている。
「それなら斗真と洋輔も一緒に食べましょう」
「そうだね。みんなで食べた方が楽しいし」
「ひゃっほう! やったぜ!」
「なんかごめんね」
自らの意図が介在せずに話が進んでいき、佐助は頭を抱える。
唯一申し訳なさそうなのは和泉だが、そうするくらいなら止めて欲しいくらいだ。
どうしたものかと思案していると、また新たな声が横から入ってくる。
「なんか面白そうな気配! 私も混ーぜて!」
「次から次へと……」
元気一杯にやってきたのは依織だ。
「んだよ。千浪は来なくていいんだよ」
「赤司には言ってないから。遥香、クロエ、私も混ぜてっ」
「オフコースですよ」
「うん、一緒に食べよ」
最初に声を掛けられたのは自分なのだから、せめて自分には言ってほしい。
佐助はそう思うも和泉は特に何も言わないし、赤司も不承不承といった様子だ。
「お待たせしました……随分と賑やかですね」
「あ、由宇ちゃん。これからここのみんなでお昼食べようかって」
そこへ頼みの綱である由宇がやってきた。
由宇にはクロエとの件は一切合切話してある。
つまり佐助と同様の事情を知っている人物だ。
由宇は輪を作っている人物達を順番に見ていく。
依織、赤司、和泉、クロエ、そして佐助。
佐助は「頼むぞ」という願いを込めて由宇を見た。
「そうですか。いいと思います」
「なん……だと……」
残念ながら、佐助の願いは聞き届けられることはなかった。
「どうしたんですか、佐助。急にオシャレな死神みたいなことを言い出して」
「お前は何を言っているんだ」
愕然とする佐助をクロエがよく分からない例えで表現するが、それに構っている暇はない。
頼りにしていた最後の砦は崩れてしまった。
由宇がクロエの存在を確認した上で良しとするのなら、問題はないかもしれない。
しかし由宇も人間だ。
ミスはする。
そして、佐助はそういう時のためのバックアップだ。
ここまで話が進めば佐助には止めようもない。
しかし、せめてクロエに釘は刺しておくべきだろう。
他の面々は食事をする場所を話しているようだ。
その間に話をつけようと佐助は考え、声を細めてクロエを呼ぶ。
「クロエ」
「はい、なんでしょう」
名前を呼ばれたクロエは笑顔で応じるが、佐助は到底そんな気にはなれない。
険しい顔でクロエを問い詰めるつもりだ。
「何が狙いだ」
「いえ、ですから一緒にお昼を食べようと思ってるだけです」
「それを俺が素直に信じると思うか?」
当然、否である。
屋上での一件を考えれば警戒しない理由がない。
佐助はそれを目で訴えかけるも、クロエは意に介さずあくまで堂々とした態度を崩さない。
とはいえ、どう説明したものかと思案はしている様子で、人差し指を口に添えながら中空を見ている。
「そうですね。強いて言うなら、私も覚悟を決めたということです」
「……どういうことだ」
「佐助も言ってたじゃないですか。覚悟を持てって」
屋上での去り際、確かに佐助はそう言った。
子どものように癇癪を起こしたクロエを見て思わずこの言葉が口から出たのだ。
そして、それはクロエが佐助に敵対する前提での話だ。
その上でクロエが覚悟を持ったと宣言した。
「つまり、お前は俺の敵になるということか」
「いいえ。私が佐助の敵になるなんてあり得ません。むしろ味方ですよ」
クロエは目を細めて佐助に微笑みを送る。
かと思えば「あっ」と何か気付いたようにして、遥香の方に目を向けた。
「でも、遥香の敵にはなってしまうかもしれません」
「ふぇっ? 私?」
別の話題で盛り上がっていた遥香はいきなりの敵対宣言を受けて目を丸くしている。
しかし、不気味なことにそこに剣呑さはまるでない。
敵対宣言をしたクロエですら笑みを浮かべた表情を崩さない。
クロエはその笑顔を遥香に向けたまま、敢えてそうしたかのように、大きな声で宣った。
「はいっ。私、佐助のことが好きになっちゃいましたから」
しかも、その細腕を佐助の腕に絡めながら。
「あ、もちろん英語のラブですよ」
クロエは流暢な発音はともかく、それ以前の大胆な行動に渦中の佐助と遥香以外の面々からも注目が集まる。
「……なに?」
「えっ……え?」
佐助はクロエが何を言っているのか理解ができなかった。
遥香も驚きというよりも、同じように理解が及ばないという様子だ。
そして、聞いていた他の者達も。
「え、なにこれどういう状況?」
「どういう……状況なんだろうね……」
依織と和泉は、佐助に絡みついたクロエをまじまじと見ながら状況把握に努めている。
「…………」
「…………」
そして、由宇と赤司は固まったまま動かない。
そんな周囲を気にすることなくクロエは佐助に腕を絡めたまま、佐助の顔を見上げた。
「やっぱり日本のやり方は少し遠回りすぎます。こうやってストレートに伝える方が私には合ってます」
「いや、ちょっと待て……」
佐助は混乱する頭を必死に整理しようとするも、うまく言葉がまとまらない。
そこへクロエが絡ませた腕の力を強め、畳み掛けた。
「待ちません。私は私の好きなようにやります。そう言ったのも佐助ですよ?」
「そ、それはそうだが」
それも確かに佐助が言ったことだ。
「はい。なので、佐助も覚悟を決めてくださいね? 私はできてますから!」
クロエの様子は自信に満ちたのとも違う。
ただただ、不敵に佐助に笑いかける。
その表情は佐助ですらも見惚れてしまいそうで。
「……っ」
佐助が一瞬の硬直から解き放たれようとしたその時。
「何が一体どうなってるんだあああああ!!」
同じく硬直から解放された赤司が、佐助の言いたいことを大声で代弁した。
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