115.掴むもの


「こんのクソ間抜けがあぁぁっ……!」


「……お、お許しを……」


 床が書物で埋め尽くされた古城の図書室にて、怒りの形相のグレスがルベックの胸ぐらを両手で掴み、後ろにある空の本棚とともに何度も何度も揺らしていた。


「……何故だぁ……何故あのとき、お前は手元に残ったも投げなかったああぁぁ……」


「こ、これは、俺の……」


「俺のぉ……? 俺のなんだあぁ。愛剣だから投げなかったとでも言いたいのかあぁぁ……?」


「……も、申し訳……」


 助けを求めるかのように周りをきょろきょろと見渡すルベックだったが、視線を受け止める者は誰一人いなかった。


 暴走したグレスを止められる者など、この場所には存在しなかったのだ。折り重なるようにして倒れ、大量の本を吐き出した幾つもの棚が、【聖蛇化】したグレスの暴れようがいかに凄まじいものだったかを物語っていたし、逆らえばどうなるかも当然わかっていたからだ。


「そうかぁ、愛剣なら仕方ないなぁ……。それならぁ……その剣でお前の左手の指をじぇーんぶ切り取れぇぇ。根本からなあぁぁ……」


「……え……?」


「どうしたあぁ? 嫌なら俺の胃の中で生きたまま溶かされるだけだぞぉぉ……。どっちにするか早く決めろおおぉ。俺は本気だぁぁぁ……」


「――ッ!」


 嵐渦剣によってルベックの左手の指が全て落ち、声にならない悲鳴が上がった。


「……ぐ、ぐぐっ……」


「ひひっ……悔しいかぁ? 悔しいかぁぁっ……?」


 左手を抱えて座り込む彼の頭を満足げに踏みつけるグレス。


「……みんなよく聞けええぇ。これからはぁ、このクソ間抜けのルベックだけに頼る必要はないぃ……。今度は全員であの槍おんにゃを狙うぞおぉぉ。ゴミセクトはワープゾーンを二つ以上同時には出せないことがわかったぁ。だからあぁ、色んな方向から一斉に襲えばすっきり解決ううぅぅぅ……」


「あぁん、さすがですっ、グレス様ぁ……」


「ひひっ。前祝いだぁ。来いぃっ、カチュアぁ……」


 グレスがルベックの頭に片足を乗せたままカチュアと接吻する。


「「ちゅー……」」


「……殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


「……ルベック……」


 ラキルに話しかけられても、ルベックは白目を剥いたまましばらく同じ言葉しか呟かなかった。


「……プ、ブフッ……」


 そんな様子を見て、肩まで本で埋まったオランドが本の中に顔を押し付けながら笑っていた……。






「いける……いけるぞ……」


「……セクト?」


「……あ、バニル、なんでもない……」


「怪しい……」


「ほ、本当になんでもないって……」


「じー……」


「……」


 バニルに不審者扱いされてしまったが、思わず声に出すほど俺はを掴んでいたんだ。


 とはいえ、本当に通用するかどうかはまだわからない。迂闊に期待を持たせてがっかりさせるようなこともしたくないし、まずは実践してみようと思う。俺は《ワープ》を近くに出し、さらに離れた場所――ボスとスピカの近く――にも置いた。


「スピカ! ワープゾーンを置いたから注意してくれ!」


「はあいっ」


「……」


 スピカの返事は、買い物を頼まれたときのような呑気な調子だった。あれからずっとボスと戦い続けてるとは思えないな。まったく呼吸も乱れてないようだし無尽蔵な体力には本当に驚かされる。風邪の再発を心配するのが馬鹿らしくなるレベルだった。


「ちょっと、セクト。あんたさっきから様子がおかしいわよ。何をする気なのかとっとと教えなさいよね!」


「私も知りたいな」


「ミルウも知りたいよお」


 ルシア、バニル、ミルウも興味津々の様子。


「すぐにわかるから……」


 ふとバニルと目が合って、お互いに逸らしてしまった。彼女がああいう反応を示すということは、もしかしたら脈が……って、それどころじゃない。


 俺も何を意識してんだか。キスくらいならルシアともやったし、スピカの胸を揉んだりミルウのお尻を掴んだりしたことだってあるんだ。……。


「……」


 俺、なんでこんなにむきになって否定してるんだろう……。


 とにかく今は実験に集中しよう。というわけで、急いで近くに置いた《ワープ》――ワープA――に入ると、やはりもう一個の《ワープ》――ワープB――につながっていた。一瞬でBの位置、すなわちスピカとボスの近くまで移動したってわけだ。よしよし、やはり思った通りの結果だな。これからがの始まりだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る