92.俯瞰と侵入
「くう……」
どうやって倒せばいいってんだよ、こんな化け物……。
長期戦、膠着状態、体力との戦い……周囲がどんどん暗くなっていく中、そんな嫌な言葉が次々と脳裏をよぎるのも仕方のない状況だった。
この巨大な亀を倒すには尻尾、頭、手足を集中攻撃して大量に出血させることが大事らしいが、やつの血には毒性があるため近付きすぎないよう注意せねばならず、ダメージを与えれば与えるほど甲羅の中に引っ込む時間が多くなり、さらに強い危険を感じると激しく回転するため、こっちからしてみたら手も足も出ない状態が続いてしまうのだ。
『シャコオォッ……!』
やつの頭部が出てきたら出てきたで、ガチガチと歯を鳴らしながら噛みつこうとしてくるし、また甲羅だけでなく本体も丈夫なため、過剰に神経をすり減らされた。
このまま時間と体力を無駄に浪費していけば、そのうちまた『ウェイカーズ』がやってくるだろう。いずれはやつらと戦うにしたって、追い詰められた状態ではやりたくないってのに。
こうなったら……。俺はダメ元で亀に《人形化》を使用してみたが、何か起きるようなことはなかった。それでも《反転》は通用して、ひっくり返したり前後を逆にしたりできたが、やつはしばらくして手足を引っ込めたかと思うと元の状態に戻ってしまった。
やはりボスなだけあってこんな手は通用しないか……。そういや、古城に出現するボスに関する重要なことをバニルから聞かされていたんだっけ。
リトルエンペラーには全てのボスに共通する【リカバリー】という固有能力があり、姿勢や皮膚等、すなわち体面に問題が起きても《初期化》という基本スキルで少し時間が経てば元に戻るし、さらに毒、麻痺、石化、変化等、体内の異常にいたっては派生スキル《免疫》によって無効化されてしまうのだそうだ。
「……ちっ」
やつの頭部を誘き寄せたところで、《ドロップボックス》によって宝箱を頭上に落とそうとしたが失敗した。
「セクト、惜しかったね」
「うん」
バニルも残念そうだ。というか戦いながらも俺のほうを確認しつつ声をかけられる余裕があって羨ましい。《補正》があるから、多少まずい動きをしても大丈夫だろうしな。
ボスの亀はやたらと慎重で、すぐに甲羅の中に引っ込んでしまう。バニルたちも頑張ってるが、さすがに疲労の色が濃くなってきた。しかも亀は少しずつ迫ってきているから、もうすぐスペースもなくなりそうだ。いつの間にか背後には青い壁があった。あそこまで行けばワープされてしまうわけで、それまでには決着をつけたい。
「ルシア、左に動いて!」
「わ、わかってるわよ!」
「スピカ、もう少しだけ下がって!」
「はあい」
「ミルウ、無理して前に出ないで!」
「あふっ。わかったよう」
「……」
バニルがみんなに的確な指示を出しつつ、自分も率先して動いてるから凄い。背中に目があるだけじゃ足りないっていうか、空から俯瞰して戦ってる感じだ。これも【鑑定眼】と経験がなせる業なんだろう。
ただ少しだけ妙だと思ったのは、そんな彼女がたまに申し訳なさそうに動きを止めてしまうことだ。疲れてるんだろうが、それだけが原因じゃないような陰りのある表情が気になった。
――後ろの壁はもう間近に迫っている。このままじゃ潰されるから回り込まなきゃいけなくなるわけで、ワープされてしまうのは時間の問題だった。それまでに倒す方法を見つけ出したい。考えろ。考えてもわからないならさらに考えるんだ。
「……あっ……」
そうだ。ボスにスキルが効かないのであれば、自分が変わればいいんだ……。
「バニル、頼みがある」
「セクト?」
「俺はこれから人形になるから、それを真上に向かって思いっ切り投げてくれ」
「ええっ!?」
「頼む」
「う、うん……」
何を考えてるのかと思ったのかさすがのバニルも戸惑い気味だが、それでも試したかった。俺は早速自分を《人形化》すると、その体をバニルに託した。
……うわっ、結構高いところまで投げられたな。みんなが小さく見えるほどだ……。というか、いるはずの亀が見えない。これが朦朧壁というバリアの影響か。
やがて俺の体は元に戻り、落下していく中でようやくボスの甲羅が見えてきた。それからまもなく俺は《浮上》を使って宙で止まると、《反転》でボスと位置を入れ替えてやった。これで亀が空中で浮いて、自分が地上にいる形だ。
さらに俺は地面と自身を《結合》させて元の位置に戻れなくした上、《ドロップボックス》で地上に宝箱を出現させた。これが一番長持ちするし、身を防ぐ鎧にもなるんだ。しかも何度もやったおかげで熟練度がEになってるのでより持続する。
俺は《結合》を解除し、急いで宝箱を開けて中に飛び込んだわけだが、蓋もしてないのに急に真っ暗になった。これは巨大亀が落下したのではなく、やつの基本スキル《初期化》によって元の位置に戻ったということであり、その体内にこの宝箱が入り込んだということを意味していた。
俺は返り血を浴びないように《エアマスク》や《エアアンブレラ》を使うと、《ハンドスピア》で体内を突きまくってやった。いくら《免疫》があろうと、体内の大量出血には対応できまい。
しばらくして視界が開けてくる。小ボスのリトルエンペラーの討伐に成功したってわけだ。特に高価な竜胆石を含めたお宝の魔鉱石が大量に散らばる中、バニルたちが歓声を上げながら駆け寄ってくる。
よし、次は中ボスといきたいところだが、妙に引っかかることもあった。俺が今にも落下しようというとき、誰かがここから離れていくのが見えたんだ。しかも一人だった。一体何者だったのか、気配を探ろうにも既に遠ざかっているせいかわからなかった……。
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