80.急転する事態


「……」


 あれからかなり経ったように思う。《ステータス》で確認すると、やはり夜の刻から朝の刻に切り替わっていた。


 俺は小部屋の中でしばらくの間、《夢椅子》を繰り返し使うことで、立ったまま半分寝てるような状態で待っていたわけだが、ミルウはとうとう戻ってこなかった。一体どういうことなんだ……。


 Aランクの気配察知能力を使ってみたものの、周辺には誰もいない。ってことは割と遠くまで行ったってことだろうが、トイレならすぐ終わらせて帰ってこられるはず。しかし、妙なことが立て続けに起こるな。例のパーティーが急に現れたことと何か関係してるんだろうか……。


「――きっとミルウに何かあったのよ。あたしが様子を見てくる!」


「私も一緒に……」


 ルシアとバニルがたまらずといった様子で立ち上がった。


「俺も……」


「セクトはスピカと一緒にいなさい! ……ムラムラしても、我慢しなさいよねっ!」


「俺はさかりがついた野生動物なのか……」


「お、男の子はそんなもんでしょ!」


「……」


 じゃあそういうことにしておくか。


「ここで少しだけ待っててね、セクト。……私、信じてるから」


「……おいおい、バニルまで……」


「じょ、冗談っ……」


 まだ冗談が言えるうちは大丈夫なのかな。みんな内心不安なんだろうし、それを打ち消したいってのもあるのかもしれない。


 俺も一緒に行きたいっていうのが本音だが、ここにスピカだけ置いていくわけにもいかないし仕方ないか。彼女を背負って行く方法もあるがそれはとんでもない話で、自ずと起きるまではそっとしておいてやりたい。


 バニルとルシアならモンスターが出ても上手く立ち回ってくれるはずだし、ミルウが行きそうなところも見当がつくだろう。もし二人でも見つかりそうにないなら、そのときは俺が行けばいい。


「……」


 俺はスピカのおでこに手を当てた。大分下がったな。まだ微熱はあるけど……。それでも、この様子なら回復までもう少しのはずだ。






 ルシアとバニルの気配が周囲から消えてしばらく経っても、彼女たちは戻ってこなかった。一体何が起こったっていうんだ。まるでミイラ取りがミイラになってしまったかのようだ。


 ……これは絶対おかしい。彼女たちの身に何か起こったに違いない。早く助けてやりたいが、スピカが起きないと始まらない。彼女さえ起きれば、《招集》によってここにパーティーメンバーを呼ぶことができるんだ。もう少し経てばスピカの容体が回復するかもしれないし、焦らず待つことにしよう……。


「――うっ……?」


 ゾワッとがした。まただ。またパーティーが近付いてくるのがわかる。ただ、今度はいきなりではなく、やや遠くから徐々にこっちのほうに迫ってくる感じだ。


 だ、大丈夫だ。例のパーティーだって、『ウェイカーズ』かと思ったが全然違っていた。こんなにマップが広いのに、そんなに簡単にやつらに出会うわけもない。


 って、また男四人に女一人か……。いやいや、ここまではよくあるパターンだろう。


 一人は赤い髪を逆立てた吊り目の男で、頬に短剣のタトゥーがあり……二人目は……青い前髪の一部で片方の目が隠れた男……三人目……灰色の長髪をした、みすぼらしい格好の男……四人目……オレンジ色の短髪の……筋肉質な男……。ご……五人目……とても長い黒髪の……俺の初恋の女性……カチュア……。


「……」


 信じたくなかった。こんな最悪の状況でやつらと対峙することになるなんて……。紛れもなく、こっちに近付いてきているのは『ウェイカーズ』だった。というか、どうしてここに俺がいることがわかったんだ。やつらのうち、誰かが探知スキルでも持ってるのか……? 俺はこれから、病気で寝込んでいるスピカを守りながらやつらと一人で戦わないといけないということか。


 ……ダメだ、どう考えたって無謀すぎる……。


「スピカ、頼む。起きてくれ……」


「……ん、んぅ……」


「……」


 無理だ。しばらく起きそうにない。こうしている間にもどんどんやつらが迫ってきているのがわかる。スピカを無理矢理起こして《招集》してもらったとしても、みんな戦う準備とかできてないだろうし下手したら全滅することだってありうる。


 俺が『ウェイカーズ』の連中に勝てる確率を《成否率》で占うと、まだ何も出なかった。そりゃそうか。熟練度がFからEに上がっているとはいっても、んだろう。


 一か八かで封印のペンダントを外して狂戦士症になるという手もあるが……実行する気にはなれない。もし失敗したら、スピカを死なせてしまったら……。嫌なイメージが次々と脳裏に浮かんでくる。


 どうする。どうしたらいい。もう、やつらの足音が聞こえてきそうなところまで迫ってきている……。

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