37.狂気と渇望


「おい、これから決闘だってよ!」


「マジかよ!?」


「いいぞお! どっちかが死ぬまでやり合えっ!」


「「「うおおぉぉっ!」」」


 夜の刻から朝の刻に変わろうとする頃、冒険者ギルドの前は騒然となっていた。


 それもそのはずか。ギルド内で暴れていたならず者の俺が、これからパーティー『インフィニティブルー』のリーダー、ベリテスによって処刑されようっていうんだから。


 でも、それでいいんだ。今の俺に失うものなんて何一つないからな。結局呪われていたんだろう。前世も含めて俺の人生は最初からこうなる運命だった。ただ、一方的だと気が引けるだろうから少しは抵抗するつもりだ。例の路地裏に落ちていた銀の短剣を拾い上げてベリテスと対峙する。


「さて、いっちょ暴れてやるとすっかあ」


「……」


 ベリテスが帽子とマントを豪快に脱ぎ捨てたとき、一際右肩のほうに視線を追いやられた。肩から下がごっそりなかったからだ。なるほど、バニルたちが右手のない俺と違和感なく接していた理由はここにもあったか。やつは左手で顎の無精髭を掻いたあと、腰に下げた剣を素早く抜いてニヤリと笑った。


「ほれ、武器だ」


 カランという乾いた音ともに俺の足元に長剣が横たわる。


「……これは?」


「そんな短剣じゃ物足りんだろう」


「それじゃ、あんたは……?」


「俺は素手でいい。それと、そのペンダントも外せ」


「え……」


「おいおい、なんだよその意外そうな反応は。お前さん、もう失うものなんてないって言いたげな追い詰められた面をずっとしてたのによ」


「……」


 そうだ。その通りだ。俺はどうせこれから死ぬ運命。狂戦士となり、大いに暴れ回って惨めな人生に相応しい最期を遂げるんだ。


「さあ、来い」


 ベリテスが指をくいくいとやり、俺は短剣を仕舞うとベリテスが投げた長剣を拾い上げた。お望み通りこれで戦うとするか。リーダーを殺せばもうパーティーに復帰なんてできないし、負ければそのまま殺されるんだろうし、どっちにしろようやく楽になれる。俺は全てのしがらみから解放されるんだ……。


 歓声が上がる中、俺は薄暗い空に向かってペンダントを投げ捨てた。まもなく何も見えなくなったが、俺の心は狂気に満たされて酔うかのようだった。このまま死ねるのなら最高だ。






「……おぉぉぉ……」


 俺の体はことのほかよく動いた。以前よりもずっと。これは、剣を持っているからなのかもしれない。鬼に金棒、水を得た魚といったところか。


「ぬおっ!?」


 俺はただ目前にいる肉を切るためだけに動いていた。どよめきや悲鳴がまったく気にならない。外で虫けらが足元にいるのが気にならないように。


「……な、なるほど、こりゃものすげえな。無駄な動きが一切ないし狂戦士というだけある」


「……おぉぉ……!」


「ぬうぅっ……!」


 虫が耳元で鳴き声を上げるのをわずらわしく感じる。早く踏み潰したい。なのに、やつはよく動いて俺の周りをおちょくるようにうろつく。何故だ。何故捉え切れない……? 捉えたと思っても、そのたびに相手の避ける動作が機敏になって空振りしていた。


「やべえぜ、この強さ……久々にわくわくしてきやがった。だが、俺を殺すにはスピードがほんの少しだけ足りねえな。


「……ぉおお……?」


 よく鳴く虫だ。早く切断したい。喰らいたい。無理な動きをしすぎたせいか最早体の感覚がないが、そんなのは関係なかった。ただ獲物をしとめて血を浴びるイメージしか浮かばなかった。


「ぬうぅ……。体が壊れても一切構わないという無茶な動きがこれほどまでに厄介なのか……」


 それ以降、虫は鳴かなくなった。もう少しだ。もう少しで獲物の肉を切断できる。なのに、いきなり狂気が手から離れていくのがわかった。何故だ、一体どうして……。


「――うっ……?」


 気が付くと、俺は地べたにいて体が動かなくなっていた。常に目が回るような感覚と吐き気の中、誰かの足が目と鼻の先にあった。俺は……負けたのか……。


「残念ながらだったな。でも危なかったぜ。狂気がもう少し長引いてたら俺が負けていた」


「……」


 そうか。先に狂戦士症の効果が切れてしまったらしい。


「お前さんの体、ズタボロだからしばらくは後遺症で動かすこともできんだろう」


「……殺してくれ。頼む……」


 もういいんだ。後遺症とかそんなの関係ない。ここで死ねばもう体を動かす必要もなくなる。


「そんなに死にてえのか? もったいねえなあ。俺はこの世から酒と巨乳とベッドが尽きるまでは絶対に生きてやるぞ」


「……は、はあ……」


 このベリテスとかいう男、やたらと強いのに偉く緊張感のないやつだな……。

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