私の恋人

「ねえねえ、イチカ、聞いてよー!ゴロちゃんったらね……、」

「なに、また彼氏とケンカしたの?」

 フミの毎度のグチに、イチカは半分呆れながらも、ちゃんと聞いてくれる。

「ケンカっていうか……、試験開けで久しぶりに会えたと思ったら、まずなんて言ったと思う?」

「わかんない、ヒドイこと?」

「ヒドイもヒドイ!アイツったら、『よし、ホテル行こ!』って言ってきたのよ。」

「うわ……、俗物。」

「キモイでしょ、サイテーでしょ。」

「……で、行ったの?」

「……まあ、流れで……。」

「フミちゃん、汚い。」

「……。」

「ごめん、ゴロちゃんって本当、正直ね。」

 イチカは苦笑いして、フミのふんわりパーマヘアをやさしく撫でた。

 フミは、中二の夏、そういうゴロウの憎めない性格に恋をしたのだ。


 あれから三年、進路で別の高校に通いながらも、いまだに付き合いは続いている。

 けれど最近、フミは思うのだ。

 付き合いたてのときめきは、今では全然感じない。もちろん、変わらず好きだし、これからも一緒にいたいと思う。というか、別れる理由も今のところ見当たらない。

 三年も経てば、カップルとしてやりたいイベントは一通りやってしまった。誕生日もクリスマスも三周すれば、なんかもう風習みたいになっている。

 そりゃあ、恋人だし、若者だし、やることはやる。

 三年経っても、ゴロウがそういう対象で自分を見てくれるだけでも、良いじゃないか。……気持ちいいし、別にいいんだけど。


「別に、良いんだけど。なんか、それしかすることないのかよって。」

「私からすると、羨ましい悩みだけどね。」

「そういえば、イチカはあれから進捗あった?あの、盗撮男子!」

「そんな言い方やめてよ!もー。」




 フミからすると、イチカの方が羨ましかったりする。

 イチカは恋をしている。

(私は、恋してない……?そんなことは、ない。)

 でも、これから自分はずっとゴロウしか知らないで、高二で既に相方と呼べるくらいの間柄に到達してしまって、このまま十代、二十代と年をとって、結婚して普通に主婦業をするんだろうか。

 フミは、ゴロウのことを考えると、ときめきより先に、そういう現実をイメージしてしまうのだった。




 数日後、帰りに駅で待ち合わせしてゴロウと会った。

「ねえ、ゴロちゃん、今日は久しぶりにデートっぽいことしようよ。」

「デートって、これデートじゃん。っぽいってなんやねん。」

「なんかさ、最近思うんだ。ドキドキしなーい。」

「そんなの、仕方ないべ。俺だって、フミの顔、お餅ちゃんにしか見えないわ。おいしそうだなって思うけど、今さらドキドキなんてしないよ。」

「お餅ちゃんって何?ヒドーイ!」

 フミは知っている。ゴロウの仕草から、自分への愛おしさが伝わってくる。

 だけど、最近はそれをいちいち確認しないと、得体の知れない不安が募ってくる。

「ねえ、こういうのって倦怠期って言うのかな?」

「え、違わね?別に冷え冷えしてないじゃん、俺ら。」

「じゃあ、何て言うの?」

「……貫禄?」

「はっ?」

 フミは、ゴロウを置いて歩き出した。

「フミ、待てよ。」

 ゴロウは駆け足ですぐに追いついた。

 しばらく黙々と歩いて、フミはゴロウの方を見て言った。

「ねえ、ゴロちゃん、私のことがキライだ、別れようって、言ってみて」

「なんで?」

「いいから、気持ちを込めて」

「気持ちを込めて?」

「あんた、中学のときの演劇で先生に演技力褒められてたでしょ。なりきって、冷たく言って!」

「やだよ、言ったらなんかくれる?」

「映画のチケット代、奢るから、それから映画一緒に見よう。」

「……よし。」

「……。」

 二人は、向き合う。駅を出た通りは人通りがなく、静かだった。

「俺は、お前のことがキライだよ。大嫌いだ。もう終わりだ。」

「……。」

「……。」






「……おい……。」




「……ううっ……。」




「自分で言い出したことなのに、泣くなよ。」

 全くだ。でも、たとえそれが演技とわかっていても、フミは無意識に泣いていた。

「キライって言った。」

「お前が言えって言ったんじゃん。めんどくさい女だな、もう。」

 ゴロウは、フミの泣き顔を隠すように抱きしめてから、両手でフミの涙を雑にぬぐった。

「私、ちゃんとゴロウのことが好きなんだね。」

「そりゃよかった。」

「三年経っても、まだ未体験ってあるね。」

 フミは、ゴロウの冷たい光線に貫かれてからずっとドキドキしていた。

 二人はその足で、近くの映画館へと急いだ。


 

 

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