G03-04

 2年B組の生徒たちを柊木中学校の体育館の下につくられた地下室に誘導して、しばらくたってから麻宮五鈴(あさみやいすず)は気づいた。


「先生、ちょっと佐々木(ささき)さんと飯野(いいの)さんの荷物を取りに教室まで行って来るわね」


彼女は地下道を通って、2年B組の教室に向かった。


 教室の引き戸を開けるとだれも座っていない机と椅子が整然とならんでいた。彼女は教壇に立って教室中を見回してみる。それぞれの机に座る生徒たちのあどけない顔が思い浮かぶ。いくつかの席に一輪挿しがのっている。戦死した教え子たちの席だ。いくつかの席は既に転校してきた生徒のものとなっている。


こんなことが、いつまで続くのだろうか。


卒業式まで何人生き残れるのだろうか。


私はなにをしているのだろうか。


ここの子供たちに数学や国語などの勉強を教えることに、なんの意味があるのだろうか。


もっと大事なことがあるのではないか。


子供たちにもっと生きた証(あかし)を残してあげられないのか。


次から次に答えのない疑問が浮かび上がり、頭の中を廻っていく。教壇にのった出席簿を開いてみる。亡くなった生徒の名前が二重線で消されている。それを指でなぞって、一人、また一人と消された生徒の名前を呼び、その生徒の机を見る。


「おはよう。麻宮先生」


「先生。はやく授業をはじめてください」


「麻宮先生、遅刻ですよ」


生徒たちが笑顔で語りかけてくる。


明日の朝には、何事もなかったかのように生徒たちが登校してくるのではないかと思えてならない。


「本庄卓也(ほんじょうたくや)」


「はい。麻宮先生。髪の毛、はねてますよ」


本庄んくが自分の髪をつまんでおかしそうに笑っている。


「山下愛(やましためぐ)」


「はい。先生、なに泣いてるんですか」


麻宮五鈴は教壇を押さえたまま、声をあげて泣き崩れた。

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