K02-04

 鉄筋コンクリートとはいえ、古びてところどころ壁がはがれた研究室の中。ノブのない二重のガラス窓と時々うなりをあげる空調が、ここが危険なウイルスを扱う施設であることを物語っていた。部屋の中は分厚い本や研究雑誌、試験管やビーカーといった試験器具が無造作に置かれていた。


 さびの浮いたスチールデスクの背を向けて座る彼女のほおを、森の奥に沈みゆく夕日がそめていた。


「陣野修(じんのしゅう)は宮本修(みやもとしゅう)のクローンですね」


「ええ。そのようね」


山村光一(やまむらこういち)の質問に陣野真由(じんのまゆ)はあっさりと答えた。山村光一は拍子抜けして次の質問が思い浮かばなかった。


 野島源三(のじまげんぞう)は「かくすまでもないと言うことか」と心の中ではきすてた。


「陣野教授。陣野修くんはあなたがつくったのですね」


陣野真由は野島源三を正面からみすえた。


「直接つくったわけではないけど、おそらく結果的にはそう言わざるを得ないかもしれないわね」


「回りくどい言い方はそれくらいにしたらどうだ」


野島源三は怒りを抑えることができずに、試験器具がのったテーブルをたたいてしまった。ガラスの器具がカタカタと音をならした。いつもは冷静な野島源三の行動をみて、山村光一がおどおどしながら彼の肩を押さえた。


「ちょっ。ちょっと。野島さん」


「いや。失礼しました」


野島源三は顔を赤くしながらも陣野真由にわびを入れた。


「ご子息が亡くなられた時、あなたはご子息を生き返らせるつもりでいましたね」


「ええ」


「たとえ、クローンをつくっても遺伝子が同じ双子の兄弟をつくるだけで、器は同じでも中身の人格は、亡くなった宮本修くんとはまったくの別人であることは、あなたが一番よく知っているのではないですか」


「ええ、そのとおりです」


「なら、なぜ、不幸を背負った子供を生み出そうと思ったのですか」


「野島さんはウイルス進化説をご存知ですか」


「ウイルスを細胞小器官(オルガネラ)ととらえ、ウイルスによって運ばれた遺伝子が生物の細胞に入り込み、もとの遺伝子を変化させることによって進化が起きるとする『えせ科学』のことですか」


「『えせ科学』がどうかは知らないけれど『サースティーウイルス』はもともと人間の遺伝子の中にあったわ」


「どういうことですか」


思わぬ展開に山村光一が声をあげる。


「山村、黙っていろ。陣野教授。続けてください」

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