第34話

「アタイ……両親はとっくに死んでて……二人の弟と、三人の妹が居るんだ」


 ルティに渡された服に着替え、少女はゆっくりと語り始めた。


「アタイの名前はマリル。こっからずっと東から来たんだ。妹と弟を追って」

「追って?」

「妹と弟たち……奴隷狩りに捕まって。追って来た」


 そう言って少女――マリルは膝を抱え肩を震わせた。

 ルティがそっと悠斗に告げる。

 

 100年ほど前だ。東の獣人族の国と、隣国とが戦争を起こした。

 戦争の理由は些細なことで、狩りを行っていた隣国の王子を鹿と間違え、獣人が弓矢を放ってしまったのだ。

 王子は無事だったが当然激高。そのまま父王に「射殺されそうになった」と告げ、そこから戦争が始まった。

 ちなみに隣国の王子が国境線を超えて、不法侵入していたのは内緒にされている。


「獣人族は俊敏で、氏族によっては力も強く、個々の戦闘能力では人族は到底勝てない。だが――」

「アタイら獣人族は数が少ないんだ。そりゃあ、エルフよりは多いけど。だから……戦争に負けたんだ」


 戦に負けた獣人族は氏族単位で国を離れた。だが人族との戦に負けたという理由で、彼らはどこへ行っても蔑まれるように。

 100年経った今でも、彼ら獣人族は冷遇されたまま。特に彼らを理不尽に奴隷として売買しようと、たいていの国では咎められない。


「アタイの住んでた集落は大人たちも少なくて……逃げるのに必死だったんだ。必死に逃げたんだけど……」

「捕まってしまったのかい?」


 マリルは頷き、それから大粒の涙を流した。

 そんな姿を見せられ、悠斗は放っておけなくなる。

 なんとか彼女の弟妹たちを助けてやりたい。奴隷商人から子供たちを助けるには……。


「1、殴り込み。2、お金を払って子供たちを身請けする。どっちがいいかな?」

「いや、それを私に聞くか? まぁ金がある訳じゃないしな、1がいいだろう」

「うん。やっぱりそうなるよね」


 なんて物騒な話を軽いノリで話しているのかこの二人は。


「ま、待ってよ! なんで……なんでアタイみたいな盗人の話を、そう簡単に信じるのさ!?」

「そう思うだろ? もっと言ってやってくれ。このユウト殿はな、馬鹿が付くお人好しなのだ。私が付いていなければ、直ぐにでも人に騙され全財産を奪われるような男なのだ」

「あぁ……面目ない……手持ちの小銭は全部盗られたままだね。ははは」


 へらへらと笑う人族と、大きなため息を吐くエルフ。

 そんな二人を見て、マリルは再び泣いた。


 妹や弟が連れ去られた時、同じ氏族の仲間は助けに行ってくれなかった。一緒に追うこともしてくれなかった。

 なのに今目の前に居る異種族の二人は、どうやら妹と弟らを助けようとしてくれているらしい。

 それがたとえ嘘でも嬉しかった。嬉しくて、ここんところずっと流していない涙が止まらなかった。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……ほ、本当に殴り込みに行くのかよっ」

「え? だってそう決まったじゃないか」

「法を犯すような奴隷商人だといいなぁ。そうすれば多少死人が出ても、衛兵も犯人探しなんてしないだろうし」

「え? そんなものなの? いや、でも死人出すのは止めようよ」

「えー。やるなら思いっきりやらねば!」

「軽く殴るぐらいでいいかな。ね?」


 この二人はなんて会話をしているのだろう。自分は何て奴から財布を盗んでしまったのだろう。あとでお金返しておこうと、マリルはそう思うのだった。


 三人がやって来たのは薄暗い通り。

 ここは表通りでは販売できないような、闇ルートで仕入れられた商品が並ぶ場所だ。

 奴隷はこういうところで取引される。


「あ、あそこのテント……」

「じゃあ行こう。マリルの妹さんや弟さんがちゃんと全員居るか、見て貰わなきゃならないからね」

「う、うん」


 本当に大丈夫なのだろうかと不安を抱えぷるぷる震えるマリルは、平然と前を歩く悠斗の後ろに続いた。更にその後ろからルティがついて行く。

 テントの中は薄暗く、鼻につんとくる刺激臭がする。要は不衛生なのだ、ここは。


「いらっしゃい。何をお求めで?」


 両手をもみもみ。見るからに金にがめつそうな小太りの男が出てくる。その両手の指にはいくつもの趣味の悪そうな指輪がはめられていた。

 男の問いに悠斗は、


「この子の弟妹を返して貰いたい」


 っと、なんの捻りも無く言った。

 奴隷商人の男は呆けた顔で「は?」と首を捻り、それからマリルを見た。

 彼女を見て納得したのか、男は指を鳴らしてにやりと笑みを浮かべる。


「たまに居るんですよねぇ。下手な正義感振りかざして、奴隷を解放しろーなんて叫ぶ馬鹿が」


 それがお前だと、商人は言って奥から屈強な男たちを呼んだ。

 が、後ろに立つエルフを見て、屈強な男たちを制する。


「後ろのそれ……譲ってくれませんかねぇ? そうしたら見逃してやりますよ。あ、もちろんうちの商品はお返しできませんので」


 どうやらルティを寄越せと言っているようだ。


「ユウト殿。殺していいか?」

「い、いやもうちょっと待って。ね?」


 悠斗頑張れ! 君の行動次第でここは血の海と化すぞ!

 ごほんと咳ばらいをひとつして、気合を入れるべく深呼吸。そして――


「"俺の剣"×10」


 凶器を出した!

 突然彼の体からぬぅっと出てきた10本の剣に、商人はもちろん、苦境な男たちも驚愕する。

 一歩後ずさりした商人に悠斗は、営業スマイルを浮かべ尋ねた。


「先ほど『うちの商品』といいましたよね?」

「そ、それがどうした。ここの奴隷どもは全て儂の商品だっ」

「商品なら仕入先があるってことですよね?」

「ああああああるとも」


 質問のたびに切っ先を商人に向けた剣が、すぅーっと近づいてくる。もちろん商人はそれに合わせ後ずさりし、護衛の男たちの後ろに隠れた。

 だが悠斗の質問はまだ続く。


「商品を仕入れるとき、仕入先にお金を払って取引する。これ、商売の鉄則ですよね?」

「当たり前のことを言うな! 儂らは仕入先から買った商品に少しばかり金額を上乗せして客に売ってんだっ。何も悪いことはしてねーぞ!」


 先ほどまでの口調とは打って変わり、今の商人はとても商売人とは思えない喋りをしている。

 だが怒気を含んだ口調とは裏腹に、その行動は既に逃げ腰だ。

 そんな彼への質問はまだまだ続く。


「何も悪いことはしていない? おかしいな。この子の弟妹が奴隷狩りに会って、ここに連れて来られてるんだろ?」

「だからなんだっ」

「仕入先にお金を支払わず、無断で連れてきたってことでしょう? それ、商売人としてどうなんえすかねぇ?」

「なな、なにがいいたい!?」

「いえね――」


 悠斗は『俺の剣』で商人らを脅しつつ、更に後ろ手に持ったタブレットから、商人たちには見えないようこっそりとある物を掴みだした。


「ひあっ」

「ひぎぃっ」

「あばばばばばっ」


 ぬぅーっと商人らの頭上に影を落とす物体――巨大な岩を片手で掴んで持ち上げ、悠斗は最後の質問をくりだした。


「仕入先にお金を支払わず商品にするって、それつまり盗んでますよね? 違いますか? 違うっていうなら、ちゃんと商人のお姉さんと取引してくださいよ」


 悠斗は始終笑顔を浮かべ、商人に詰め寄った。

 商人は怯えた。

 悠斗が持つ岩は、どう見ても通常の人では持ち上げられそうにない大岩だ。おそらく力自慢のドワーフですら無理だろう。

 その上この大岩。燃えているのだ。

 もちろんこれはルティの仕業で、火の精霊を呼び出し演出させているのだ。もちろん、熱くないし触れても燃えることは無い。そう見えるだけだ。


 目の前で岩を軽々と持ち上げ、そして宙に浮かぶ剣を従えている男――。


(ま、まさかこの男……戦神か!?)


 まるっきりの勘違いから生まれたこの騒動は、のちに『戦神は獣人を庇護している』と噂され、大陸での獣人族の扱いを改善する事件にもなった。

 というのは先々の話で――


「この子とちゃんと取引してくださいますよね?」


 にっこり微笑む悠斗に対し、商人は怯えた顔でこくこくと頷いた。

 そしてマリルに向かって取引を要請する。


 困惑したままのマリルに、ルティがそっと「弟妹をあの男に売るか?」と尋ねる。

 売るわけがない。助けに来たのだから。


「取引なんてしない! 弟と妹を返せ!!」

「はい、取引は不成立。商品を返して貰いましょうか?」


 商人は呆気に取られた。

 これは何の詐欺だ? 自分は騙されているのか?


 だがここで獣人の奴隷を返さなければ殺される。いや、きっと末代まで祟られるだろう。


「つ、連れてこい」

「へ、へい」


 こうして悠斗たちは、穏便にマリルの弟妹を取り返すことができた。


「あ、最後に」

「へあっ。ま、まだ何か!?」

「えぇ。奴隷商人なんて止めた方がいいですよ。もっとまじめな商売をしましょうよ。ね?」


 そう言って悠斗は、契約直前の客に向けるような、最高の笑みを浮かべて諭すのだった。

 あと取り出したままの岩が邪魔で、再びタブレットに仕舞い込むのも見られてはまずいと……仕方なくその辺にぽい捨てすることに。


 どっしゃーんっと轟音を響かせ、テントの中にあった商人の金庫が――潰れた。

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