第10話

 転移魔法で現れたのは森の入り口。その森の奥に山脈があり、地図では温泉はその中にある。

 転移後から森を進んで、山の麓に到着したのは陽が暮れる直前だった。

 山から流れる小川を見つけ、二人はその近くで野宿することにした。


「"△×♯∀"」


 ルティの短い言葉は悠斗には理解できなかった。転移魔法の際の言葉もだ。

 だがそれが魔法を唱えるための呪文であることは理解出来た。

 二人で拾い集めた小枝の束に、まるで炎を纏ったトカゲのようなものが現れ火を点けたからだ。


「ルティ、今の言葉は?」

「ん? 精霊語だ。私はルーン魔法と精霊魔法が使える」


 ルーン魔法という単語に悠斗は聞き覚えがあった。いくつかの有名ファンタジー小説で目にする、魔法の種類のようなものだ。精霊魔法も然り。

 さっそくタブレットで『ルーン魔法』と『精霊魔法』を検索したが、そこにはそれぞれの魔法の概要という糞面倒くさい長文が書かれていた。スクロールバーの短いこと。読む気にもなれない。


「何を調べている?」


 ルティは相変わらず日本語を読めないが、タブレットに悠斗が話し掛けている時は調べものをしているのだという事は既に理解している。


「君が魔法を使う時、なんて言っているのか知りたくて」

「詠唱か? それではルーン語と精霊語で調べるといい。まぁ調べたからと言って簡単に理解出来る事ではないが」


 なるほど。と、次は教えて貰った通り検索した。当然アプリをDLし、それからインストール場所の選択を自分に。

 これで魔法言語を二つマスターした。チョロイもんである。


 暗くなる前にテントを張り、それから食事の支度だ。


「ふぅ……久しぶりによく歩いたな」

「そうなんですか? 車が無い世界だし、どこへ行くにも徒歩だろうから歩き慣れていると思ったのだけど」

「くるま?」

「あー……馬を使わない、鉄の馬車……と言えばいいのかな。油で動いていて、馬車の何倍ものスピードが出るんですよ」

「鉄……重たそうだな」


 そりゃあ重たいだろう。

 そして悠斗の謎については、長距離移動は空間転移の魔法があるから――の一言で片づけられてしまう。

 この魔法、本人が記憶している場所ならどこでも移動が出来る。

 300年生きて来たのだから、行った事のある場所ならいくらでもある。

 昔はそれなりに歩いたが、ここ150年ぐらいはほとんど魔法に頼っていると言う。


「ま、今回のように未開拓の地は流石に行ったことないので、魔法を使えないが」

「じゃあ魔法で移動できる箇所が増えますね」


 と悠斗はにっこり微笑んだ。

 するとルティの顔が赤くなる。


「どうかしましたか?」


 尋ねても反応がない。心ここにあらずといった感じだ。

 だが突然我に返ってあわあわと狼狽え始めた。


「な、なんでもない。さぁ、食事にしよう」


 なんだろうと思いつつ、先ほどから鍋で煮詰めていた干し肉と乾燥野菜のスープから漂う匂いに負け、悠斗の腹はぐぅっと音をたてた。






 月明かりの下、悠斗はタブレットを弄って温泉の場所を詳しく調べることにした。

 日本に居た頃もよくお世話になったg〇〇leマップ同様、倍率変更が可能だったようだ。

 現在地もしっかり表示されているので、そこを中心にして倍率を上げていく。そしてこれまたg〇〇leマップ同様、ある程度までしか拡大できないようだった。

 それでも十分、道は分かる。

 ただ未開拓の地なので、残念ながらは存在しない。

 最短距離で登りたいが、流石に航空写真は無い。地図は精工に描かれただが、真上から見たような構図だ。故に木々に覆われた場所ではその下の地面がどうなっているのかまでは分からなかった。


(そのあたりは直接目で見て、上りやすそうなルートをその都度探して歩くしかないか)


 その為にも明日、太陽が昇るのを待つしかない。

 焚火の周辺以外は完全な闇に包まれているのだから、何も見えない。


 いや、何か見える。

 小さな光の点がポツポツと。そしてそれはどんどん増えて行った。


「ル、ルティ?」

「ん。兎だろう」


 特に気にした様子もなく、ルティは食後のデザート、悠斗から貰った桃を食べていた。

 

 兎……にしては、光る点は二つセットではない。個々がばらばらに動いているのだ。

 動物なら二つセットで動くはず。本当にこれは兎なのか?

 しかもじわりじわりと近づいてくる。

 野生動物が明かりに近づいて来るなんて、悠斗には信じられなかった。


 不安に思い火が点いた枝を光の点に向け、ひょいっと投げる。

 ぽてんと落ちた先を僅かに照らし、そこに見えたのは――


「ひっ! め、目が一つしかない!!」

「んむ。一つ目ルナティックという魔物だからな」

「今さっき兎だって言ったじゃないですかぁぁっ!」


 そんな悠斗の叫びが悲鳴に聞こえたのか、なんともシュールで可愛気も何もない一つ目兎が一斉に飛びかかって来た。

 魔物と言ったが、大きさは実際の兎そのものだ。子犬か、それより僅かに大きい程度だろう。

 顔の真ん中に大きく真っ赤な瞳がある以外、あの愛らしい兎と同じだ。

 そして毛並みも――。


「もっ。もふっ。うっぷっ。もふふっ」


 突進され、体中もふもふだらけになった悠斗。ルナティックの顔は不気味だが、それを覗けば最高のもふもふだった。


「あ、ユウト殿。一応そいつら肉食なので気をつけたまえ」

「え? ったー! イタイイタ。くそっかじるな!!」


 ルナティックたちはもふもふを堪能させながら、実は悠斗にかじりついていた。前足後ろ足でも引っ掻き、もふもふで顔を覆って窒息しさせようともする。なかなかに凶悪な魔物なのだ。

 悠斗も身の危険を感じ、ルナティックを掴んではポイ、掴んではポイと捨てていく。

 だが捨てられた程度でルナティックたちが、久々の生肉を諦めるはずもなく。


 尚、ルティは自身の周りに結界魔法を施して、何人の侵入も阻んでいる。ずるい。


「こ、これどうやっ――あぁ、自分だけずるい!」

「ははは。バレてしまったか。まぁこいつは低級魔物だ。オークに比べると雑魚も雑魚。その証拠にほら」


 自分の体を見ろ――と、ルティが悠斗を指差す。

 見ろと言われてみた自分の体には、僅かな引っ掻き傷がある程度。今も彼の体にはルナティックがガジガジと噛みついているが、その歯はまったく皮膚に通っていない。

 痛みがあるが、痛いっと思う程度だ。


 それほどまでに弱い魔物なのかと、少しだけ安心。

 だがこのままではもふもふ地獄で窒息死してしまう。やはり倒さなければならないだろう。


「小動物を殺すみたいでちょっと気が引けるけど……」

「肉は美味いぞ」

「"俺の剣""俺の剣""俺の剣"!」


 肉は貴重だ。干し肉はまずくは無いが、やはり硬い。

 兎美味しいかの山という歌もある。本当は兎追いしだが、細かいことは横に置いておこう。

 

 三本の【輪廻の女神によって創造された絶対に折れない刃こぼれしない鋼の剣】=俺の剣を操りルナティックを葬って行く。

 体に纏わりついた兎は掴んでポイ捨て。そして瞬殺。

 こうして一晩に兎肉を30ほどゲットした悠斗は、全身もふ毛だらけ、微妙な傷だらけになった。


「お疲れユウト殿。いやぁ、やっぱり強いなぁ」

「超低級モンスターでよかったよ……出来ればルティも手伝って頂けると助かるんですけど」

「なんだ、昔のように守ってはくれないのか……」


 拗ねたように唇を尖らせるルティの様子に、悠斗は思わず狼狽してしまう。

 なんせその仕草が可愛いからだ。

 そっぽを向き、膝を抱え不貞腐れる姿は、普段の紳士モドキから想像できない程少女らしくて愛らしい。


 だから思わず言ってしまった。


「ま、守るさ。守ってあげるよ。これからもずっと」


 そう熱く語った直後、悠斗の顔が真っ赤になる。


(い、今のまるでプロポーズじゃないかっ。ひぃーっ)


 真っ赤になっているのはルティも同じだ。膝を抱えたまま、口をあんぐり開けて硬直している。

 暫くの間、辺りは静寂に包まれた。


 パチッと、薪が弾ける音でお互い我に返った。


「そ、そうだユウト殿。兎を解体しておかないとな」

「あ、あぁ、やっぱりそういうの必要なんですね」

「そ、そうだとも」

「でも俺、料理苦手で……魚も捌いたことないし」

「そ、そうか。じゃあ私が――」


 ぎこちなく行動を開始したが、直ぐに解体問題は解決した。


 タブレットにDLしたルナティックのファイルをぽんっとタップすると、いつもの選択肢の他に『解体』という項目が追加されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る