第7話
「ありがとうございます、勇者さま」
「あ、いや……自分は勇者とか、そういうんじゃないですから」
「勇者殿は勇者だろう」
三つの村を巡り、全ての女性らを送り届けたのはどっぷりと陽が暮れてからの事。
行く先々でルティの「勇者殿」発言のせいで、すっかり悠斗=勇者認定されてしまっている。
その頃にはすっかり女性らの警戒心も解け、同時に別れの時間でもあった。
「勇者様、助けて貰ったのに怖がったりしてごめんなさい」
「いやいいんですよ。あなた方も随分恐ろしい目に会ったのですから、仕方ありません。でも元気になって何よりです」
「勇者様……そんな畏まらないでください。畏まる必要があるのは私たちの方なんですから」
「勇者様って、物凄く腰が低いんですね」
「あ、いやこれは……はは」
社畜として培われたスキルだろう。そのうえ職種は営業だったのだ。
お客様は神様です! が社訓。いついかなる状況でも、腰を低く例え一方的なクレームだろうが頭を斜め45度に下げお詫びしろ。
そんな環境で10年間働いて来た。
短いようでそうでもないこの10年間で、悠斗は普段からですます口調が身についてしまっている。
数年前、高校時代の友人にバッタリ遭遇した際も、他人行儀な口調に友人がドン引きしたぐらいだ。
「しかし、すっかり暗くなってしまいましたね」
「そうだな」
村には明かりがある。だがその灯りも、家々の窓から零れて軒下を照らす程度だ。
振り返ればそこにあるのは暗闇。
当たり前だ。異世界には道路を照らす為の街灯も無ければ車も走っていない。
頼りになるのは夜空に浮かぶ月と星たちのみ。
この村に泊めて貰おうか。そう悠斗は思ったが、気が付けば村人たちはさっさと家に戻ってしまっていた。
帰ってしまった人を追いかけ、わざわざ押しかけるのも忍びない。
ではどうするか。
野宿しかないでしょ!
「ルティさん、今日はどこかで野宿を――」
そう声を掛けたときだった。
エルフはぶつぶつと呟き、それから悠斗に手を差し出した。
握れ――ということなのだろうかと、悠斗は躊躇しながらも彼女の手を握った。
その瞬間、視界がぐらりと揺れ、膝カックンされたように足元がふらつく。
そして。
それまで真っ暗闇の中に居たと思ったら、突然景色に明かりが灯された。
「え?」
「今日は温かいベッドで眠りたい気分なのだ。だから町に飛んだ」
「と、飛んだ?」
「んむ。魔法でな」
そう言ってルティはウィンクをして寄越す。
彼女は特に杖のような物を持っている風でもない。だが確かに黒いコートは魔法使いっぽく見えなくもない。
それにエルフだ。
古今東西、エルフは魔力に優れている――というのは、どんな物語でも共通している。
ルティが魔法を使ったとて、悠斗は特に驚く様子も無く納得した。
そうして二人がやってきたのは『草原の仔馬亭』という宿。
建物に入る前から漂って来る香ばしい匂いに誘われ、この宿を選んだ。
「勇者殿、路銀は持ち合わせているのだろうか?」
「路銀? あぁ、お金の事ですね。大丈夫です。十分ありますから」
所持金は金貨20枚。この宿が一泊1000エルンなどというボッタクリ価格でなければ大丈夫だろう。
早速中へと入り、ルティがカウンターの奥に立った宿屋の主人に声を掛けた。
主人はまず、声を掛けてきた人物であるルティに驚いた。
どうやらエルフは珍しいらしい。
宿賃は一泊28エルン。平均より安い宿だという事に悠斗は安堵する。
食事代は含まれないという事で、二人はまず、宿屋1階にある食堂へと向かった。
多くの客で賑わう食堂は、カウンターが数席、テーブルは小さなものが一つ空いているだけだった。
テーブル席へとつくと、程なくして食堂のお姉さんがやってくる。
「ご注文――わっ。あなた、エルフなの?」
ここでもエルフは驚かれる。
目を丸くしたお姉さんに対し、ルティは柔らかな笑みを浮かべ、
「いや、ドワーフだ」
と平然と嘘を言ってのけた。
一瞬の静寂。それからお姉さんは「ぷっ」と噴き出し、エルフも冗談を言うのねと笑った。
このエルフの言葉はどこまでが本気で、どこからが冗談なのか。未だ付き合いの短い悠斗には判断できない。
「勇者殿は何を頼む? 『メニューは読めるか?』」
後半は悠斗にのみ聞こえるよう、ぼそぼそと囁くような声だった。
お姉さんが見せてくれたメニューは、当然だが日本語で書かれていたりはしない。
だがアプリのおかげなのだろう。悠斗は出されたメニューに書かれた文字を読むことが出来た。
「大丈夫。このお勧め香草焼き定食をお願いします。あとビールもいいですか?」
「は〜い。お連れさんは?」
「私は香味野菜スープで」
「え? それだけなんですか、ルティさん」
「ん? いつもこんなもんだが……あぁ、エルフは人族程食べないのだよ。これがエルフにとっての普通だ」
なるほど、そんなものなのかと納得。
食事が運ばれてくるまでは、周囲を観察しながらこれからの事を話し合う。
ルティは悠斗に着いて行くと言っている。悠斗としては案内人が居るのは非常に嬉しいが、だが相手は若い女性だ。女性と二人っきりというのは、どうにも恥ずかしい。
とはいえ、二人きりが嫌だと言っても、他に同行者は居ないだろう。
「そもそも自分には目的がない。ただこの世界で生きていくだけ……なので」
「誰だって生きることが目的なのでは? 死ぬのが目的で生きている者は居ないだろう」
「まぁそうなんですが。はは……」
異世界にやっては来たが、望んでこうなった訳じゃない。
上司に倒れ込まれ、ぜい肉に包まれ死亡したのだ。脂肪だけに死亡。
突然の事でいろいろ戸惑ったが、転移を繰り返すうちに戦うことにも慣れていた。
オーク1万匹を倒したのだ。ちょっとぐらい強くなっているかもしれない。その証拠に盗賊団もあっという間に倒せたし。
何よりインストールスキルがある。まぁ使い方として正しいのか不具合なのか分からないが、結果オーライな事態にはなっていた。
では異世界無双でもするか?
いや、自分から好んで戦いの場に出る必要はない。
社畜として10年間、生きているのか死んでいるのかも分からない、ただただ作業ゲーのように頭をペコペコする人生だった。
いつか仕事を辞めたら、のんびり温泉に浸かってゆっくりしたいな。あちこち旅をするのもいい。
そんな漠然とした夢ぐらいは持っていた。
「温泉……あるのかなぁ」
そんな悠斗の呟きに、
「あるぞ」
と、運ばれて来た香味野菜をふぅーふぅーしながらルティが答えた。
そ・れ・だ!
悠斗の目的が決まった。
叶えることの出来なかった夢を、いまここで――異世界で叶える!
各地の温泉を巡る旅に出よう。そうしよう!
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