5-110 闇の世界9







オスロガルムは突き出されたサヤの腕に、魔素で作った球体を絡みつかせる。

その球体は腕を包み込むように伸び、腕の形状の膜を作った。


サヤはその様子を眺めていると、傷口から一部の魔素が血液が抜き、残りの魔素は生き物のようにサヤの体内に侵入していくのが見える。



「……っ!?」



痛みはないが、それらが入り込んでくる感覚は気持ちの良いものではなかった。

そして、すべての魔素が身体の中に入り込みしばらくして、サヤの身体に変化が起こる。



「な……に、これ!!ぐっ!?あ……熱い!!」




この世界に来て痛みを感じない身体になっていたが、身体の内からの燃えるような痛みに近い感覚が苦しみとなって全身に広がる。



「はっ!……はっ!……はぁ……!!!」



口からは声を出すのも苦しいほど、ただパクパクとさせるだけしかできない。

そうすることにより身体の苦しみが和らぐことはないが、何もしなければ苦しみが増していくだけだったため、無意味であってもこういう行動をしてしまっていた。



息苦しさから、胸を掻き毟りその場所からは血がにじんでしまっている。

いま、オスロガルムがどういう思いをしているのか……など考える余裕はサヤにはない。

越えられない苦しみが直前に迫った時、サヤの意識はそこで途切れた。






どのくらいの時間が過ぎたのか……

サヤは再び、ゆっくりと目を開いた。

辺りは闇に包まれてはいたが、周囲が見えないというほどの闇ではなかった。



「ぐっ……ここは?あたし……う!?」




直前の記憶を掘り返し、サヤはあの時の気持ち悪さを思い出してお腹のものを吐き出しそうになる感覚に見舞われる。

だが、その中には何も入っていないため戻ってくるものは粘々とした唾液のようなものしか出てこない。

ゆっくりと今の身体の状態に、あの苦しみは感じられず気持ちを落ち着けて嘔吐感を抑え込んだ。


「ふぅ……」



気持ちも落ち着いた頃、辺りを見回すと森の中にいることを思い出し、見上げるとあの崖のシルエットが闇の中に見えた。




『グルルルルルル……』




草むらの奥から、犬のような唸り声が聞こえてくる。



「ちょっ……と、なに?もしかして、狼?」



その声と同時に、草むらの中から数匹の狼が姿を現した。

そのことに対して恐怖の感情はないが、このままだとやられてしまう可能性あることは頭の中に浮かんでくる。


サヤは辺りを見回して、一本だけ折れた小枝を見つけて手にして構えた。

だが、それは明らかに子供が振り回して遊ぶときに用いるようなもので、この状況を何とかできるような代物ではなかった。


狼は相手が怯えていないことに怒りを覚えたのか、数匹が一斉に唸り声をあげる。

動物の気持ちがわからないサヤでも、これは自分を威嚇しているのだと判った。



「ふふん!こうなったら、やるだけやってやろうじゃないの……かかってきな!!」



その声と同時に、狼の一匹が鞘に向かって飛び掛かってくる。

サヤは無我夢中でその小枝を横に振り払うと、それは鞭のようにしなり相手の鼻先に当たった。



『――ギャン!』



サヤの身体に食らいつくはずだったが、カウンターで反撃を受けて狼はひるんだ。

最初の攻撃は何とか対応できたが、相手はひるんだだけで大きなダメージはない。

それどころか、サヤの手にしていた枝は折れて辛うじて皮で繋がっているだけの状態だった。



相手はもう反撃できないと判断し、狼たちはサヤの周りを体勢を低くしてゆっくりと回っている。

あとはもう、獲物をどう処理するかだけを考えているようだった。


サヤは武器の意味を成さなくなった枝を投げ捨て、不慣れなボクシングのファイティングポーズをとる。

幸いにも痛みを感じないため、噛まれても殴り倒してやろうと考えていた。


だがそんなに甘くはないと、サヤはこの後知らされることになる。









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