5-34 魔法の中で
「私……やってみます!」
『あ、そう……わかったわ、無理には止めないわ』
「サナ……」
止めようとしたが、サナが一度言い出したら聞かない性格なのは知っている。
ブンデルは、両手を組んでサナが選択した行動が成功するようにと森の精霊に祈った。
サナは、ゆっくりとシュナイドに近付いていく。
そしてシュナイドの身体に向かって手を差し出す。
シュナイドはモイスと違う形状をしていた。
モイスは西洋の竜で胴体から長い首が伸び、背中には二枚の羽が出て四肢と尾が伸びていた。
シュナイドは、東洋の竜の形状で、首、胴体から尾までつながっており、途中で四肢が伸びていた。
顔には特徴的な長い髭が伸びており、首を巻いておとなしく地面に伏せている。
サナはゆっくりと数回、深呼吸を繰り返して自分の中の魔力を高めていく。
いつもの魔法の詠唱を、口の中で静かに唱え始める。
ブンデルはサナの中に魔力が巡っていくのを感じ、ガブリエルは腕を組みながらただ黙ってその様子を眺めていた。
(お願い……効いて)
準備が整ったサナは、ため込まれた魔力を解放する。
「……ヒール!」
そう唱えた瞬間、サナの意識は途絶えた。
(……あれ?私……何してたんだっけ?……ここは……どこかしら?)
真っ暗な暗闇の中、足元には地面のような感覚はある。
自分の身体は見えるが、周りは何も見えずどこまでも暗闇が続いていた。
サナは暗闇の中、足元に気を付けながらゆっくりと足を進めていく。
足元は建物中のように平らな板の石の上を歩くような感覚がある。
こんな場所でも怖いという感情は生まれてこない……それどころか、感情がすべて抜け落ちてしまっていた。
それと合わせて自分のことは認識できるが、それ以外の記憶も失われてしまっていた。
あるのはただ、”前に向かって歩かなければ行けない”という使命感にも似た行動だけだった。
一歩、一歩、一歩、一歩……
誰かに命令されたように、永遠と同じ動作を繰り返し続ける。
どのくらい歩き続けただろうか……だが、その身体が疲れることはなかった。
数日、数か月……そのくらいの時間をサナは歩き続けている。
そしてサナは、何もない空間の中に一つだけ扉が存在しているのを見つけた。
(……扉だ。開けていいのかな?)
サナは疑うこともせず、扉の取っ手に手をかける。
するとサナの手は、扉と同化していくのが見えた。
ゆっくりとサナの手は扉の奥に吸い込まれていく。
感情のないサナは、その様子をただ見守っているだけだった。
『――っと!危ない!!!』
後ろから引っ張られ、吸い込まれそうになる扉から引き離された。
しりもちをついた状態で上を見上げると、そこには見たことあるようなないようなショートヘアの女性が立っていた。
『ごめんごめん、広すぎちゃって探すのに時間がかかったんだ。大丈夫?』
「はい、大丈夫です……ここはどこですか?あなたは?」
『あー、そっか。もしかして……いや、そんなこと言ってる場合じゃないな。あんたの彼から預かってきたよ……ほら』
サナは目の前の女性から、ボーリングの玉のような光が虹色に渦巻く球体を差し出された。
それを両手で受け取ろうと触った瞬間、身体の中に魔力が流れ込んできた。
「あ、ブンデルさん!!」
名前を口にした瞬間、サナは自分が名前を呼ばれていることに気付いた。
「サナ!!おい、サナ!!大丈夫か!?」
「あ……ぶん……でる……さん」
「わかるか!?俺だ、ブンデルだ……良かった」
「わた……し、どうして……あ!!」
靄がかかった頭の中が、徐々に晴れていく。
それと同時に自分がさっきまで行っていたことを思い出した。
「シュナイド様!!」
サナは、シュナイドの姿を探す。
シュナイドの身体は光に包まれ、その中で様々な形が作不規則に変形を繰り返していた。
「魔法を唱えた後、すぐに倒れたんだよ。ガブリエル様がおっしゃるには、魔力が足りないってことだったから、ガブリエル様を通じてサナに送り込んでもらったんだ」
『ふぅ……無事に意識が戻ったようだね』
説明を終えると、ガブリエルが再びその姿を見せた。
「ありがとうございました……」
『いや、いいんだよ。どうやらモイスも手伝ってくれたみたいだから……それよりも』
ガブリエルの視線が、光の球体の方へ向けられた。
まだ変形を繰り返しているその姿は、いつまでも続けられいていた。
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