5-18 キャスメルの憂鬱8








翌日、まだ日が昇り始める前で外気は山から下りてくる冷たい風のせいで肌寒く感じる。

キャスメルたちは松明を手に、山の入り口となる噴水の広場の前に集まる。



キャスメルのメンバーの他に、ナルメルとイナがそこにいた。

イナは用事があり、一度ドワーフの町に戻るため同行させて欲しいといった。

単独で行動するよりは、ある程度の集団で移動したほうが危険を回避できる。



キャスメルが協力を要請するようになってから、各村を通るルートはそれぞれの種族の手によって安全が保たれるようになっていた。

それでも時々、この山を住処にしていた魔物や大型生物と遭遇することは稀にある。


その被害にあわないのは、各種族……特に既存の生態を崩さない様に気を付けているエルフの働きによるところが大きい。






「それでは、そろそろ行きましょうか。今から出発すれば、日が頭上に昇る前に山頂へ到着できます」



「そうだな……それではナルメル殿……いや、ナルメルさん、よろしくお願いします」





キャスメルは、先導役を務めてくれるナルメルに告げた。

その言葉のやり取りを合図に、一同はグラキース山の頂上に向かって歩き始めた。

道中に何度か休みを取りながら、キャスメルたちはゆっくりとした歩みで山間を抜け坂道を登っていった。

その行程では動物や魔物に出会うが、オーサとナルメルのおかげで何事もなく無事に通ることができた。



エルフの村ドワーフの町と抜けていき、そこでイナとは一旦別れた。

帰りにドワーフの街に寄って、一泊してから下山する予定となった。






そして、キャスメルたちはいよいよ頂上付近に到達する。

木々の間から見えていた山の頂上もなく、多い空と山間を通り抜ける風に吹かれて流れる雲だけが見えている。





「本当に……こんな場所に……大竜神様が……いらっしゃるのですか?」



息も切れ切れに、一番背の低いクリエが問いかける。

歩幅が短く登山には向いているとされていたが、基礎体力が低いためここまで来るのは容易ではなかった。

シュクルスがクリエの荷物を一緒に持っていても、シュクルスの方がまだ余裕が残っている。


途中アリルビートから”シュクルスに背負ってもらったらどうか?”と、冗談まじりに提案した。

アリルビートなりのシュクルスへの援護射撃だったのだが、ルーシーにその発言は叱らることになった。


それ聞いたシュクルスは、本気に受け取り何度もクリエに自分が背負うと申し出る。

だが、クリエはそんなことはさせられないと必死に断った。

その結果、荷物だけは持つとシュクルスはクリエから荷物を奪うようにして引き取った。


その後、クリエは頭の中で妄想をする。


(もし、さっきの申し出がキャスメル王子だったら……だめよ!そんなこと!!王子にそんなことをさせるわけには行かないわ!!)


などと考えながら、一人で頭を振る。

その様子をクリエの後ろを歩くルーシーとアルベルトは、青臭い匂いを感じながら声を殺して笑っていた。







「確かこの辺りに、父が付けた目印があるはずです……」




ナルメルは父親が付けたといったが、本当はキャスメルが目印をつけておいてほしいとナルメルに頼んでいた。

あの夜の話から、キャスメルがステイビルに対して劣等感を持っていることを感じ、話を変えて説明していた。



その目印を見つけ、それと同じにモイスが隠れていた空間の岩肌を見つける。


「確かここに……」



その場所を手で探りながら、ナルメルはモイスからあの空間に呼ばれることを期待する。

だが、ハルナたちと出ていったモイスが、今どうなっているかは判っていなかった。

あの時聞いた話では、その時が来れば戻ってくるといっていたが、本当にその通りになるかはナルメルは不安だった。



「ここが……そうなのですか?」



キャスメルはナルメルと同じ動作をし、目の前にある岩肌を触ってみた。



「はい。この場所にモイス様はおられました……ここに来れば呼び寄せてくれるとそうおっしゃっていました」




「火の大竜神の”シュナイド”様とは違うのですね……あの時は」



とクリエがそう告げた瞬間、状況が変化する。

その場から、クリエだけが姿を消していた。





「クリ……エ?……クリエ!?おい、どこだ!!返事をしてくれ!!!!」



「王子!ここから離れてください!早く!みなさんも!!」






何か違うと感じたナルメルが、すぐにこの場を離れるようにと、キャスメルたちに声をかける。



「しかし、クリエが!?」



「王子!はやく……失礼します!?」



ルーシーが自分より小さなキャスメルを抱え、ナルメルの指示した森の茂みの中に身を隠した。

アリルビートとシュクルスは剣を抜き、周囲を警戒する。

だが、それ以上のことは何も起きない。



ナルメルも周囲のわずかな音を逃さないように、聴覚を集中させる。

いつもの木々の葉が、グラキースの山肌を滑りぬける風によって擦れる音だけ不規則に聞こえた。






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