5-6 グラキース山のふもと









「ここが……新しく造られた町」



「す、すごいですね」




キャスメルの言葉に、シュクルスは同行していない方の王子の功績に素直に評価した。

本来なら、競争相手のチームの功績を褒めることは、自分の主に対して不敬となる。

しかし、キャスメルはそんなことは気にしていない。

争っているとはいえ、相手の力量は自分より上であることは分かっていた。

初めの頃、そのことをついてきてくれた者たちに話すと、酷く怒られたものだ。


"キャスメル王子にもステイビル王子にはない良さがある"――のだと。


そして、必死にその話しをした後のクリエの悲しそうな顔は、今でも脳裏の忘れられない。

そこからキャスメルは、ついてきてくれる者たちのためにも、精一杯頑張らなければと心に深く刻み込んだ。




「さぁ、キャスメル王子……こちらへ」




この村の面倒を見ていたポッドが、いまは暫定的に人間側の代表として任に就いている。

そして、この町に到着したばかりのキャスメルたちを、ステイビルたちも使っていた建物へと案内する。


その途中、ドワーフ、エルフの姿も見られ、キャスメルと一緒に同行をしていたディヴァイド山脈で協力してくれたコボルトもその風景に言葉を失っていた。

それと同時に、コボルトはそのことが羨ましくも思えていた。




「オーサさん?どうかしました?」



「む……スマナイ、何でもない」





オーサと呼ばれたコボルトは、あの山脈の中でコボルトの集団をまとめていた兄弟の兄……コボルトの長だった。

姉と一緒に火の精霊を扱う能力を与えられ、姉を殺した人間そのいのちがを襲い闇に侵食されかかっていたところをフウカの力とシュクルスがもつ剣の力で浄化してもらい、その命を助けてもらった。



王選が始まって以降も、コボルトはキャスメルから何度か呼び出しを受けていた。

その中で、いつしか自分も付いていく方が効率がいいのではと提案してみた。

キャスメルたちはその言葉に驚いたが、協力者は多い方が良い。

コボルトに対し申し訳ないと思いつつも、キャスメルはコボルトに同行をお願いをする。

その裏には、自分がいなくともディヴァイド山脈の様子は落ち着いてきた。

同族や他族の調整は弟に任せて問題はなく、西の国からも東の国からも襲撃をされることは今ではない。


そんな環境のなか、ある一つの思いが生まれる。



“外の世界を見てみたい……”




姉ができなかったことを、今自分がその願いを叶える時だと考えた。

そのためには、一人であることよりも人間に同行し様々な出来事を体験させてもらうことが一番だと考えた。

その対象に考えていたのは行商人のパーティーだが、それよりも多様な経験を積んでいきたいとコボルトの長は思うようになる。


その時、運よく自分たちを呼ぶ鈴の音が耳に入ってくる。

長は、弟がその音に応じて出かけようとしていることを制し、自分が行くと言って音の鳴る方へ向かっていった。

そして、コボルトは人間の言葉を覚えていき、流暢に話すこともできるようになっていった。



ある日、クリエに“長“では呼びづらいと言われ名前を聞かれた。

名前など付ける習慣のない生き物で、それが無くとも特に困ったことはない。


だが一緒に同行する人間は困ると言われ、好きに呼ぶことを提案する。



するとクリエは、腕を組んで何やブツブツと呟き始めた。

周りの人間はクリエと一緒に考えることもせず、ただクリエのことを見守っているだけだった。




「コボルト……でしょ?……長……長男でしたっけ?……おさ……おさ……お……さ……おーさ……オーサってどうです!?」




クリエは検討し始めて、十数秒で結論に辿り着いていた。

周りのものたちも、その結果に不満はない様子で決定事項となっていた。

後で聞けば、クリエ以外は“そういうこと“の類は苦手のようで、咄嗟に考えてもらった名前は今では覚えていない程のデキであったし、その名前でなくてよかったと思える結果だった。





オーサは、仲が悪いとされているドワーフとエルフが人間と話をしている状況を横目で見ながら聞き耳も立てつつキャスメルたちの後を付いていった。

そんな状況がうらやましく思いながら……自分も、姉も夢見ていた暮らしがここでは行われていたことに。



「それでは、こちらをご利用ください。何かありましたら、遠慮なくおっしゃってください」



ポッドは、キャスメルたちを来客用の家の中に案内し、自由に使ってよいと告げる。

キャスメルはそのことに、お礼を告げて有難く使わせてもらうことにした。

その言葉を受け取ったポッドは、再び自分の仕事に戻ろうとしたが呼び止められる。



「あ、ポッドさん!」



「え?はい……何でしょうか?」



その声の主は、クリエだった。


「あとで町の中、歩かせていただいてもよろしいですか?その、お仕事の邪魔にならない範囲でよいので」



いまだに町は新しい建物や設備が整備されている途中だった。

勝手に歩いては、邪魔になったり迷惑をかける可能性があると考えた。

だが、この町に興味を示しているオーサが自由に見て回れるようにと、クリエはその許可を取りたかった。



「えぇ、構いませんよ。なにか案内などが必要でしたら誰でもよいので、お声がけください」



ポッドはクリエからお礼の言葉を受け、部屋を退室する。

クリエの横にいたコボルトから、小さなお礼の言葉も聞こえた。









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