5-4 出発前夜





エレーナが状況を説明した後も、ステイビルとマーホンはハルナと言葉を交わす機会がなかった。

そのまま時間は進み、とうとうフレイガルへと出発する日が来た。


エレーナはハルナのことを心配し、出発前夜に時間を作ってもらい話をした。

エレーナがステイビルとマーホンに話した時は、ハルナはもう怒っていないことも話をした。

それに対して二人も同じ気持ちで、ハルナの態度に怒るどころか反省していると言っていた。



マーホンはハルナと一緒に行動する中で、ハルナはステイビルと一緒になることで幸せになるものだと信じて行動をしていた。

ステイビルも決してそのことが嫌なはずはない……

ただ、ステイビルの思い出の中にメリルという女性がいたことはマーホンの情報になかった。

そのこともあり、少し焦って強引に行動をしまったのはマーホンらしからぬミスだった。






ステイビルも、本来ならば何でも自由にできる地位にある。

メリルという存在が近くにあったとしても、ステイビルと関係を持ちたいと思う者はこの世界には多い。




ステイビルは信用のおける優秀な部下の言動には、その地位の垣根を超えることを許している。

変な気を回して伝えなければならないことを伝えられない状況だと、ステイビルや仲間たち……国民の命まで危険にさらしてしまうこともある。

それに自分の考えだけでは見逃していることも多くあるだろうと考え、場合によっては自分の意見に反対している発言を聞くことも必要であることを知っている。

いま信用のおける部下は王選に協力してくれている者たちで、その者たちはその考えに沿った行動を見せてくれた。

だからこそ、ステイビルに対して自由に発言していても、そのことを咎められることはなかった。



通常、そういった態度をとれば、良くて短期間身柄を拘束され”礼儀”を叩きこまれることになるだろう。

場合によっては、その場で首をはねられてもおかしくはない。




ハルナが今いるこの世界は、本や映画で見たそういう世界なのだった。

そう認識したハルナに、ソフィーネが告げた言葉が深く刺さって抜けないでいた。



”ハルナはすでにこの世界の人間である”と。





ハルナが異世界からやってきたことは知っていたし、その世界の知識や経験がこちらの世界でも役に立っていることもわかる。

だが、この世界にはこの世界の掟があり、エレーナだけでなく、ソフィーネ、アルベルト、マーホンもその掟に従って生活をしている。



ハルナには、いまいちこの世界と一線を引いているような感じがソフィーネには時々感じられるという。

それが良い方向に働くこともあり、悪く働くこともある。




ハルナは、どこの馬の骨ともわからない女性が『たまたま』精霊使いとなり運よくエレーナと出会い、モイスティアの代表として王選にも参加している。

王国内に、そのことをよく思わない者がいることも確かだった。

万が一、ステイビルと一緒になったとすると、そのことをよく思わない者たちがいることをソフィーネは知っていた。



ハルナを知る者はそんなことは一切関係がなく、”ハルナだから”で納得できてしまう魅力があった。

勿論、関わったことのない者はそんなことは知ったことではない。



突然この世界にやってきて……運よく生き延びることができ、偶然にもこの世界で生きるための力も与えられた。


生きている――


これ以上の幸せはない、与えられた幸運をこの世界のためにハルナは全てを注ぐつもりでいた。

しかし、どこかで”仲間外れ”のような感覚はぬぐい切れていなかった。

その奥深くにあるものは、”この世界の人間ではない”という自分勝手な思い込みだった。

エレーナもそのことは感じていたのかもしれない、だがバルナの心中を察して言わなかったのだろう。



もし、ハルナがこの国のトップに近い位置に付けば、いずれその気持ちはその者たちから付け込まれてしまう材料となってしまうだろうとソフィーネは考えた。

だからこそ、いまこのタイミングでハルナが気付いているようで気付いていない気持ちを意識をさせた。




最後にソフィーネは、ハルナに告げる。

それでもハルナはもう自分たちの仲間であり、ソフィーネが守るべき大切な存在であるということを。

結局ソフィーネは、何が言いたかったかを一言でいうと”ハルナには幸せになって欲しい”ということだった。


そのことを告げられたハルナは、恥ずかしさと情けなさと裏切っていたような混ざり合った感情から声を出して泣いた。

何度も何度も、泣きながら途切れ途切れになる言葉でエレーナたちに謝罪の言葉を繰り返した。

ソフィーネはハルナの肩を抱き寄せ、全ての不安を吐き出させるまで胸の中でハルナを包み込んだ。









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