5-2 胸の痛み
「王子……なんですか……これは」
ハルナは必死に感情を殺しながら、ようやく言葉を口にした。
その言葉の意味は分からなかったが、ハルナが自分たちに良くない感情を持っていることをマーホンとステイビルは感じた。
「あの……は、ハルナさ……ま」
マーホンは恐る恐る言葉を発したところ、ハルナに睨まれた。
その眼は真っ赤に染まり、涙が零れ落ちていた。
「マーホンさん……あなたまで一緒に……馬鹿にして」
「ち、違!いえ、誤解です!?私たちは……」
「そう……そうだ。ハルナ、我々は別にハルナを馬鹿にしているわけでは……」
「いま、そんなことを話している時期ではないでしょう!?……我々の本来の目的は精霊様やモイスさんたちの竜神様の加護をお受けになることではないのですか?」
ハルナたちはソイランドから帰ってきてから、今の状況をエレーナと再確認していた。
確かに様々な人々を助けてきたことは、立派な行いだと思っている。
だが、これまで東の王国の中で四つあるうちの大きな町を、三つも渡ったが加護を受けることができたのはモイスだけだった。
それに競争相手のキャスメルはソイランドの町を離れ、すでに他の目的地に向かっているだろう。
ハルナたちはステイビルを王にする手伝いをしている、それによってこの先の王国の未来が決まっていく。
ハルナもエレーナも、ステイビルが王になった後の自分の地位はまるで興味がない。
エレーナも今となってはスプレイズ家との関係は良好で、その先に何の不安もない。
だが、ステイビルが強い意志で王を狙っていることを感じていた。
双子であるが兄としての責任を果たすべく、今回の王選には必ず勝利すると意気込んでいた。
それに応えるべくハルナもエレーナも、ステイビルを王にするべくこの度に協力すると誓った。
進捗状況が芳しくないことを思い出し、ハルナはエレーナと今後について話し合っていた。
そこにハルナだけ、重要な話があると王宮に呼び寄せられた。
その内容が、今この状況でどうでもよかったという内容にハルナは、馬鹿にされた気がして感情を抑えることができなかった。
結局ハルナは感情を抑えることができずに、心配する二人を置いて一人で王宮を後にする。
王都に滞在している間は王選が始まる前と同様に、ハイレインが管理する施設に滞在していた。
馬車で帰ってくると思っていた施設のメイドは、ハルナが一人で歩いて帰ってきたことに驚きエレーナにそのことを伝える。
そのことを聞いたエレーナは急いでハルナのところへ向かうが、ハルナはすでに自室に戻っていた。
――コン……コン
エレーナは静かに、扉をノックする。
だが、中からは何の応答もない。
再び扉をノックし、扉の向こうへ声をかけた。
「ハルナ……私、エレーナよ……入るわね?」
返事はないが、ハルナなら嫌な場合は拒否をするだろうと判断しエレーナは両手で扉を押し開ける。
そこには綺麗に整ったベットの上に、床に膝を付けて倒れ込むように顔をうずめるハルナの姿があった。
「ハルナ……」
エレーナは自分も床に膝を付け、ハルナを驚かせてしまわないように一旦声をかけてからやさしく背中を触れた。
その行動によって驚きもせず、拒否もされなかったためエレーナはとりあえず安心した。
ハルナが短い本の数時間で、こんな精神状態になってしまったことについて、いくつかその理由を思い浮かべる。
だが、マーホンも付いていたため、ステイビルがハルナに対して乱暴を働いたとは到底思えない。
ステイビル自身の性格からして、強引にハルナに”何かをした”ということは、それも考え難いことだった。
「どうしたの?……何か……あったの?」
その問い掛けにハルナは、ゆっくりと顔を上げうつろな表情と涙を流し終えた瞳でエレーナの声に応える。
「エレーナ……わたし……もう、ステイビル王子と一緒にいられないかも」
「――えぇ!?」
エレーナは、感情のまま声を出してしまっていた。
ハルナの言葉からは、ありえないと思っていたことが起きてしまったのではないかという考えにハマってしまったためだった。
瞬時にその考えを頭の片隅に置いておき、事実を確認することにする。
「……っと。ごめんね、ちょっとびっくりしたけど、驚かせてごめんなさいね。それで……王宮で何があったの?」
その言葉にハルナは、王宮であったことをエレーナに語り始めた。
話を最後まで聞いたが、エレーナにはハルナが思うほど悪い状況ではないと考えた。
しかし、それは普通の人相手の話で、相手が王子ともなるとどのような結果に転がるかわからない。
それよりも、エレーナはなぜハルナがそこまで怒ってしまったのかに疑問を感じる。
そのことを聞くと、ハルナは思い出すのも嫌なことがあったと前置きしたうえで、エレーナに自身に起きたことを語った。
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