4-154 敵味方








「はぁ……はぁっ……はぁ……はぁっ……!」



長く続いた砂漠を越えて、枯れた大地が見え始める。

遠くには低い草木が見え、ようやくこの身を隠せそうな場所を見つけた。



何とかソフィーネを騙すことに成功し……いや、そう思わせてくれているだけかもしれない。

とにかくあれほどの相手を前に、生きて逃げることができただけでも運がよかったと言わざるを得ない。

逃走の途中、捕まったのはこちらの素性や拠点を探るためだったと気付けたことも幸運だった。



(あれは、相手にできる者じゃない……あいつはランジェよりも上だ!)



もう一つ分かったことは、ソフィーネを味方に引き入れることはできないということ。

王国の内部を知るためと、ランジェと同じまたはそれ以上の能力の者を勧誘することが目的だった。

だが、ソフィーネから向けられた殺意は手懐けられる類のものではない。


また一から、やり直すことになることになるがそれも命あってのこと。

あのエルフの村を壊滅させることが、最終目的であるダークエルフは気持ちを切り替えて再び茂みを目指し足を速めた。



その瞬間――



「ちょっと……あなた」



「誰だ……お前?」



ダークエルフは、突然現れた女性に警戒心と殺意をむき出しにして声をかける。



「私は、ヴァスティーユっていうの。お母……いえ、サヤ様に仕えている者よ」



「おぉ!サヤ殿か!お会いしたことはないが、あのお方から話は聞いている。なんでも、一番最初にあのお方の下婢になられた方と」



下婢と聞き、ヴァスティーユは少し不機嫌な顔を見せる。

ダークエルフは、その雰囲気をかぎ取りヴァスティーユに尋ねる。




「ヴァスティーユ殿……どうかされたか?」


「いえ……なんでもないわ。サヤ様の後に、あなたが僕となったと聞いていますが?」


「そうです……ですが、今はそういう話をしている時ではないでしょう?ヴァスティーユ殿は、私を助けに来てくれたのではないのですか?」


「あぁ、そうでしたね……お母様に言われた大切な用事がありました」


「ならば、早く移動しましょう!どちらかに良い場所があるのですか?」


「えぇ……こっちよ」



ヴァスティーユはゆっくりと、砂漠の奥の茂みの中に入っていく。

茂みの中に入り身を隠せる状況が続くが、ヴァスティーユは止まる気配はない。



「ヴァスティーユ殿……どちらに向かわれているのですか?サヤ殿のところですか?」



ヴァスティーユはその問いかけに対して、ようやく足を止めて振り向いた。



「この辺でいいかしらね……」


「なに…が……ですか?」



ヴァスティーユの表情がおかしいことに気付き、ダークエルフは身構える。



「安心なさい、ほんの一瞬よ。だから痛くないはず」



「アナタは何を……?」



ヴァスティーユの掌には、全てを吸い込む瘴気の塊を掌の上で作り出す。




「クソッ!裏切ったか!?」



ダークエルフは腰から抜いたナイフをヴァスティーユに投げつけ、そのまま魔法の詠唱を始める。

ヴァスティーユはもう片方の手でナイフを弾き、目標物に近付いて行く。


あの瘴気に触れるとまずいと感じたダークエルフは後ろ飛びで茂みに身を隠して、あとわずかで完了する詠唱の時間を稼ごうとする。

ヴァスティーユはその辺りの茂みを、手刀で切り裂いて隠れた目標を探している。




少しずつ移動しながら、詠唱が完了した魔法を撃つタイミングを見計らう。

茂みの中に隠れ気配を完全に消したことに対し、流石はエルフとヴァスティーユは感心する。

だが、そのことは全く恐怖に感じてはいなかった。

それはまるで、かくれんぼかゲームを楽しむかのように、息を潜める獲物の気配を探る。



ダークエルフはヴァスティーユの背後をとり、魔力を最大限込めハンターに狙いを定める。

本能的に理解していた、このチャンスで仕留めなければ確実にやられてしまうことを。



「死ね!!……”マジックアロー!!”」




完全に無防備な背後を狙い、魔法の矢はヴァスティーユを襲う。

気付かれて、塞がれたとしても片手ではあれだけ込めた威力は無傷で防ぐことはできないだろう。

あの手にしている瘴気をぶつけてくれれば、接近戦で決着をつけることができると準備をする。


だが、その思考は無意味なものになる。


ヴァスティーユに命中すると思った瞬間、あれだけ込めた魔力の矢はどこかに消えてしまった。


「な……なに!?」



目の前で何が起きたかダークエルフは理解できない。

持てるすべての魔力をつぎ込んだ魔法が、一瞬にして消えてしまったのだから。



ダークエルフは飛び掛かろうとし、身体を起したまま呆然と立ち尽くす。

ヴァスティーユが勝ち誇った笑顔で向かってくるのが、復讐を果たせなかったダークエルフがこの世で見た最後の景色となった。













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