4-120 ソフィーネ8









闇の中に姿を隠すように、ソフィーネは森の中を進んでいく。

獣などに襲われる心配もあるが、今までも夜の中の森を歩きまわりそれを避ける方法は知っている。



王国に行くための道に出るには、この森を通り山を越えるルートが一番早い。

右手に見えていた月の位置も頭の上まで昇り、時間が経っていることを示していた。



――?



ソフィーネは、嫌な感じがして後ろを振り向く。

今日は空気が澄んでおり、遠くまで見渡せる良い夜だ。


振り向くと自分の村の方から黒い煙が立ち上り、その下には広い範囲で赤く燃えている明かりが見えた。




ソフィーネは急いで、歩いてきた道を戻る。

かなりの時間が経っていたのは慎重にゆっくりと歩いていたから。

だから、走れば今までかけてきた時間の半分以下で村に戻ることができるだろう。

森の危険を気にすることなく、ソフィーネは全力で走っていく。

獲物を狙っていた動物たちは、ソフィーネの勢いに怯えて逃げていく。




ソフィーネは息を切らしながら、村の入り口に立ち辺りを見回す。

そこには既に殺戮を終え、襲った者たちや逃げ惑う人々の姿はそこにはなく、絶命している見知った者たちが無残にも地面に横たわっている。


ソフィーネは、ほんの数時間前に出てきた村の状況が変わっていることに対しショックを受けている。

だが、進む足取りは走ってきた疲れや精神的な動揺も見せずにしっかりとした足取りで村の中を進む。

下火になってはいるが、家が焼けた熱がソフィーネの頬をじりじりと照らす。


自分の家には火が放たれていない事に気付き、足をそちらの方へと向けて歩く。

開いたままのドアに足を踏み入れる、そこにうつ伏せになった男が絶命している。

ソフィーネは足を使って遺体を反対側に返すと、それは右肩口から斜めに切りつけられていた父親だった。



家の奥へと視線を移すと、家の奥に続く引きずられたような血でできた痕跡が見える。

進んで行くと、そこには背中に何か所か刺し傷を負って力尽きた女性の姿が見える。

女性は、ソフィーネのベットの上で倒れ込むようにし、その手には一通の手紙を握っている。

それは、王国から送られてきた手紙だった。


きっと、この騒ぎが起きた時、ソフィーネを逃がそうとしたのだろう。

だがそこには姿はなく、荷物も無くなってたことからこの場にはいないと判断したのだろうか。

血で汚れたその顔は、安心した安らかな表情だった。



ソフィーネは悔む、母親に嘘をついてしまったことを。

どこにも行かないと告げたが、別れの挨拶もできずに家を出てしまったことを。

けれども、ソフィーネの目に涙はない。

生みの親としての感謝の気持ちはあるが、これまでの家族の状況を考えればこの状況を”運がなかった”の一言で片づけられる程の関係性だった。

さらに言えば、これ以上この村でおかしな父親に振り回されることがなくなったことに安心する方が心の中を占めていた。



戻ってくることが遅くなったこと黙って出て行ってしまった最後の嘘を詫びて、ソフィーネは母親をベットの上に載せた。







再び家の外に出ていくと、向かいの家の裏に人影が見えた。

隠れて様子を伺うと、小柄な男が何か身体を動かしている。

その手元を見ると、小さな女の子がその男によって玩具にされていた。


その子は、ソフィーネと別れる際に必死に泣くのを我慢してソフィーネを送り出してくれた子だった。



「ねぇ……そこで何してんの?」



ソフィーネは、姿を見せて男の背後から声を掛ける。

すると男は身体をブルっと震わせたのは、突然声を掛けられたからではなくコトが果てたためだった。


ソフィーネは汚いものを見るような目を男に向ける、玩具にしていた子は既に絶命していた。

そんな子供に更に追い打ちをかけるような男に、ソフィーネは殺意しか抱かなかった。



「……おいネーちゃん。ちょうどいいところで声かけて邪魔しやがって!」



そう言いながら身体を引き抜き、汚いものをズボン中に仕舞い腰ひもを結ぶ。

男は目を細め今までこの村に入ってから見たことのない女性に対して思い当たるところがあった。




「まさかお前……ソフィーネっていうやつか?」




ソフィーネはその言葉に答えを返さず、死姦をしていた男を見抜く。

だが、男はそんなソフィーネの怒りをモノともせず、さらに言葉をつなぐ。




「あぁ、そうか。お前のこと探してたんだぜ?あの男……お前のオヤジがよ、お前を売り渡そうとみんなで探したんだけどよ……いないもんだから、こんな風になっちまってよ」



男は両手を広げ、さもこの状況はソフィーネが悪いといわんばかりの態度をとる。

その態度にソフィーネは、我慢の限界がくる。

次の瞬間、男の右手を昨日まで研ぎあげたナイフが突き刺さり、遅れて今までに感じたことのない痛みが、男の脳に襲い掛かる。



「ぅぎゃあああああぁぁああっ!!!」




男は手を抑え、地面に座り込む。

突き刺さったナイフを抜く勇気もなく蹲っていたが、ソフィーネが獲物を狙うように男に近づいていく。


「ま……待って!?」



男は足りない言葉でソフィーネに止まるようにお願いするも、その願いは聞き届けられることはない。

後ろを振り向き、男は自慢の敏捷性を生かし森に向かって逃げるために駆け抜ける。




――ドス


「かっ……はぇっ!」



男の喉からは、刃物の先が突き出ている。

喉からはヒューヒューと空気が漏れる音が、自分の耳にも聞こえてくる。

何か話そうにも声帯もイカれ、呼吸もままならない状態では何も言葉を発することはできない。


男は血が流れていく味を喉の奥で味わいながら、気が遠くなりその場に倒れ込んだ。







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