4-72 指令本部での攻防1






「……よし、行くぞ!」


グラムは小さな音量で声を掛け、後ろにいる者たちは声を上げずに腕を真上に掲げて了承の意を示す。


グラムは後ろに二名の者を従え建物の影から姿を現し、ソイランド警備兵の指令本部の入り口の前に向かって歩いて行く。

早朝とはいえ町の中はまだ暗く、人通りも全くない。

扉の前に立つ見張りも、今までにない出来事に警戒した様子がこちらからも見て取れた。



まだ少し距離があるため、相手も様子をうかがっているようだ。


グラムたちはチェストプレート、腕にラウンドシールドを装着し、後ろの二人はヘルムまで被っている。

その様相で警備兵以外の者が指令本部に来るということは、どう考えてもただ事ではない。



距離を詰めるにつれ、見張りに立つ二人の間に緊張が高まっていく。

近付いてくると、その鎧に刻まれた紋章はロースト家の私設警備兵が用いているものだった。



――ダン!!



そして、手にした槍で地面を叩きつけてグラムたちに警告する。



「おい、そこで止まれ!!お前たち、こんな時間に一体なんの用だ!?」





グラムは手の甲に鉄の板がついたグローブを付けた手を挙げ、後ろの二人にここで待っているように指示をする。

そして一人で門番の前に歩いて行き、立ち止まった。



「私の名は、グラム・チェリーという。べラルドに会いに来た、取次ぎを求める!」




グラムは強い意志で門番に要求を告げる。

その勢いに門番の二人は、グラムの気合の中に飲み込まれそうになった。



「チェリー……お前は大臣家の関係者か?」





「どうした……もうすぐ日が昇るというのに騒がしいようだな」



門番が守っている横の小さな扉が開き、やや小柄な顎鬚を生やした男が顔を出す。



「あ……副司令官殿!」




(副司令官だと……誰だ?)



グラムの記憶の中で、その顔に見覚えはなかった。

グラムのそんな表情を感じ取ったのか、副司令官の男は後ろに腕を組んだまま自分の名を告げる。



「私は、べラルド様より副司令官としての任を受けております”クリミオ”と申します……あなた様は?」



「私の名は、”グラム・チェリー”と申す者です。べラルド殿との面会を求め、参った次第です」



(グラム……?チェリー……?……あぁ、これがあの……)




クリミオという男は、笑いそうになる顔を必死に堪える。

そして笑いを含んだ息をゆっくりと吐き出し、肺の中の空気を入れ替える。



「わかりました……まずは中にお入りください」



「――ふ、副司令官!?」



「こんな身元の分からぬものを中に入れるなど!?」



二人の門番は、副司令官に対して抗議をする。

司令部の危険を未然に防ぐ役割の門番として当然の行動だが、副司令官は自分の意思の判断だけで行動をしているように思えた。

だがクリミオは、そんな意見をしてくれた門番に対し明らかな権力の立場を盾にした威圧的な態度で言葉を返した。



「……おや?副司令官の私に……君たちはナニか意見がある……と?」



「い、いえ!そんなことは……決して!?」



「フン……ならば、黙って言うことを聞いていればいい。さて、お待たせした。どうぞこちらへ……あぁ、お付きの方もご一緒にどうぞ」




その声を聞き、後ろで待機していた二人はグラムの後ろに再び付いた。

三人はそのまま、門の横の通用口から敷地の中へと入っていった。



通用口が閉められ、副司令官を含め門の向こう側に人の気配が消えた時……



「……?」



「どうした?」



「なぁ……今の後ろの二人のどらちかから……いい臭いがしたんだ」



「ん?いい臭い……だと?なんだよ、それは?」



「いや……なんていうか……女性の……いい香りが……」



「そんなわけないだろ?あの鎧を見ただろ?ありえーねよ……それよりもさ、あと少しで夜番も終わりだ……終わったら飲みに行こうぜ!そのあとちょっと遊べる女の子のところに……」



「おい、俺には一生を共に過ごすと約束をした彼女いること知ってるんだろ?……酒はいいけど、そういうところに行くのは遠慮しておく」



「で……でもよ、その彼女ともよぉ……あのぉ……ここのところ会えてないんだろ?……長い間よぉ……もうさ、忘れたほうが」




「それ以上言うと、お前でも本気で怒るぞ!……あぁ、それでもその先を言うなら、俺との縁を切るつもりで口にするんだな!!」




「わ……悪かった!?もう言わねえよ!!」



「フン!……今日の飲み代はお前のおごりだ!!それで許してやる……」



「な!?……ちっ、しゃーないなぁ……給料前なのによぉ」



そう言われ男は下顎を触りながら考え込む。


(でも……お前の彼女が、あのクリミオと腕を組んで歩いているところを俺は見ちまったんだ……お前にどうやってそのことを伝えれば……お前が傷付かずに……な)



そんな考えをしていると、その友は違う声色で話しかけてきた。



「なぁ……さっきのやつら……何だったんだろう?」


「さぁな……もしかして、この町を救ってくれる勇者だったりしてな」


「だったらいいよな……ふぁ……っと欠伸なんかしてるの見つかったらまた、食事減らされちまう」


「あと少しだ、頑張ろうぜ!」




そういって二人の門番は再び、背筋を伸ばし目の前を見つめて警備につく。

東の空は闇の黒から赤い色に染まり始めていた。















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