4-36 淡い感情






「パイン殿には一人娘がいたはずなのだが、今までその姿を見ていないのだ」



「パインさんに……娘さんが?」



「そうだ……ハルナ。ん?そういえば、エレーナは知らないのか?精霊使いのはずなのだが?」





問いかけられたエレーナは、瞬時に記憶の中に検索を掛ける。

大臣クラスの家の者なら覚えているがチェリー家というのは、前回始めて大臣に選ばれた家だと記憶している。

それにエレーナが他の家の者を意識しだしたのは自分が訓練所に入所し、共に励んだが成果を得られずに去っていった者たちが報われるようにとせめてその名だけでも心に刻もうとしたのが始まりだった。

もしも、パインの娘がその前であれば、エレーナの記憶の中に思い当たる存在はいない。





「申し訳ございません、ステイビル王子。精霊使いとなった者、全ての者を覚えているわけではございませんので……」



「いや……いいんだ。そうだな、確かエレーナよりも少し前に精霊と契約したと聞いている」






”少し前”という時期なら、エレーナが精霊使いの訓練所で顔を合わせてもいると思ったが、認識がないということはそれ以前に修了し契約した人物であるだろうと推測する。


それよりも、なぜステイビルがそのパインの娘のことを知っているのかが、エレーナは気になっていた。

しかし、ステイビルに自分の知らないことを聞かれてしまい、その直後に自分から質問するのは体裁が悪く感じ、そのことを口に出すことができなかった。

エレーナはハルナにちらちらと意識を向けて、自分の聞きたいことを代わりに聞いてくれないかと念じるが、ハルナはハルナで何かを考えている様子で全くそんな気配は感じられなかった。


その気配は、どこをどう通っていったのか判らないが、サナが代わりに口にしてくれた。





「ステイビル様は……その方をご存じなのですか?」




エレーナの視線は、サナからステイビルへと切り替え、ステイビルからの返答を待つ。

その視線が興味本位のように映ったのか、エレーナはアルベルトに背中を突かれる。


ステイビルは皆の視線が集まったのを感じ、閉じていた重たい口を開く。






「うむ、私とキャスメルがまだ小さい頃……チェリー家の者が王宮の中にいた。その時にチェリー家……パインは、我々の面倒を見てくれていたのだ」



「まさか……その娘さん、初恋の人だったりして!」



「ちょっとハルナ!!あんたステイビル王子に……な、な、なんてことを!?申し訳ありません王子!ほら、ハルナ!あんたも謝りなさい!!」





エレーナは自分の知りたかったことの話が進んで喜んだが、先ほどの自分の態度は棚に上げてハルナの失礼な発言に対して強く注意をする。



確かに、他の者が言えば不敬になるような事でも、この中のメンバーでは命を懸けて旅をしてきた者たちだ。

エレーナはそれを感じてはいたが、こちらからそれをありきでやっていい行いではないと判断した。

しかし、ステイビルはそんなことも気にも留めず、他のことに思考を巡らせていた。




「え?……まさか……当たりですか?」



「まぁ……そんなようなものだ、ハルナ。エレーナも気にすることはない、ハルナは間違ったことは言ってないのだからな」





そこから小さい頃の記憶だが、ステイビルの中ではいい思い出となっているそのことを話してくれた。








王家の双子としてこの世に生まれ、大切に育てられてきた。

だが、国政に多忙な王と王妃は我が子の相手ばかりはしていられない。

生育担当として、国政に関与する家から協力者を募っていた。

ステイビルとキャスメルは、幼い頃からチュリー家の者に母親代わりとして世話を任されていた。

それが、パインだった。


パインは、”同じ様な年頃の子と一緒に過ごした方がいい”と考え、娘の『メリル』とともに双子の王子の世話していた。


一歳程度の幼い双子には、自分の社会的地位や家族構成などはまだ理解するには早かった。

これだけ自分の身の回りに人が出入りし、自分たちの機嫌を取る。

双子は、自分の家族の境を曖昧に感じていた。そのためか、いつも自分たちの世話をしてくれるメリルが、本当の姉のように思えていた。当時のステイビルたちには、年も近く最も身近な人間だった。



やがて歳を重ね、幼児期が終わりかけ少年になる頃にはメリルが家族ではないことを知り、ショックを受けた。

だが、二人の心の奥にあるメリルへの思いは家族の物から次第に恋心へと変わっていった。

ステイビルとキャスメルは競って、用事を作りメリルの傍に少しでも長く居ようとした。

メリルも二人が懐いてくれることが、とても嬉しかった。




そんな幸せな日々にも、終わりはやってくる。



二人に王子としての教育が、本格的に始まっていく。

剣技、法律、地域情報など、ここからは今までとは全く異なる時間が流れていく。

次期国王を目指して……



役目を終えたチェリー家は、国からソイランドの町で働いてもらえないかと提案された。

今よりは、治安が良く水が不足している問題があったが、それは国から精霊使いを送るとした。

パインは、娘を精霊使いの訓練所に入れてくれることを条件に、ソイランドへの移住を承諾した。







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