3-275 東の王国79
エンテリアは、この役目が終わったら母親と一緒に過ごすことを考えていた。
十年余りもこの場所を離れ、エイミと一緒に自分の役割を果たすことだけに専念してきた。
その旅は決して楽で楽しいものではなかった。
ケガや空腹程度ならまだ何とか対応できたが、原因不明の発熱や魔物の襲撃、襲い掛かる天候の恐怖。
(この役目が終わったら、お母様と一緒に過ごすことくらい……許してもらえるよな?)
エンテリアはこの役目の重要性と、その後の生活を想像して頑張ってきた。
だが、エンテリアの心を支えて柱はマリアリスからの報告によって音を立てて崩れ落ちていく。
しかし、誰もスミカの寿命を変えることはできない。
エイミが手を尽くしてくれたあの時も、モイスはそう告げていた。
(行くべきではなかった……!?)
そんな思いも頭の中に浮かぶが、すぐに自分自身でその考えを否定をする。
”自分たちの行いがこの国の未来を救う”……そう信じてこの役目を請け負った。
後悔することはないが、エンテリアの中で飲み込むことのできない感情が心臓を締め付ける。
エンテリアは、エイミとマリアリスに抱えられながら寝室に連れて行かれた。
休ませた後、マリアリスが一人で戻ってくる。
エイミは、エンテリアが心配だからと傍に付いてくれていた。
ブランビートは、エンテリアの変り果てた姿に驚いていたことを告げる。
自信にあふれ、どのような困難にも共に立ち向かっていったあの姿……国の長の座はエンテリアとなることを疑わなかったあの頃。
同じ能力と言われていたが、ブランビートの中ではエンテリアの方が数段上の位置にいた。
エンテリアならどう考えるか、エンテリアならどう立ち回るか――
幼い頃からそう考えてきた、そうすることにより次第にエンテリアの考えや動き方がわかるようになってきた。
それだと、決してエンテリアを超えたその先には到達できないことも。
だが、ブランビート自身はそれでよかったと思っている。
自分には長の役目など似合わない、それよりもエンテリアの補佐をしていた方がずっと物事がうまく運ぶ。
今回も戻ってきたら、エンテリアに王の座をいつかは代わってもらおうとも考えていた。
その希望は、叶うことはなかった。
落ち着いた様子でエンテリアがエイミと共に、この場に戻ってくる。
エンテリアは辛い気持ちを押し殺した表情で、スミカの最後の様子をマリアリスに聞いた。
スミカの姿に、衰えた様子は見られなかったという。
ある日突然スミカが、お別れを告げたというあと数日で命の炎が燃え尽きるという夢を見たといった。
その次の夜、スミカは目覚めることのない眠りについた。
その寝顔は安らかで、自分の人生に満足したような穏やかな表情だったという。
「何か……言ってましたか?」
エンテリアが、話し終えたマリアリスに聞いた。
「”あなた達とこの世で出会えることができて本当に幸せでした”……と」
エンテリアの両目からは、我慢が出来なかった涙が零れ落ちていく。
本当は、自分たちを生んでくれたことに対する感謝の気持ちを、本人に直接伝えたかった。
だが、その願いはもう叶わない。
……この世界から存在が消えてしまったのだから。
そんな思いが、涙となりエンテリアの頬を流れ落ちていく。
そして、周りの様子を気にすることなく声を出して泣いた。
いつも一緒に行動していたブランビートも、初めてこんなエンテリアの姿を目にする。
この場にいる誰ひとり、その姿を情けないと思うことはなかった。
マリアリスもブランビートもスミカがいなくなった時、同じような気持ちになっていたのだから。
時間が過ぎて、エンテリアは徐々に落ち着きを取り戻していく。
その頃合いを見て、ブランビートがエンテリアとエイミに問いかけた。
”二人が見てきたすべてについて教えて欲しい――”
その答えは、ブランビートとセイラが想定していない答えだった。
”それについては教えることができない”
エンテリアは力が抜けたような目で、一言だけ返した。
エイミはそれだけでは言葉が足りないと、エンテリアの方を一度目をやりその意味を説明した。
続けたエイミの話は、次の通りだった。
いろいろな大精霊には会うことができ、加護を受けることもできた。
だが、その場所や加護の詳細については決して人に話してはいけないと強く言われていた。
その理由は、今の居場所を誰にも知られるわけには行かないとのことだった。
各神々も、独自で魔物との対決の準備を勧めているという。
それまでは、魔物に襲撃されないために自分の場所や加護内容については”誰にも”口外しないようにと念を押されていた。
エイミが説明してくれたおかげで、ブランビートたちも納得した。
取りあえず、今日はゆっくりと休むことをマリアリスは提案する。
エイミもエンテリアのことを心配し、休むように提案した。
今後のことは、また明日以降ゆっくりと話し合うことを約束して。
エイミは、久々のベットの上での睡眠落ち着かなかったが、身体は睡眠を欲しておりすぐに眠りについた。
どのくらい眠ったのか……
エイミは気配を感じ、目を覚ます。
そして、その気配に声を掛けた。
「ねぇ、どこに行くの?エンテリア……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます