3-257 東の王国61
「あの……村長様……」
エイミはウェイラブに向かって声を掛けたが、父親のノービスが指摘をする。
「エイミ……村長という呼び方ではなく、名前もしくは”伯父”と呼んであげてくれないか?」
役職名で呼ぶよりか、個人名や続柄で呼ぶことによって薄れていた家族としてのつながりが実感できてよいのではというノービスの判断だった。
その意見にウェイラブもあながち悪い感じではない様子だ。
「エイミさん……ノービスの言う通りだ。普通にそのように呼んでくれて構わない」
エイミとセイラは顔を見合わせ頷いて、今後そう呼ぶようにすることを決めた。
「それでは伯父様……伯父様は引退されたあと、どのようにされるのでしょうか?」
「そうだな……私は、この村を出ようと思う。先ほども言ったが、もう私には気力も体力もない……ここまでの道筋を示すことができたためで満足だ。それにゆっくりと”夫婦”の時間を楽しんでみたいのだ……もちろんお前たちにしてしまった罪は償うつもりだ。エンテリア、ブランビート……それにマリアリス」
双子の兄弟に関しては偽った親子を装ってはいたが、幼い頃から共にウェイラブと暮らしていた。
だが、マリアリスは産まれた直後に預けられ本当の親の愛情も知らずに育った。
この世界でこの時代でも、そういった話は全くないわけではない。
それが理由になるかと言われれば、そうではないとウェイラブもスミカも判っていた。
「私たちはそれで構いません……ですが」
エンテリアとブランビートは、先ほどのウェイラブからの案に承諾の意を示した。
だが、その言葉の後の視線の先には、マリアリスの姿がある。
マリアリスが自分たちの姉であることを知り嬉しい反面、姉が歩んできたこれまでの人生を考えたとき、素直に再開できた家族の存在を手放しに喜ぶことが許されるのかと考えた。
「……マリアリス。お前の意見を聞かせてくれるか?」
ウェイラブのその口調は、村長が諜報員に命令するのとは違う、相手の気持ちを組んだ優しさが感じられるものだった。
長年続けてきた上司と部下の関係から、家族の関係に急に変われる筈はない。
だがウェイラブは、残りの時間は家族の関係でありたい……そう思っている。
マリアリスは先程よりは落ち着いているが、これから先のことなど考えられない様子だ。
そんな中、とある考えがマリアリスの中に浮かんだ。
「そうですね……”国”というものに関して、私は特別な意見はございません。ですが、一つ気になることが……」
ウェイラブは、マリアリスの中にある気なることを訪ねた。
「私の母の名は、”スミカ”という方とお伺いしました。……できればその方と、一度お会いしたいと思うのですが」
ウェイラブはその意見を聞き、頭に様々な思いが巡る。
(この子は母親のことを憎んだりしていないか……まさか、恨みをスミカにはらすつもりか!?)
「そ、それは構わないが……な、何をしに行くのだ?」
不安そうに自分のことを見つめるウェイラブの表情から、何か心配している様子がマリアリスの中に伝わってくる。
諜報員の訓練として相手の気持ちを読むという訓練は行っていたが、そうではない別なルートから流れ込んでくる温かい感情が面白くもマリアリス気持ちを心地よくさせている。
そんなことを思いつつも、まずはその心配を否定しようとした。
「何か別な心配を成されているようですが、そうではございません……ただ、自分の本当の母親がどのような方なのかを知っておきたいのです」
マリアリスは続けて、心の内を話して聞かせる。
本来は諜報員として、心の内を誰かに悟られたり話してはいけないと訓練されていた。
弱みを相手に握られることになれば、せっかく命がけで収集した優位になる情報も意味をなさなくなる。
そのためにも、本心など知られることは許されなかった。
だが今は、こうすることによりこの場の絆が深まることにつながるとマリアリスは判断をした。
さらに時代が動き始めているこの機会に、自分も”変えていかなければならない”という気持ちが生まれ、それに従っていた。
「わかった、”自身の母親の姿を見てみたい”……と。本当にそれだけなのだな?」
「はい、そうです」
その確認をとると、ウェイラブはマリアリスに一定期間任務から離れることを指示し、特別な任務としてマリアリス、エンテリア、ブランビートと一緒にスミカのいる集落まで向かうよう命令をした。
「……ウェイラブは行かなくてていいのか?」
「まだ、”村長”としての役目を終えてないからな……それがスミカとの約束だ」
「そうか……真面目なんだな」
そう言ってノービスとウェイラブは笑いあった。
だが、その約束が果たされる日は、そう遠くはない。
この三人が帰ってきた時には、建国に向けての準備が始まっていく。
そうすれば、今までの古い習慣はいらなくなり、スミカとの暮らしも再会できるだろう。
ウェイラブは、更にあることを思い付いた。
「――あ、そうだ。もしよければ、エイミとセイラも一緒に行ってはくれまいか?」
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