3-252 東の王国56






数か月後、ウェイラブはとある男を屋敷に呼んだ。

それは、婚姻の話を進めるために……




「お待たせしました、ウェイラブ様!今日はとても良い天気ですな!」




顎髭を生やしたウェイラブより背の低い男、この男がこの村の中で最も力を持つ。

名は”カイロシュ”という。





「カイロシュ、忙しい中わざわざすまない」




カイロシュは両手を前に付き出し、フルフルと手を振りその言葉を拒否する。




「とんでもございません、ウェイラブ様。先代から我が家は村のためにと、長たちのサポート行ってまいりました。お呼びがかかれば、すぐに参るのは我々の務めです!」



カイロシュはニタニタと、まとわりつくようにな笑顔をウェイラブに向ける。

その手は、せわしなく揉み手動作を繰り返していた。




(フンっ……何度か面倒な話し合いの時には、一番最後に来るクセにな)




ウェイラブは頭の中で目の前の男に対し悪態をつくが、表情は友好的な顔を崩さなかった。






「用件は……聞いているな?」



「えぇ……もちろんでございます。ウェイラブ様のお相手にふさわしい我が娘も、この日を待ち望んでおりました。随分とウェイラブ様のことを気に入っておりまして、これ以上のない幸せ者ですよ……娘は」



そう告げてカイロシュは、後ろに待機していた従者に合図を送る。

従者は一つ頷いて、一旦部屋を退室した。


カイロシュは、ウェイラブのメイドに出されたお茶を目をつぶり香りと味を楽しむ。

紅茶を充分楽しむと、手にしていたカップをテーブルの上に置いた。

それと同時に外から扉を叩く音が響き、メイドが近寄り扉を開ける。


そこには外に出た従者の前に、小柄な着飾った女性がドアの前に立っていた。

カイロシュは後ろを振り向き、その女性に声を掛けた。





「おぉ、来たか!さぁさぁ……”クリス”よ、中へ入りなさい」




カイロシュは、この部屋が自分の部屋かのように自分の娘を部屋の中に通した。

スミカからの報告では、カイロシュは村長の座を狙っている。

カイロシュはウェイラブから連絡を受けてから、気が大きくなり既にその地位が自分の者であるかのように錯覚していた。


そのカイロシュの行為にメイドは少し怒りを覚えたが、感情のコントロールによって表面に出ることはなかった。





「ウェイラブ様、これが私の自慢の娘クリスです。ほら……クリスもボーっとしてないで、自分でご挨拶しなさい!」



「初めてお目にかかります……ウェイラブ様。カイロシュの娘のクリスでございます」






クリスは口元を押さえていた手をお腹の前で合わせ、ゆっくりとお辞儀をしてウェイラブに挨拶をする。


その容姿は小さく小柄で全体的に青白い色をしているが、今は顔だけ赤く染まり照れながらウェイラブに視線を合わせ下に視線をそむけた。







「初めまして、クリスさん。どうぞおかけください」






そう言ってウェイラブはクリスを、父親の隣のソファーに腰掛けさせた。

やはり病弱なのか、小さな動きでも力が入る動作の際には空咳が出ていた。

だが、必死に問題ないことをアピールするため、咳を抑え込もうとしていた。

スミカと比較してその姿が何とも弱弱しく思え、今まで必死に押さえつけてきたウェイラブの良心のがまた更に痛み始めた。



しかしもう、この場面では後に引くことは出来ない。



”条件を提示して相手が怒り、この話をなかったことにして欲しい……”



ウェイラブの中には、そういう思いも少なからずあった。

その可能性を頼りに、ウェイラブは話を切り出すことにした。




「それでは、話しをさせていただきます……」



ウェイラブがそう切り出すと、カイロシュはニタニタとした笑顔で次の言葉を促す。

その話しが良い話だと信じ切って……




「今回、紹介頂いたクリスさんとの婚姻の件ですが、一つお願いがあるのですが」


「えぇ、もちろんですよ。なんでも仰ってください!」



上機嫌のカイロシュは、自分の野望の一つが達成される喜びに口が軽くなってしまっていた。

それに、”村長の家系に入ってしまえば多少の無理は何とでもなる”……そんな思いがカイロシュの中にはあった。



(もう戻れないな……)




そう心でつぶやくと、スミカの顔が頭に浮かんだ。

そして胸に仕舞っている小さな木箱の中に思いを寄せ、用意していた言葉を口にした。




「お願いというのは、ある子どもを引き取って欲しいんです。そして、その子を二人の間で育てたいのです」




そんなカイロシュの顔に、先ほどまでの余裕の表情が無くなっていった。

隣にいるクリスの顔を見るが、父親ほどの驚きを見せてはいない。

ただ単に、今この場にいることが辛いだけかもしれないが……




ウェイラブは条件を切り出した後、カイロシュからの返答を待つ。

平常心を装っているが、心臓の音が外に漏れだしていないか心配になるほど耳の中に自分の拍動の音が鳴り響く。




「……いいでしょう。その条件、飲みましょう」



その口調に、先ほどまでの浮かれたトーンは消えていた。

感じるのは、別な派閥と交渉をするための冷静でよく聞いた本来のカイロシュの声だった。




「ただし、うちのクリスとも子をなしていただけるのであれば、その条件を飲みましょう」









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る