3-209 東の王国13








「何をぼさっとしている!水だ!各家から水をもって消火にあたれ!!」




炎の向こうから聞こえたのは、村長である父親の声。

自分自身も、近くの家から村長の権限で水瓶を持ち出し消火活動にあたる。


結局村の家の全ての水瓶を導入しなければ、村自体が消えてしまう可能性もある。

勝手に水瓶を持ち出したとしても、文句を言うものはいなかった。




その掛け声を合図に、持ち寄った水瓶から桶に水を汲み、バケツリレーのように列を作り水を手渡していく。







思うように火の勢いを鎮静化できずに、うろたえる村民たち。

これ以上広がると、村の存続の危機にもなりえる。



しかし、初動が遅かったためか、既に火の手が脅威に感じられるくらいな勢いに変わっている。




村長は頭の中には、この状況である考えがゆっくりと頭の中を支配していく。






――この村はもうお終いだ






形だけでもその行動を見せなければならない、村長としてのその姿を。


弱った心に力が流れこみ、そこにまた別の思考が生まれてくる。




(村民さえ無事なら……またやり直せる!そうだ、みんなの命を守るためにやるのだ!!)






「全員無理はするな!残されたものは命を最優先に考え、危なくなったら逃げろ!」





村長も自分の家に貯めていた水瓶を担ぎながら、そのことを消火活動をする村民に水を配りながら伝えていった。

諦めかけていた村人も、その掛け声で希望と自分の身の守ることを最優先し気持ちが楽になっていた。





空になった水瓶を置き、次の瓶を取りに戻ろうとしたとき村長は今まで見たことのない奇跡の目にしていた。




今の世界で言えば、放水ホースから出てくるような勢い軌道で水が放出されている。

さらには何もない場所でも、小さな火が空気の中に溶けて消えている。







「――な、何なんだ?何が起きている!?」







家に水瓶を取りにいことしていた村長は歩みを変え、放水されている軌道の元に向かって走った。


そこで目にしたものは、小さな存在から繰り出される大量の水。




まだ屋根の上だけに引火し、全体的に燃え移る前の火を消化するには十分すぎるほどの水量。



過剰なほどの水量を、惜しげもなく使っていたのは小さな空中に浮かぶ存在。

そこには大きな樽やこの時代にはホースがないため水をかけるには桶か柄杓でしかなかった。




そういった道具も使わずに放水をしている光景に、村長は言葉を失っていた。




火と水の二つの精霊の力により、火の勢いは弱まりそのまま収束していく。




他にも火の粉が枯草を集めているところや、屋根の上に降りかかる直前に不自然な風が吹き安全な場所へ火の粉が飛ばされていく。






その光景を目にした他の村民も、言葉を失っている。

中にはその姿に対し片膝をついて胸の前で手を組み、精霊に対し感謝の祈りをささげる者もいた。






村長は空中に浮かぶ小さな存在から目を逸らすと、その下に自分の身近な者がいることに気付いた。





「エイミ!セイラ!」





村長は二人の娘の名を呼び、近くに駆け寄る。



二人は父親に呼ばれたことにより、駆け寄る姿を見つけた。





「あ、お父様……」





「お前たちは大丈夫なのか?……ん、その子は……まさか!?」





村長は、エイミの背中に背負っている煤で汚れた小さな子の存在に気付いた。

そこからほんのわずかな時間で、その子が火災の中で逃げ遅れた子供であることに到達した。





「その子は……もしかして……もう」





恐る恐る村長は、子供を背負った営為に問いかける。







「いいえ、この子は大丈夫ですよ。お父様」



「そうか……そうか!」








村長は、悲しみでおかしくなりそうなその子の母親の泣き叫ぶ姿を見て胸が押しつぶされそうになっていた。

その子が無事だとわかり、喜びと共に沸き上がる安心感に早く両親に報告してあげたい衝動にかられた。


だが、その行動に抑制を掛けたのは、ある一つの疑問だった。





被害が少しずつ収まるとともに、村長の頭の中も少しずつ冷静さを取り戻し思考に使える領域が増していく。


この状況……二人の態度……突然の小さな存在の出現……





村長の思考はこれらの状況を材料に、ある一つの結論を導き出した。





「これは……お前たちなのか?」




その言葉に、エイミとセイラが目を合わせる。


村長としては、答えを聞くまでもなくそれが答えだと判断したが二人からの返答を待った。



そして……





「お父様、黙っててごめんなさい……」







村長は、その返答に頭を強く殴られたようなショックに見舞われた。



直前だが、知っていたつもりではいた。

しかし、事実を知ったことによりその先につながっていく新たな疑問などが次々と支配していき冷静を保つことはできなかった。






「帰ったら、詳しい話を聞かせてもらおうか」





その顔は二人の親ではなく、村長としての責任のある顔だった。








村の中で起きた火事は、精霊の力によって完全に沈下した。



村長と姉妹は最初に火の手があがった家族の元に、目を覚ました子供を連れて行った。

救出した方法は隠されたままにして。



親からは泣きながら感謝され、エイミとセイラは村長の後ろでその様子をずっと見つめていた。





徐々に空には太陽の光によって、朝焼けが見え始めた。


これによって今、長い夜が終わりを迎えようとしていた。







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